強くなりたい①
side 皇 遥
マギアを始めて二日目の朝、私は学校に向かうための電車に揺られている。
昨日は楽しかったなぁ。
頭に浮かぶのは、昨日のマギアでの出来事。
ずっと夢だったマギアの世界に来れた。
その世界の光景に感動した。
訪れた村で、みんなに優しくしてもらった。
モンスターのいる森に入った。
薬草をたくさん見つけた。
気持ち悪い虫を倒した。
そして、黒月くんに出会った。
同じクラスだけど、ほとんど話したことがなかった男の子。
話してみるとすごく話しやすくて。マギアのことに詳しいっていうのはもちろんあるけど。もっと話していたいって、思えるような人で。
そのあと強いモンスターに囲まれて、すごい怖かったけど、黒月くんが助けてくれて。
結局ログアウトしたのは日付けを跨いだあとで、パパとママに叱られちゃったけど、それでも楽しいと思える一日だった。
手元のスマホに目を落とし、メッセージアプリを開く。
画面に表示されたのは、黒月くんとのトーク画面。
ラハの森からの帰り道、番号を教えてもらって、ログアウトしてすぐに作ったものだ。
記念すべき最初のトークは、私の送った長文謝罪感謝メッセージ。
文字が間違ってないかな、変なこと言ってないかな。
何度も何度も読み返して送った、会心の文章。
黒月くんから返って来たのは、黒猫が肉球をこちらに向けて、「気にするな」と言っているスタンプ一つ。
贅沢を言えば、なにかメッセージが欲しかった。
「大丈夫か?」とか「無事でよかった」とか、私を気遣ってくれるようなメッセージ。
まぁ、無いなら無いでそういうとこ、黒月くんらしいなって思えるんだけどさ。
あっさりしてるというか、し過ぎているというか。
男子とのやり取りで、こんなにあっさり終わっちゃったのは初めてだよ。
今までも、男子とメッセージのやり取りをすることは何度もあった。
用件やお礼を伝えて終わらせるつもりが、話題を変えられてズルズル......なんてことも、一度や二度じゃない。
だから黒月くんとのやり取りも、続くのかな? って思ったりなんかして。
初めて前向きな気持ちでメッセージがくるのを待ってたんだけど。
はぁ......
黒月くんとマギアのこと、もっと話したいな。
でも、きっと無理だよね。
だって黒月くん、あの太陽と月のクロなんだもん。
昨日、ラハの森からの帰り道。
黒月くんに、太陽と月のクロなの? って聞いたら、「そうだ」ってあっさり認めちゃった。
私には色々見られたし、今さら隠しても仕方がないっていうのが理由みたい。
でも、誰にも話すなって、もう一度念を押されちゃった。
黒月くんとのトーク画面から、プロフィール画面を開く。
ここに載っている情報から、黒月くん=クロと結びつけることは不可能だ。
強いて挙げるなら、ホーム画面が猫の画像で、黒月くんの獣装と同じというくらいしかない。
本当は、気軽に話していい人じゃないんだよね。
昨日黒月くんに、マギアのことを教えて欲しいって強引に迫ったけど、実はすごい人だってわかって、今はちょっと話しかけるのをためらってしまう。
向こうから話しかけてきてくれないかなぁ。
でもあの黒月くんだし、私に話しかけてくれるわけないか。
はぁ......
────
「みんなおはよー!」
気持ちを切り替えて、いつも通り元気よく教室に入っていく。
昨日のことは二人だけの秘密だ。
クラスのみんなには、バレないようにしないと。
と、頭ではわかっていても、どうしても一番後ろの席に目がいってしまう。
黒月くん、まだ来てないんだ。
昨日遅くまで付き合わせちゃったし、大丈夫かな。
いらぬ心配だってことはわかってるけど、どうしても気になってしまう。
クラスメイトにあいさつをしながら席に着くまでの間も、頭の中はそのことでいっぱいだ。
「おっす! 皇!」
「皇さん、おはよう」
「遥おはよー」
「みんなおはよう」
そんな私のところに佐藤くん、鈴木くん、直美がやってきた。
クラスメイトの中でもよく話す3人だ。
挨拶も早々に、佐藤くんがマギアの話題を振ってきた。
「 昨日マギアやったんだろ? レベルは上がったか?」
「やったよ! めっちゃ楽しかった! レベル2になったよ」
昨日上がったレベルは1だけ。
薬草ばかり採ってたし、あんなこともあったから仕方ない。
それでも十分楽しかったら、私としては満足だ。
それに、黒月くんの話を聞いたあとだと、それでよかったと思っている。
「おいおい全然上がってねぇじゃん。俺が初めてやった時は、レベル10まで上がったぜ」
「え、そんなに上がったの? すごいね」
「手伝ってもらったら簡単に上がるんだよ。だから皇のレベル上げも手伝ってやるよ。それでみんなでクエストやろうぜ」
「あ、それなら俺も手伝うよ」
「まぁ遥のためだし、私も一肌脱ぐかー」
佐藤くんに続いて、鈴木くんと直美も声を上げる。
レベルが高い人にレベル上げを手伝ってもらうの、パワーレベリングって言うんだっけ。
佐藤くん達が私のために言ってくれてるのは嬉しいけど、やっぱり私は自分の力だけでレベルを上げたい。
「みんなありがとう。でも私のレベル上げのことは大丈夫だよ。代わりにさ、色んな場所案内してくれないかな?」
「まぁ、皇がそういうなら。じゃあ、早速今日みんなでやろうぜ!」
「わかった」
「おっけー」
「ありがとう! みんなよろしくね!」
よかった。うまく話をそらせたみたい。
内心安堵していると、教室の後ろ側の入り口から、静かに入ってくる生徒が目に入った。
きた! 黒月くんだ!
昨日のキリッとした雰囲気は微塵もない。猫背で無気力さを隠さない黒月くんは、席に着く時一瞬だけ私を見ると、すぐに机に突っ伏してしまう。
こうして見ると、本当に別人みたい。
今見ている黒月くんが、昨日マギアで会った黒月くんと同一人物とは到底思えない。
失礼な話、実は昨日の話は嘘で別人です。って言ってもらった方が、まだ信憑性を感じてしまう。
なのに、不思議なくらい私の視線は、その姿に吸い寄せられてしまう。
黒月くんと話すこと、できないかな?
でも、きっと迷惑だって思うよね。
元々関わるつもりはなかった。
そう言っていた黒月くんの言葉が、私の心に強く突き刺さる。
やっぱり、ダメなのかな。
諦めの気持ちで心がいっぱいになっていく。
そんな時、スマホにメッセージが届いた。
黒月 一輝:こっち見過ぎだ。何か聞きたいことがあるなら、昼休みはいつも南校舎の非常階段にいるから、そこに来てくれ。
顔を上げてすぐ、黒月くんを見る。
すると、顔は伏せたまま片手を上げて、私に合図を送ってくれた。
黒月くん、約束守ってくれるつもりなんだ。
気持ちの高鳴りを感じながら、絶対行くとメッセージを送る。
どうやら私という人間は相当単純みたいで、メッセージ一つでさっきまでの暗い気持ちは、影も形も消え失せてしまったようだ。
お昼休みなに話そうかな。
話したいことがあり過ぎて困るよ。
「なに遥、ニヤニヤして。なんかいいことあったの?」
「う、ううん。なんでもない。ちょっと昨日のマギアのこと思い出して、楽しかったなぁって」
「ふーん。ホントにそれだけ?」
「う、うん。そうだよ。それだけ」
直美からの質問をかわしている間も、私の頭の中はお昼休みのことでいっぱいだった。
お読み頂きありがとうございました。