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初めてのマギア

 

side 皇 遥


「ただいま!」


 いつもよりだいぶ早い時間の帰宅。

 家の中にいるはずのママからは返事が返ってこない。

 たぶん買い物に行っているんだと思う。

 それならそれで好都合だ。

 自分の部屋がある2階へと階段を駆け上がる。

 ママが帰ってきたら用事を頼まれちゃうかもしれないし、今のうちに始めちゃおう。


 部屋の中で素早く着替え、制服をハンガーにかける。

 前に制服のまま部屋でゴロゴロしていたら、ママにすごい怒られちゃったから、そこはちゃんとやらないと。

 ああ、そうだ。手洗いとうがいもやらなきゃ。

 最低限のことだけ済まして、部屋に置いてあるゴーグル型のデバイスを手に取る。

 マギアを遊ぶための専用の機械だ。

 使い方は、説明書を穴があくほど読んだから大丈夫。

 初期設定とか諸々の準備も昨日のうちに終わらせてある。

 あとはゲームを始めるだけ。

 ゴーグルを顔に取り付けてベッドに横になった。

 真っ暗な視界の中、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 この時をずっと待ってた。

 やっとマギアを始められる。

 パパとママには今日マギアをやることを伝えてある。

 特にパパには邪魔しないようにって念を押した。

 だから、目いっぱい心ゆくまで楽しもう。

 私は数年間の想いを噛み締めるように、起動ボタンを押した。


 意識が飛んだ感覚のあと、私は真っ白な部屋、その真ん中に立っていた。


 え......あ、そっか。マギアの中にいるんだ。


 一瞬この状況に驚いたけど、マギアをプレイしていることを思い出し、周りを見渡してみる。

 サイズは学校の教室くらい。

 床も天井も壁も真っ白な以外、特に何もない部屋。

 とりあえず動いてみようかな。

 そう思って歩き出した時、その感覚に驚いた。


 うわ、すごい。本当に歩いてるみたい。


 足の裏から伝わる感触、腕や足を動かした感じも現実と変わらない。

 本当に自分の体を動かしているようなその感覚に、思わず感動してしまう。

 そのまま壁まで行って触れてみると、こちらも現実と変わらない感触が手から伝わってくる。


 すごいすごいすごい。


 ペタペタペタ。

 夢中になって壁を触り続ける。

 そして、ひとしきり感触を楽しんだ頃、突然頭の中に声が響いた。


『やっほー。マギア・ナシナ・オンラインへようこそー』


「え?」


『私はここで初めてゲームをするプレイヤーさんを手助けするナビゲーターをしている者でーす。よろしくねー』


「あ、はい。よろしくお願いします」


 なんていうか、すごく陽気な声だ。

 中性的な声だから性別はわからない。

 あ、でもAIだから性別とかないのか。

 それにしても、本物の人と話してるみたい。


『ここではゲーム内で使用するプレイヤーの基本設定やアバターを作成してもらいまーす。ちなみに設定はいつでも変更できるけど、次回からはこの場所じゃなくて直接ゲーム内に転送されるからよろしくねー』


「は、はい」


『それじゃあ早速基本設定からいってみよー』


 声の主、ナビゲーターさんの合図で、目の前に青い半透明のディスプレイが現れる。


『目の前に現れたディスプレイの名前はステータスボード。名前の通り、現在の自分の能力や状態を確認できるよ。ゲーム内で使う時は、頭に思い浮かべれば現れるから覚えておいてねー。じゃあ、まずは名前から入力していこー』


 ナビゲーターさんの声に従い、早速ステータスボードに名前を入力していく。

 使い方はキーボードと似た感じ。

 指先が触れた文字が光って、文字が入力されていく。


『プレイヤー名は ハルカ でオッケー? じゃあ次は......』


 ナビゲーターさんの指示で、次はジョブを決めることになった。

 ジョブは最初からある基本のジョブから育て方で分かれていくシステムで、選択欄にはおなじみ戦士や盗賊から、幻術師や舞踏家、ならず者など、あまり聞き覚えのないジョブまでがズラリと並んでいる。

 どれもこれも魅力的なジョブに見えてきて、悩み始めたらキリがなさそう。

 しばらく悩んだあと、遠くから攻撃するジョブの中で一番有名な、魔法使いにすることにした。


 次はメインサーバーの選択。

 メインサーバーは基本、国籍のある国だけど、申請すれば他国への移動もできるみたい。

 でも制限があって、その国の国籍を持って、その国で活動しているマギアプレイヤーの30%しか外国人を受け入れちゃいけないみたい。

 日本は人気サーバーで、外国人の受け入れ人数がすぐいっぱいになっちゃうから、移動してくるのが難しいらしい。

 ということで、メインサーバーはそのまま日本にした。


『それじゃあ次は、ゲーム内で動き回るプレイヤーの外見、アバターの設定をやっていこー』


 ステータスボードに自分の姿が映し出される。

 その画面を操作してアバターを調整していく。

 ナビゲーターさんの話によると、基本的には実際の年齢と一緒にアバターの外見も変化していくそうで、性別と年齢は変更できないそうだ。

 なにそれ!? 一体どんな技術? って思うけど、そこはそういうものなのだと思うことにする。

 それ以外の変更は大体できるみたい。

 色々悩んだけど、大きい変更はしないことにした。

 顔はいじり始めると迷走しそうだし、身長体重は変えすぎると違和感を感じそうだから。

 でも体重は少しくらい減らしてもいいかな。

 肌の色は少し白くした。

 これでアバターの設定は完了。


 体が淡く光り、設定したアバターの姿に変わっていく。

 服装は魔法使いのデフォルト装備。

 ブリムの広い深紫色のウィッチハット。

 前立てにフリルをあしらった白色のブラウス。

 膝上10cmの黒色のプリーツスカート。

 深紫色のローブを羽織った姿だ。


『それじゃあ最後に痛覚の設定をしまーす』


「え!? 痛覚!?」


 聞き間違いだよね?

 これで終わりと思ったのに、まさかの痛覚の設定って。

 っていうか痛覚ってあるの? ちょっと怖いんだけど。


『即死するような痛みはもちろん無効にするのでご安心をー。それでもある程度の痛みがないと不便なので、これから少し痛みを与えて体の反応をみていきまーす』


「え、え? ちょっと待って! ホントに......」


 即死って単語に恐怖を覚える。

 それに今から痛みがくるって。

 身構えた姿まま、その時が来るのを待つ。


「......っ」


『はーい。終わりましたー』


 陽気な声が頭に響く。

 痛みは一瞬だった。

 強さも軽く体をぶつけたくらいで大したことなかった。

 だけどちょっと納得いかない。

 体のどの部分が痛くなるとか。どんな痛みなのかとか。もっと情報があってもよかったと思うんだけど。


『お疲れ様でしたー。これで全ての設定が終わりでーす』


 そんな私の不満などお構いなしに、ナビゲーターさんは相変わらずの感じで話を進めていく。


『これからマギアの世界に転送しまーす』


 そして間髪入れず告げられる転送という言葉。

 同時に体が淡く光始める。


『ハルカさん、またあなたに会えることを心からお持ちしてますねー』


 本当に思ってるのかも疑わしい、そんな言葉が響くと同時に、私の視界は暗転する。

 本当に最後までマイペースなナビゲーターさんだった。



 さっきまでの静寂と打って変わって、周りが急に騒がしくなる。

 ゆっくりと目を開けると、目の前にはたくさんの人の姿があった。

 鎧を着た人。よくわからない動物の毛皮を着た人。私みたいにローブを着ている人。

 全員が日常では見ることがない派手な格好をしている。

 その光景に言いようのない感動が込み上げてくる。


 ついに、マギアの世界にやってきたんだ。


 感動に立ち尽くす私を避けるように、その人達が同じ方向、光が差し込む場所へと歩いていく。

 たぶん、あそこが出口。

 私も同じように歩き始める。

 前の人について歩いている間も、初めて見るマギアの世界に、視線はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しい。

 今いる場所は全てが石で造られた建物の通路。

 横幅は何人も人が通れるくらい広い。

 電気やライトはないけど、壁にいくつも空いた窓から光が入ってきてかなり明るい。

 窓の向こうは空の色一色。

 たぶんかなり高い所にある建物なんだと思う。

 そうこうしているうちに出口に到着。

 逆光を浴びながら踏み出した一歩先には、どこまでも続く青空が広がっていた。


「うわぁ......」


 見渡す限りの青一色。

 遠くの方には見たことない生き物や空飛ぶ船も見える。

 明らかに非現実的。でも見覚えのある、画面の向こうからずっと恋焦がれていた光景。

 胸が弾む。心が踊る。なにもかもが感動をくれる。

 自然と足が前へと進む。

 正面の先、展望台へ。

 たぶんあそこに、私の見たい景色がある。

 展望台に近づくにつれ、眼下の景色が少しづつ見えてくる。

 やっぱりこの場所は高い所にあるらしく、地面が遠い。

 そして展望台の先端、手すりに手をかけた私は、下を覗き込む。


「すごい……」


 予想以上の光景に感嘆の言葉がこぼれる。

 眼下に広がるのは、今まで見たことないくらい大きな穴と、その穴に沿うように造られた街並。


「あれが、マギアの炎槌......」


 創造神マギアが、強大な魔を滅ぼす際の一撃であけたと云われている巨大な穴は、壁面が焦げていて遠目から見ると穴全体が黒一色に見える。

 その姿はまるでプレイヤーを誘い込むために大きく口を開けた深淵への入口のようで。


 穴の中、黒よりも黒いその先には、一体何があるんだろう。


 好奇心に任せ、手すりから身を乗り出して覗き込もうとしてみたけど、漆黒の中に吸い込まれるような感覚に足がすくんでしまう。

 怖い。怖いけど、ずっと見ていたい。

 何かに取り憑かれたようにジッと穴を覗き続ける。


「あの、何かありましたか?」


「え?」


 突然隣から声をかけられた。

 顔を向けると一人の男性がいて、その後ろには知り合いらしい数人の男性。その全員が私のことを見ていた。

 いつの間にいたんだろう。全然気づかなかった。


「ずっと下を覗き込んでいたので、何かあったのかなぁって」


 変わらず話しかけてきたのは先頭の男性。

 どうやら自分が思っているよりも長い時間、ずっと穴を覗き込んでいたみたい。

 確かに、ずっと穴を見ていたら、何かあるかもって思うよね。

 なら早く誤解を解かないと。


「いえいえ、特になにもないですよ。ただ見てただけなんで」


「あ、そうなんですね」


 何もない穴をただずっと見てただけって言うのは、自分で言っておいておかしな気がしなくもないけど、普通に納得してくれたみたいでよかった。

 じゃあこれで話は終わりかなって思ったんだけど、なぜか一向に相手が移動する気配がない。


「もしかして、初めてのプレイヤーさんですか?」


 続けて先頭の男性が話しかけてきた。

 私の姿を見てそう思ったのかもしれない。

 さっきと全く関係ない話だけど、初心者なのはその通りだし、素直に答える。


「はい、そうなんですよ」


「もしかして、誰かと待ち合わせですか?」


「いえ、違いますよ」


 誰かと待ち合わせなら何かあるのかな?

 そんな疑問が浮かぶと同時に、次の男性の言葉でその答えが判明する。


「でしたら、俺達と一緒にやりませんか? マギアのこと結構詳しいので色々教えますよ」


 あぁなるほど。そういうことか。

 私が初心者だから親切心で言ってくれている。

 それなら優しい人達だけど。

 全てが現実と変わらない世界だからこそわかる。

 あの表情、あの感じはたぶん違う。

 もともと断るつもりだったけど、ちゃんと断っておかないと。


「すみません。気持ちは嬉しいですが、一人でやりたいので」


「あ、いや、でも、最初に何をすればいいかとか......」


「すみません。もう行きますね。ありがとうございました」


 強引に話を切り上げて歩き出す。

 相手が素直に引かないっていうのは、やっぱりそういうことだから。

 それに、ここで話をする時間すら今の私には惜しい。

 時間は有限。もっとマギアを楽しまないと。

 展望台から離れ、転送ポータルへ向かう。

 さっき上からだいたいの場所は確認したからたぶん大丈夫。

 途中、一度後ろを確認してみたけど、さっきの男性達がついて来ているということはなかった。


 街の近くはさっきの比じゃないくらい混んでいた。

 景観は教科書で見る中世の街並みに近い感じ。

 ほぼ全てが石造りの建物で、通路の両脇には火がついていないかがり火が置かれている。

 その光景がまた心をくすぐるけど、さっきの男性のこともあるし、まっすぐ転送ポータルに向かう。

 上から見た時、正直あれが転送ポータルなのかって不安もあったけど、近くに来たらちゃんと表示されたので一安心。

 いくつも並んだ大きな機械。その一つ入ると、操作端末が現れる。

 それに感動しつつ、見よう見まねで操作、移動先の選択候補を表示させる。


 うーん。やっぱり行けるところが全然ない。


 初心者だから仕方ないけど。

 その中から、クラスメイトに聞いた初心者にオススメのエリアを選択して、転送開始のボタンを押す。

 入口の扉が閉まり機械が動き始める。

 やがて、私の視界は暗転した。


 転送先はラハ村、目的のエリアはラハの森。

 強いモンスターが出てこないエリアで、初心者が練習するにはもってこいの場所なんだって。

お読み頂きありがとうございました。

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