ラハの森③
side 皇 遥
ラハの森、深部。
薬草や毒消し草、目に見える範囲の採取アイテムをひたすら集めていた私は、自分でも気づかないうちに森の奥の方へと進んでいた。
そして、鬱蒼とした真っ暗な森の中。
月明かりが差した場所に大量の薬草を見つけた私は、その足音が近づいてくることに全然気づかなかった。
「皇、ちょっといいか?」
「はいっ!」
声が出た。
これでもかってくらい大きな声。
同時に肩がビクッと跳ねる。
油断してた。
森の中で誰にも会わなかったし、まさか話しかけられるとは夢にも思わなかった。
な、なに?
薬草を抜いた姿勢のまま、恐る恐る顔を上げると、すぐ近くに人の姿があって慌てて立ち上がる。
「えーと......」
何か用ですか?
そう尋ねようとして躊躇する。
目の前にいたのは、ファーの付いたフードで顔を隠した、全身黒色装備のいかにもな男だったからだ。
見るからにすごく怪しい。
それに、こんな真っ暗な場所に一人でいることも。
まぁ、人のこと言えないんだけど。
でもこの人、私のこと苗字で呼んでたよね?
「あ、あの、どちら様でしょうか?」
恐る恐る名前を尋ねてみる。
もしかして知り合いかも。
そんなことを思いつつ、手に持った薬草をアイテムストレージにしまうことも忘れない。
すると、男からは予想外の反応。
「え?」
「え?」
驚いたような声が返ってきた。
まるで、俺のこと知らないのか? と言われているような。
私が気づかないことにショックを受けてるような。
そんな感じ。
どうしよう。
なんとなく気まずい空気。
そして、見つめ合うことしばらく。
「......あ、そうか。顔が見えなきゃわかるわけないよな」
自分が顔を隠していることに気づいた男が、謝りながらフードを外す。
顕れたのは、私と同い年くらいの男子。
「悪い、同じクラスの黒月だ」
「え!? 黒月くん? なんでこんな所にいるの?」
と、言ってはみたものの、実はあまりピンと来ていない。
同じクラスに黒月くんは一人だけ。
だからあの無気力な黒月くんってことになるんだけど。
ちゃんと顔、見たことないからなぁ。
普段の黒月くんは前髪が長く、顔が見えない。
言われてみれば、確かに黒月くんっぽい感じもするけど。
この際だから、まじまじと見つめてみる。
学校で見るより髪が短いから、輪郭や表情がハッキリわかる。
それに、いつもの無気力さもないし、姿勢もいいから、本当にあの黒月くんかと思ってしまう。
それにしても黒月くんって、こんなかっこいい顔してたんだ。
全然気づかなかったよ。
「ああ。森の中を歩いていたら、たまたま皇のことを見かけてな......ん? 俺の顔、なんか変か? 特にイジってないはずだが」
「あ、ううん。ちょっと暗くて見えなかっただけ。もう大丈夫。ちゃんと黒月くんだった」
「そうか。ならいいんだが」
アハハと笑って誤魔化す。
ちょっとまじまじ見過ぎちゃった。
「それで話を戻すが、今この森は危険だから、薬草集めをしてるとこ悪いんだが一緒に森から出てくれないか?」
「うん。それはいいけど、この森って初心者でも安全だって聞いてたけど、危ないとこなの?」
「ああ。それも歩きながら説明するから、とりあえずついてきてくれ」
「わかった」
探索を始めてだいぶ経ったし、そろそろ戻ろうと思ってたからちょうどいい。
正直まだ本物の黒月くんなのか半信半疑だけど、わざわざ黒月くんに変装する理由も見つけらないし、信じてみてもいいかも。
それに、着てる装備もすごく強そうだし、マギアについて色々聞いてみよう。
黒月くんの話だと、今日と明日の2日間だけ、この森でハナビダケというキノコが取れるそうだ。
確かそんな名前のキノコも採った気がする。
あれって珍しいアイテムだったんだ。
そして、低い確率だけど、初心者じゃ絶対勝てない強いモンスターも出てくるみたい。
それで、たまたまハナビダケを探しに来ていた黒月くんが、私を見かけて声をかけてくれたみたい。
ちなみに、黒月くんにそのモンスターを倒せるのか聞いてみたら、上手くはぐらかされてしまった。
他にもマギアのことについて色々教えてもらった。
特に魔法使いの戦い方や立ち回り方は、聞いておいてよかったと思うことばかりだった。
それに、低レベルの間しかできないクエストがあるなんて、教えてもらわなきゃわからなかったよ。
黒月くんって、魔法系のジョブじゃなさそうなのに、なんであんなに詳しいんだろう?
「そういえば、黒月くんのプレイヤー名ってなんて名前なの?」
会話中、ちょっと気になったことを聞いてみた。
プレイヤー名は表示、非表示の設定ができて、黒月くんは非表示にしている。
マギアについて詳しいし、装備も強そうだし。
もしかしたら有名なプレイヤーなのかなって思ったりして。
だけど黒月くんからの返事が返ってこない。
聞こえなかったかな?
そう思い始めたくらい、黒月くんがボソリと呟いた。
「......クロだ」
「クロ......あー、黒月だからクロね。あ、そういえば、太陽と月のメンバーにもクロっていたよね。黒月くん、有名人と同じ名前なんだね」
「......そうだな」
なるほど。
だから黒月くん、名前隠してるんだ。
確かにクロって名前だと、他の人に色々言われちゃいそうだもんね。
*【太陽と月】*
日本ギルドランキング1位。
マギアプレイヤーで知らない人はいない、超有名ギルド。
たった5人しかいないメンバーで、ギルドバトルは全戦全勝。
美男美女揃いで各メンバーにはそれぞれ固定のファンがついている。
その人気はゲーム内に留まらず、たびたびメディアにも取り上げられている。
そんなメンバーの中、異質な存在感を放っているプレイヤーがクロ。
彼は一切顔を出さず声も出さず、獣装すら使わない。
ギルドバトルでは、敵味方問わず一番最初に脱落することも多い。
そのことから、クロの太陽と月所属について、相応しくないという声が多くのマギアプレイヤーから挙がっている。
そして、クロを妬むプレイヤーからは「ギルドのお荷物」「金魚のフン」「ランカー最弱」と嗤笑されている。
名前の話をしてから、黒月くんの様子が少しおかしい気がする。
話しかけると答えてくれるんだけど、素っ気ないというか、距離が遠くなっちゃったように感じる。
さっきまで楽しく話してたのに。
こっそり様子を伺ってみると、顎に手を当てて何か考え事をしている。
名前を聞いたのがいけなかったかな。
それとも、何か気に障ること言っちゃったのかな。
「なぁ皇、今日俺と会ったことや、俺がマギアをやってることは、絶対に誰にも言わないで欲しいんだが、いいか?」
「えっ......そ、それはいいけど。り、理由を聞いてもいい?」
突然のお願いと黒月くんの真剣な表情を見て、やっぱり何か言ってしまったんだと確信する。
そして、そんな黒月くんの言葉に、思った以上に動揺している自分がいる。
「ああ。俺は元々クラスのやつらと関わるつもりはなかったんだ。でも、あそこで何も知らない皇をあのままにはしておけなかった。だから......まぁ、そういうことだ」
「えっと、やっぱりあの時の私ってかなり危なかったの?」
「確率の問題にはなるが、遭遇してたら間違いなく死んでただろうな」
「そ、そうなんだ」
黒月くんがクラスメイトと関わりたくないっていうのは、学校での様子を考えれば納得できる。
そのクラスメイトに、例外はいないということも。
黒月くんは、私との関係も終わりにしようとしている。
言葉を濁してたけど、たぶんそういうことなんだと思う。
黒月くんにとっては昨日までの何も無い関係に戻るだけ。
でも、私にとっては。
そんなの嫌だな。
黒月くんはマギアにすごく詳しいから、これからも色々教えて欲しい。
そういう気持ちはもちろんだけど。
黒月くんとまた話さなくなるのが嫌だ。
黒月くんとの話は楽しかった。
コミュケーション能力が高いって訳じゃないんだけど、聞き上手っていうのかな。
私の話を聞いて、それに対しての答えをくれたり、一緒に考えてくれたり。
好きなことをずっと話していられるのがすごく心地よくて。
黒月くんからしたら、迷惑なだけかもだけど。
だけど、私はこの関係を終わらせたくない。
これからも黒月くんと関わっていきたい。
「ねぇ、黒月君」
「ん? えっ? 皇っ!?」
黒月くんににじり寄る。
身長差で私が見上げる感じ。
近くで見る黒月くんはやっぱりかっこよくて照れるけど、動揺している黒月くんを見るとお互い様なんだって思えて、ちょっと嬉しくなる。
「みんなには絶対内緒にする。でも私とは話して欲しい。マギアのことも色々教えてほしい。こうやってまた一緒にやってほしい。ダメかな?」
ちょっと強引過ぎかな。
きっとびっくりしてるよね?
でも黒月くん、ちゃんと目を見てお願いしないと断りそうなんだもん。
「おい皇! 待て! 落ち着けって!」
「ダメかな?」
「いや、ダメっていうか。とりあえず落ち着いてだな......」
「ダメかな?」
「わ、わかった。皇、わかったから! 距離が近い」
「ほんと!?」
「本当だ! だから少し離れてくれ」
途中からはやけくそだった。
もうどうにでもなれって感じ。
でもそのおかげで、仰け反り気味の黒月くんから言質を取れた。
そう。取れたのはいいんだけど。
黒月くんの顔が、すごい近いところにある。
体だってほぼ密着状態。
その状況に一瞬で顔が真っ赤になり、慌てて飛び退く。
「あ......ご、ごめん!」
「いや、まぁ、いいけど......」
距離をおいたことで冷静になった頭が、自分のしでかした暴挙を理解して、さらに顔が赤くなる。
手で顔を扇いで落ち着かせようと頑張ってみるけど、顔の熱も胸のドキドキも一向に収まる気配がない。
「......皇って、結構強引なんだな」
「うぅぅ言わないで!!」
黒月くんの言葉に羞恥の限界を迎え、両手で顔を覆いぺたんと座り込む。
「だって黒月くん、普通にお願いしてもダメそうな気がしたし、私だって、あ、あんなこと初めてで恥ずかしかったんだから」
思い出すだけでまた顔が熱くなる。
恥ずかし過ぎて死んじゃいそう。
でも心の冷静な部分が、今のは八つ当たりだって言ってくる。
それはその通りで。
もしかしたら黒月くん、気を悪くしちゃったかもって心配になって、指の隙間から様子を伺う。
「まぁ確かに、皇の言う通りだ。普通に言われたら断ってただろうな。でも、あんなことはもうやめてくれ。心臓に悪すぎる」
「うぅ。ごめん」
そう言って黒月くんは、困ったように笑ってみせる。
よかった。
あんまり怒ってないみたい。
「じゃあ今回のことはお互い様ってことで。俺も気にしないから皇も気にしないでくれ」
「う、うん」
差し出された右手を掴み引っ張り上がらせてもらう。
その時、また少し鼓動が早くなったのは私だけの秘密。
「もうすぐ深部を抜けるから、もう少しのし──」
瞬間、森全体を覆うような重圧がかかり、悪寒が全身を駆け巡る。
「え、な、なに?」
怖い。
思わず自分の体を抱きしめる。
「くそ。ここでかよ。なんで今日に限って......」
小さく悪態をついた黒月くんの姿に、これが気のせいじゃないことを確信する。
「黒月くん、これって、やっぱり......」
この肌がピリつく感じ。
自分がどんな状況に陥ったのか、嫌でも理解してしまう。
でも、そうじゃないかもしれないし。
そんな思いで聞いてみたけど、返ってきた答えは予想通りで。
「ああ。どうやら俺達は、低確率を引き当てたようだ」
お読み頂きありがとうございました。