ラハの森①
side 皇 遥
さっきまでのうるさいくらいの喧騒が消えて、周りから聞こえてくる音は、鳥のさえずりだけ。
心地よい風に流されて、湿った土の良い香りが鼻をくすぐる。
ラハ村は、たくさんの木々に囲まれた自然豊かな小さな村だった。
すごい。実在する本物の村に来てるみたい。
さっきいたエリアもそうだけど、本当に現実の世界にいるような鮮明さに驚かされる。
森のぽっかり空いた場所に存在する辺境の集落。
建物は木造ばかりで、村を囲う柵の外には野菜畑が広がっている。
村には他にプレイヤーらしき人はなく、簡素な服を着たNPCの村人達が畑仕事をしたり、村人同士で会話していたりと、のどかな時間が流れている。
まずはアイテムが売ってる店を探さないとね。
回復アイテムは絶対買っておきたいし。
風景に不釣り合いな転送ポータルを出発。
不審者扱いされないように、畑仕事をしている人に挨拶をしながら、門番のいない入口を通過。
無事、ラハ村に入村だ。
最初の目的、アイテムが売ってそうな店は、ひと目ですぐに見つかった。
そんなに大きな村じゃないから、入口からもうそれっぽいのが見えてた。
「いらっしゃい!」
お店の中に入ると、奥のカウンターに座っているおじさんから元気な声が飛んでくる。
見るからに気前のいいおじさんって感じの人だ。
「こんにちは」
挨拶を返しつつ、お店の商品を確認していく。
棚には緑や青色の液体の入ったビンが並び、向かいには武器や防具が売られている。
品揃えを見た感じ、この村にあるお店はこの一件だけのようだ。
一つ一つじっくり眺めていく。
武器や防具は知識としては知ってたけど、実際見るのはもちろん初めてで、つい手に取ってみたくなってしまう。
「お嬢ちゃん、武器が欲しいのかい?」
そんな私の隣に来て声をかけてくるおじさん。
お店の中に他に人はいないし接客に来たんだと思う。
それか、不審な動きをしてるように見えたのかも。
一応言い訳をしておこう。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど、ちょっと興味があって」
「なら、持ってみるかい?」
「え、いいんですか?」
「もちろんだよ」
おじさんは、並んでいるうちの一本の剣を取ると、私に差し出してくる。
両刃の剣だ。西洋の剣といったらコレって感じの剣。
長さは私の上半身よりも少し短い。装飾とかも何もないシンプルなデザイン。
その剣をおじさんから受け取る。
ズシリとした感触、はない。
それどころか見た目に反してすごく軽い。
それこそ私でもブンブン振れそうなくらい。
たぶんこれはゲームだからと思う。
リアルの私なら、絶対振れない自信があるもん。
「ありがとうございました」
何回か振ったあと、おじさんに剣を返す。
「もういいのかい?」
「はい。すごくいい体験でした。ありがとうございます」
振ってわかったことは、私に剣は向いてないってこと。
確かに心躍る部分はあったけど、やっぱり私は魔法で戦いたいと再認識できた。
ホントいい経験になった。
「そうかい。そりゃあよかった。なら、今度は防具をつけてみるかい?」
「いいんですか?」
「もちろんだよ」
なんてサービス精神に溢れたおじさんなんだろう。
お言葉に甘えて防具を試着させてもらう。
胸を覆う感じの皮の鎧と金属の鎧の二種類。
試着して、軽く体を動かしてみる。
着心地は見た目通りって感じ。
でも重さはほとんど感じない。
皮でも鉄でも同じくらいの重さ。
動きがすごく鈍るということもなさそう。
こちらもゲーム仕様ということみたい。
正直なところ買っておきたい気持ちはある。
頭をよぎるのは痛覚という言葉。
防御を固めておくに越したことはない。
だけど、残念ながら手持ちが心もとない。
初期費用としてある程度のお金は持っているけど、後々のことを考えると出費は抑えておきたい。
「......すみません。ありがとうございました」
「いいのかい? 少しなら負けられるけど」
「はい。大丈夫です。あの、あっちの棚も見ていいですか?」
色々察してくれたのか、優しい言葉をくれるおじさん。
お礼の意味も込めて、回復アイテムはちゃんと買わせてもらおう。
場所を少し移動して、アイテムが並ぶ棚の前にやってきた。
現実でも見たことのある物もあれば、これぞファンタジーって物もある。
そんな中、やっぱり一番目を引くのは緑色や青色の液体が入ったビン。
回復ポーションだ。
察しのいいおじさんが、早速説明してくれる。
「これは回復のポーションだね。緑色がライフポーションで青色がマジックポーション。よく見ると色がくすんでるのがわかるだろ? これは低級のポーションだからなんだ。ここにはないけど中級のポーションはもっと綺麗な色をしてるんだよ」
「へぇ、そうなんですね!」
おじさんの説明を聞きながら、まじまじとポーションを見つめる。
確かにおじさんの言った通り、少し黒みが混ざってる感じがしなくもない。
中級のポーションを見たことがないから、見た目にどれくらいの差があるのかはサッパリだけど。
ところで、私がアイテムを見つめると、吹き出しみたいなのが現れて、そのアイテムの簡単な説明を表示してくれている。
それはさっき見ていた剣や防具も同じで、剣の場合だと、
ショートソード
攻撃力+6
ありふれた普通の剣
剣身は長め
購入価格 ○○
こんな感じに表示されていた。
今見ているライフポーションもおじさんの説明通り低級と表示されている。
ただ、低級といっても、今の私のHPだと十分過ぎる性能なので買わせてもらうことにする。
「あの、このライフポーションを買いたんですけど、いいですか?」
「いくつ欲しいんだい?」
「5本お願いします」
本当はマジックポーションも買いたいところだけど、ライフポーションの3倍くらいの値段だから、今回は見送ることにした。
一度戦ってみてどうしても必要なら、また買いに来ようと思う。
「お嬢ちゃん、森に行くの初めてなんだろ? これ、サービスしておくから頑張んなよ」
「あ、ありがとうございます!」
奥のカウンターでお会計を済ませると、おじさんがカウンターの下からライフポーションを3本取り出して一緒に持たせてくれる。
本当に気前のいいおじさんだ。
みんなにこんなサービスをしてるかと思うと、経営が不安になってしまう。
「あと、森の奥には絶対行かないようにね。危険な魔物がうろついてるって話だから」
「わかりました。本当にありがとうございました!」
おじさんに何度も頭を下げてお店を出発する。
目的のライフポーションを手に入れたし、少し村を散策してみることにする。
村の建物の形はほとんどが似たようなもので、木造と言っても、日本の田舎にもないような、全てが木で造られた構造をしている。
三匹の子豚の木の家って感じがしっくりくるかも。
人口は50人もいなさそう。
その人達が通るたびに挨拶をしてくれて、口々に可愛いねとか、頑張ってねと、優しい言葉をかけてくれる。
下心を感じないNPCの言葉は、お世辞だとわかっていても、単純な私はそれだけで気分が良くなってしまい、そのままの勢いでラハの森へと探索に向かった。
ただ、一つ気になることがある。
みんな口を揃えて森の奥には行かないようにと言ってきたことだ。
でも、ラハの森は初心者でも大丈夫な場所だと聞いている。
きっと大げさに言っているんだと自分なりに解釈して、頭の隅に置いておくことにした。
村を出発して道なりに進む。
舗装されてない土の道だ。
道幅は車一台分くらい。
車輪の跡があるから、行商の馬車とか行き来してるのかも。
道の両側は背の低い草が茂っていて、100メートルくらい向こうは森になっている。
そんな道を歩くこと十数分。
道を脇に逸れた所にラハの森はあった。
今まで歩いて来た道の両脇も森だったけど、ラハの森は周りよりもさらに鬱蒼としていて、たぶんここなんだろうなって感じがした。
まぁ、わからなくても吹き出しが教えてくれるから、見落とすってことはないんだけどね。
けもの道と言えなくもない道を進み、ラハの森へと踏み入る。
外から見た感じ、暗そうな森をイメージしていた私は、早々に予想を裏切られることになった。
すごい綺麗。
鬱蒼としていたのは入口だけ。
森の中は、木々の隙間から木漏れ日が差し、光に反射した細かい粒子がキラキラ光る神秘的な光景が広がっていて、思わず足を止めてしまう。
ん? あれってなんだろう?
視線を上から下に落とした時、森の奥の方に「!」の吹き出しがついた植物がいくつも生えていることに気づいた。
もしかして。
好奇心のまま近づいて行き、その植物を抜いてみる。
やっぱり。これ薬草だ!
手に持った植物を見ると【薬草】と表示されている。
RPGの定番アイテム。
効果はもちろんHPの回復。
これでライフポーションの節約になる。
テンションの上がった私は、見える範囲にある薬草をひたすら抜きまくる。
あっちにもこっちにも! 見つけたからには抜かないわけにはいかないよねっ!
抜いた薬草を空間に開いた狭間にポイポイ放り込んでいく。
この空間の名前はアイテムストレージ。
荷物にならない持ち物入れだ。
取り出したいものをイメージすれば、中から取り出すこともできる便利な機能付き。
調合とかできれば、ライフポーションを作れるかも。
夢を膨らませながら、見える範囲の薬草を全て抜き尽くす。
もうないかな......ん?
最後に全体を見回した時、遠くからこちらに向かってウネウネと近づいてくる何かに気づき、ジッと見つめる。
イモムシだ。
すごく大きなイモムシ。
赤ちゃんくらいの大きさ。
気持ち悪い。
一定の距離まで近づいたことで、吹き出しが現れる。
名前 ????
ランク E-
*【モンスターのランク】*
各モンスターには強さの基準としてランクが振り分けられている。
強い順にSS S A B C D E と並び、アルファベットの横に+-を表記してさらに細分化している。
SS 不明
S 上級者が大人数
A 上級者が少人数
B 上級者がソロ
C 中級者がソロ
D 初級者がソロ
E 初心者がソロ
+ 苦戦するが倒すことができる
- 倒すことができる
上記はモンスター単体と対峙した際の戦闘を想定した目安で、複数で連携をとってくるモンスターなどは、表記の目安よりも強いと考えた方がいい。
ランクにはプレイヤーのレベルによって表示制限がかかっており「ランク???」となっているモンスターは、現在のプレイヤーレベルでの討伐が極めて困難なことを意味している。
ランクE-モンスター。
確か、一番弱いモンスターがE-だったと思う。
いくら私が初心者でも、さすがに負ける気がしない。
よし! 戦おう。気持ち悪いけど。
アイテムストレージから杖を取り出す。
最初から持っていた木製の杖だ。
長さは私の身長より長い。
先端がくるりと渦を巻いている以外、装飾もないシンプルなデザイン。
その杖の先端をイモムシに向ける。
ゲームの仕様で、覚えている魔法の使い方や効果は頭の中に入っている。
「いくよっ! 『マジックボール!』」
杖の先端部に魔法陣が浮かぶ。
練り上げられた魔力が無色のバレーボールサイズの玉になって発射された。
予想以上に早い。
衝突すると、バンッ! と大きな音を立ててイモムシを吹き飛ばした。
倒したかな?
イモムシを見つめる。
2、3回バウンドしたイモムシは、ムクっと起き上がると、またこちらに向かって来た。
やっぱり一回じゃ倒せなかったみたい。
なら、もう一度。
「『マジックボール!』」
杖をイモムシに向け、もう一回魔法を放つ。
100kmを超える速度で飛んでいくバレーボール大の玉が、さらにイモムシを吹き飛ばした。
また起き上がるなら、もう一度。
杖を構えたまま、油断なく見つめる。
だけど、吹き飛んだ先、イモムシは黒い霧になって消えていった。
よかった。今度は倒すことができたみたい。
初めて敵を倒した。
遠くから魔法を撃っていただけだから、あんまり倒したって感じはないけど。
それでも無傷の勝利だ。
もしもこれが戦士とかなら、こうはいかないと思う。
やっぱり魔法使いでよかった。
ん? 何か落ちてる。
イモムシが消えた場所がキラリと光っている。
近づいてみると、500円玉サイズの透明な色の石が落ちていた。
【無の魔石 極小】と表示されている。
おお! これが魔石かぁ。
拾い上げて太陽にかざすと、宝石のようにキラキラ輝く。
そういえば、魔石の使い道ってなんだろう。
まぁ、集めておいて損はないか。
しばらく眺めたあと、魔石をアイテムストレージにしまう。
残りをMPを確認する。
まだまだ余裕がありそう。
それに魔力も少しずつ回復していくみたい。
と、遠くの木の隙間から一瞬動くものが見えた。
たぶんモンスターだ。
音を立てないように慎重に近づく。
そして、木の影からこっそり覗いてみる。
うわっ! トンボだ。
今度はトンボがいた。
巨大トンボだ。
オニヤンマみたいにシマシマの模様のトンボが、2メートルくらいの高さを飛んでいる。
うぅ。虫は苦手なんだけどなぁ。
イモムシといいトンボいい、この森は虫しかいないのかな。
名前 ????
ランクE-
ランクはイモムシと同じ。
一番弱いモンスターの部類。
なら、戦ってみよう。
気持ち悪いけど。
魔法の届く距離まで気づかれないように近づく。
イモムシと違って速そうだから、一撃で倒しておきたい。
杖をトンボに構える。
大丈夫。こっちには気づいてない。
最初から覚えている魔法、2種類のうちのもう一つも使ってみる。
「『マジックカッター!』」
杖の先端に魔法陣が二つ浮かぶ。
MPが足りてれば、同時発射もできるみたい。
そこから二つの透明な刃が、勢いよく撃ち出される。
二つ刃は無警戒なトンボに当たると、消えることなく体を切り裂き、向こうへ飛んでいく。
え?
まさか消えずに飛んでいくとは思わなかった。
唖然とする中、3つに分かれたトンボが青い血を流しながら落ちていく。ちょっとグロい。
一応全年齢のゲームだけど、大丈夫なのかな。
トンボが落ちた場所には、イモムシと同じように魔石が落ちていた。
【緑の魔石 極小】と表示されている。
今度は緑だ。
こちらもアイテムストレージにしまっておく。
周りを見渡しても他にモンスターのいる感じはしない。
なら、もっと奥に行ってみよう。
歩きながら目につくアイテムを全て拾っていく。
ほとんどが【薬草】で、たまに【毒消し草】や【月見草】なんてものある。
やばい。これ楽しいかも。
それぞれ見た目が全然違くて、集めているだけでもすごく楽しい。
私は夢中になって、どんどん森の奥へ奥へと進んで行った。
お読み頂きありがとうございました。