やっと
side 皇 遥
2年3組の教室。
いつもならクラスメイトと一緒にマギアの話題で盛り上がるんだけど、今日は話半分でずっと聞き役に徹している。
パパ、いつもならすぐに返事が返ってくるのに、今日は全然返してくれないじゃん。
今は下校前のホームルームの時間。
私は、お昼前にパパに送ったメッセージの返事を、今か今かとずっと待っている。
数年前にリリースされたマギア・ナシナ・オンラインというゲームがある。
初めてそのゲームのPVを観た時、私はその世界に引き込まれ、目が離せなくなった。
私もあそこに行ってみたい!
あの綺麗な世界を自由に動き回りたい!
きっとあの時、私はマギアの世界に一目惚れしてしまったんだと思う。
でも、当時小学生だった私には、ゲーム一式を買えるお金なんてもちろんなくて。
だから、パパにお小遣いの前借りをお願いしたんだけど、パパからは前借りどころか、そもそもマギアはやっちゃダメだって言われてしまった。
納得がいかなかった私は、なんでダメなの? って理由を聞いてみたんだけど、返ってきた返事は、危ないから。
詳しくは知らないけど、なんかパパが若いころにゲームの世界に閉じ込められるみたいな小説が流行ったみたいで心配なんだって。
そんなの知らないよ!
だけど、そんなことじゃ諦めきれなくて、毎日毎日パパにマギアがやりたいってお願いした。
そりゃあもう本当に毎日お願いしたよ。
小学生から高校生になるまでずっとだもん。
そしたら、やっとパパが条件をクリアしたらやってもいいって言ってくれた。
私の粘り勝ちした瞬間だ。
そして、パパが出した条件というのが今度のテスト
、つまり今回のテストで全教科平均点+10点以上を取るというもの。
正直余裕だと思ったけど、万が一だってあるかもしれないし、今まで以上に勉強を頑張ることにした。
正直、高校入試の時だって、ここまで頑張らなかったんじゃないかなってくらい頑張ったよ。
そんな私の姿に、パパはすごく複雑そうな顔をしてたけど。
そして今日の午前の授業で、最後の答案用紙が戻ってきた。
結果は全ての教科で問題なし。
当然の結果だ。
すぐにパパにそのことを送ったんだけど、まだ返事が返ってこない。
パパ、どれだけ私にやって欲しくないんだろう。
そんなこんなで、今は少しだけイライラしていたりする。
だけど、そんな気持ちはおくびにも出さないで、教壇に立っている先生の話を聞いている。
まぁ、話半分だけど。
と、机の下でずっと握りしめていたスマホにメッセージが届いた。
すぐに視線を落とし、メッセージを確認する。
送り主は......パパ!
内容を確認した私は、クラスメイトに気づかれないように小さくガッツポーズをした。
────
ホームルームが終わった放課後、いつもよりも機嫌が良い私に気づいたクラスメイトの佐藤くんが、鈴木くんを連れて話しかけに来た。
そんなに顔に出ちゃってた? とも思わなくはないけど、そんなこと気にならないくらい舞い上がってた私は、興奮する気持ちのままに、今日からマギアができる喜びを二人に伝えた。
「マジ!? 皇、マギアやんの!?」
「え? 皇さん、マギア始めるの?」
二人が驚きの声を上げる。
特に佐藤くんの声が大きく、その声を聞いた他のクラスメイト達が一斉に集まってきて、一緒にやろうよ! と口々に声をかけてきた。
その中にはもちろん佐藤くんと鈴木くんもいて、話を聞いた感じ、二人は他の人よりもやり込んでるみたい。
そんな中、輪の外からも視線を向けてくるクラスメイトに気づいた。
黒月一輝くん。
いつも教室の後ろの席で、寝てるかボーッとしていか、とにかく無気力を隠さない男子生徒だ。
そんな彼が、今は口をポカンと開けて、驚いた表情でこちらを見ている。
え? な、なんだろう。私、何かしちゃったかな?
ほとんど話したことないクラスメイトに、見つめられ続けるという状況に困惑していると、視線に気づいた黒月くんが、ハッとなってサッと視線を逸らす。
そして、数秒後にはいつもの無気力な黒月くんに戻っていた。
正直、気にならないと言えば嘘になる。
あんな黒月くんの姿見たことないから。
でも、今は周りのクラスメイト達からの、お誘いの声の対応をしないと。
「みんなごめん! 一番最初は一人でやってみたいんだ。チュートリアル? とか、そういうのもあると思うし、みんなに色々迷惑かけちゃうと思うからさ」
誘ってくれるのはとても嬉しいけど、最初は一人でやるってずっと前から決めていた。
だからハッキリとお断りの言葉を口にする。
じゃないと、そんなの気にしないよ! とか言われちゃいそうだから。
「まぁ、皇さんがそう言うなら......」
「また今度一緒にやろうね」
みんなすごく残念そうだけど、納得してくれたみたい。
その姿に少し申し訳ない気持ちなる。
だけど、ずっとやりたかったゲームだから。
今日だけは自分の気持ちに正直にさせて欲しい。
「ごめんね。それじゃあ、今日はこれで帰るね! みんなまた明日学校で! またねー!」
言うが早いか教室を飛び出す。
いつもなら廊下を走ったりなんかしないけど、今日は見逃して欲しい。
どうか先生に見つかりませんように。
そんなこんなで昇降口を過ぎて、学校を後にする。
さすがに息が切れてきた。
だけど足は止まらない。
それどころか、前へ前と進んでいく。
やっと。やっとだ!
私は、逸る気持ちを必死に抑えながら、帰り道を駆け抜ける。
お読み頂きありがとうございました。