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ラハの森②


side 黒月 一輝


 学校から帰ってきて、やることを一通り終わらせた俺は、ベッドに横になりマギアの世界にダイブした。

 眠りについた感覚と言うべきか、意識が飛んでどこか別の世界に移動しているような感覚を感じること十数秒。

 閉じていた目を開くと、視界に広がる風景は、高校の教室以上に見慣れたマギアの世界だ。


 この世界の中心に存在している都市、セントラルエリア。

 その隣には直径約4kmの巨大な大穴、マギアの炎槌がある。

 隣接した巨大迷宮、マギアの試練を進み、マギアの炎槌の最深層を目指すのが目的のこのゲームだが、リリースされて数年が経った今でも、最深層に到達したプレイヤーはまだいない。


 そろそろ本格的に攻略することも考えた方がいいかもな。

 今度ワタルに相談してみるか。


 今回向かう場所はマギアの試練ではなく、超初心者向けの森林エリア、通称死の森。

 物騒な名前がついた森だが、そう呼んでいるのは理由を知ってる一部のプレイヤーだけで、正式名称はラハの森。

 今はセントラルエリアに用はないため、早々に設置されたポータルに入り、端末を操作する。

 モンスター出現エリアへの直接転送は出来ない仕様のため、死の森に近い村を選択して転送ボタンを押す。

 機械の作動音と共に視界が暗転、次に視界に映ったのは、森に囲まれた長閑な村、ラハ村だ。


 マギアがリリースされた当初はプレイヤーで溢れていたこのラハ村も、今では訪れるプレイヤーはごく少数。

 近場の狩場が超初心者向けのラハの森しかないことと、リリースして数年が経ったことで、新規プレイヤーが減ったのが理由だ。


 そして、日が沈みかけ夕闇が空を覆う現在。

 村の外にはプレイヤーはおろか、NPCの姿さえ見られない。

 この世界のNPCは、現実の人間と同じ生活を送っているからだ。

 朝に起きて、夜に眠る。

 まるで生きている人間かのように。

 そんなリアルさも、マギアが人気の理由の一つだ。

 村の中にもNPCの姿は見られなかった。

 電気のない世界。おそらく寝てしまったのだろう。

 唯一の例外があるとすれば道具屋だ。コンビニよろしく24時間営業。

 今は入り用なアイテムもないため、道具屋も通過。

 誰に会うこともなく、ラハ村を後にした。


 余談だが、プレイヤーの性別や行動でNPCの対応は変化する。

 好感度が高ければ対応は良くなるし、逆もまた然り。

 交流を深めることも可能だ。

 NPCに恋をするという話もよく聞く。

 そういう楽しみ方ができるのも、マギアが人気の理由だろう。

 ちなみに、俺に対するNPCの反応は、可もなく不可もなく。

 好感度が高ければ有益な情報がもらえたりするんだが、俺には到底無理そうだ。

 そういうことは愛想のいい、他のメンバーに頼っている。


 ラハの森入口から、歩くこと一時間。目的地の深部に到着した。

 木々の隙間から木漏れ日が差す入口付近と違い、深部は木々が鬱蒼としていて、昼間でも暗く陰鬱な雰囲気をしている。

 そして、既に日が沈んだ現在。

 その陰鬱さには、さらに拍車がかかり、霊的な何かが出てきそうな雰囲気は、リアルなら絶対に近づきたくない場所のソレとよく似ている。


 毎月決まった日にちの二日間限定で、世界中にある森の深部周辺にハナビダケというキノコが発生する。

 一応レア扱いのアイテムだが、実装されて半年余り経った今でも、実用的な用途は発見されておらず、現在ハナビダケを採取しようとするプレイヤーはほとんどいない。

 そんなアイテムをなぜ俺が採取しに来たのかというと、うちのギルドメンバーのセツカに欲しいと言われたからだ。


 セツカは趣味で調合をやっている。

 自由度の高いこのゲームは、自分の手でオリジナルアイテムやスキルを開発することができるため、セツカも暇さえあれば調合をやっている。

 その一環でハナビダケの使い道を模索しているようで、俺の所にハナビダケを採ってきて欲しいとメッセージが届いたのだ。

 本音を言えば断りたい。

 しかし、好き勝手やってギルドに迷惑をかけている手前、断りづらいという背景があり、今回の採取依頼を渋々受けることにしたのだ。


 採取場所にラハの森を選んだのは、敵が弱く採取に専念できるからだ。

 次に敵が弱い森でも、モンスターの強さが数段上がるため効率がよくない。

 これはプレイヤーの共通認識でもあった。

 そのため、ハナビダケ実装当時はラハの森に人が溢れていた。

 しかし、その現象が起こったことで、森に来るプレイヤーは激減する。

 ラハの森はハナビダケが採取できる2日間だけ、死亡率が一気に跳ね上がる。

 それが、ラハの森が死の森と呼ばれる所以だ。

 と、まぁそんな危険な森なわけだが、俺にとってはどうとでもなる問題だから、気にしたりはしない。

 時間も時間だしさっさと始めてしまおう。

 ハナビダケは中々見つからないレアアイテム。

 他のプレイヤーが来る前に確保しておきたいしな。


 ラハの森の深部を歩き回ること2時間。

 採取できたハナビダケはたったの4本だった。

 少ないな。

 いくらレアアイテムとはいえ、割と本気で探し回ったのに4本だ。

 おかしい。

 他に誰かいるってことか?

 移動中、誰にも会わなかったが。

 それか、俺に採取の才能がないだけか。

 まぁ、ないんだろうな。たぶん。

 ......もう、帰るか。


 ラハの森の入口に向かい、闇の中を進んでいく。

 リアルと遜色のない世界で、薄気味悪い闇の中を平然と歩いていけるのは、時折目にする青白い光のサークルが、この世界がゲームだと認識させてくれるからだ。


 このサークルの名前はセーフエリア。

 モンスターが出現する全てのエリアに一定間隔で設置されている。

 マギアのゲームをプレイするにあたり、ログアウトは街や村で行なうことが推奨されている。

 それ以外のエリアでのログアウトは、アバターがその場に残ってしまうからだ。

 当然モンスターのいるエリアでのログアウトは命取り。

 次回ログイン時、死亡していたというのもざらにある話だ。

 とは言っても、毎回街や村に戻れない場合だってある。

 攻略までに数日かかるエリアやダンジョンもあるし、この広い世界を徒歩で歩いた場合、一日やそこらで隣町にはたどり着けない。

 その際に利用されるのがセーフエリア。

 このサークルの中では、街にいる時と同じように、アバターを残さずにログアウトすることができるのだ。


 ただ、今回は利用するつもりはない。

 歩いて一時間の距離なら、帰ってしまった方が後々楽だからだ。


「ん?」


 途中、見覚えのないエリアを見つけた。

 おそらくまだ探してないエリアだ。

 どうするか。

 手持ちのハナビダケは4つ。

 これでセツカは納得するだろうか。

 しないだろうな。

 それどころか、明日も採りに行ってこいと言われるまである。

 なら、どうするか。


「......いくか」


 時間はまだある。

 やれることはやっておこう。


 改めて採取を開始する。

 しかし、ハナビダケは一向に見つからない。

 こんなに見つからないことがあるのか。

 もしかして、運営が修正したのか。

 それなら納得だが。

 そういえば、ハナビダケ以外の採取アイテムもほとんど見ていな......

 と、視界の端に人影のようなものが映った。


「............」


 マジか。

 他にプレイヤーがいた。

 それ自体はどうでもいい。

 問題は、そのプレイヤーに見覚えがあるということ。

 脳裏に浮かぶのは、今日の学校での出来事と、一人の女子生徒の姿。


「............」


 なにも知らなかったら、今日のやり取りを見てなかったら、間違いなく無視して帰っていた。

 面倒事に関わるなんて御免だからだ。 

 だが、あの人影が予想通りの人物だったとしたら?

 今日からマギアを始めると、嬉しそうに言っていたアイツだったら?


「......声をかけるべき、だろうな」


 初心者が、確率こそ低いが、もしもヤツらに遭遇してしまったとしたら、後味が悪すぎる。

 人違いならすぐに引き返す。

 なるべく音を立てないように、一歩一歩近づいていく。

 次第に、人影の姿が鮮明になってくる。

 そして、総じて悪い予感というのは、当たってしまうものである。


 間違いない。

 うちのクラスの皇だ。


 ジョブは魔法使いを選んだのだろう。

 ウィッチハットを被り、ローブを羽織った、見覚えのある女子生徒が薬草を一生懸命抜いていた。

 こうなってしまったら仕方がない。

 頭の中で会話の段取りを纏めながら近づき──


「っ......」


 その表情に息を飲んだ。

 地味で面倒な作業と捉えるプレイヤーが多い採取のはずなのに、皇は笑っていた。

 鬱蒼とした森に差し込む一筋の月明かり中、金色の髪にルベライトの瞳を持った少女が、マギアというゲームを心の底から楽しんでいる姿に、目が離せなくなった。


 って、なにクラスメイトに見惚れてんだよ。


 頭を振り、大きく息を吐き出し、思考を切り替える。

 もう足音を隠す必要もない。

 堂々と歩き、近づいていくが、皇は一向にこちらに気づく気配がない。


「............」


 むしろ気づいて欲しかったんだが、仕方ない。

 他に人の気配がない暗い森の中で、こちらに気づいていない相手に声をかけるのは気が引けるが。


「......皇、ちょっといいか?」


 俺は、その背中に向かって声をかけた。

 

お読み頂きありがとうございました。

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