ギルド本部とクエスト
side 皇遥
次の日の学校終わりにログインした私は、昨日黒月くんに「熟練度上げついでにクエストを受けたらどうだ?」と言われ、セントラルエリアにあるギルド本部に来ている。
ここまで来といてだけど、実はわざわざギルド本部に足を運ばなくてもステータスボードからクエストの受注はもちろんのこと、ギルド本部で出来ることは全て出来るようになっている。
じゃあギルドの建物の意味は? ってことになるんだけど、ギルドを選ぶ時に直接会って話をしたい、勧誘したいというプレイヤー達の交流の場として使われることが多いみたい。
そして私が来た理由だけど、せっかくだからギルド本部の雰囲気を味わってみたかったからだ。
「それにしても大きな建物だなぁ」
ギルド本部を見上げ、その建物の大きさに圧倒される。
セントラルエリア、メイン通りの一角に建つ一際大きなその建物は、街並みと同じ石造りの外観で建物正面には盾、剣、杖のレリーフが飾られていて「ここがギルド本部ですよ」と言わんばかりの風貌をしている。
と、いってもここもラハの森と一緒で吹き出しで親切にギルド本部って教えてくれてるんだけどね。
心の中で独りごちた後、建物の中に入る。
ギルド本部の中にはファンタジーの世界みたいな荒くれ者はいなくて、テーブルを何人かずつで囲みながら談笑しているプレイヤーが何組か見られた。
そしてその人達がドアベルの音に反応してこちらに視線を向けてくる。
なんかすごく視線を感じるなぁ。
これが初めてギルドを訪れた人が受ける洗礼、見定められるってやつなのかな?
「コイツ、大したことないな」とか「コイツ、できる」とか思われてるのかも。なんてどうでもいいことを思いながら受付へ向かう。
部屋の奥の方にある受付にはギルド職員のお姉さん(たぶんNPC)がいて、にこやかな笑みを浮かべていたから話しかけてみる。
「すみません。ギルドに登録したいんですけど」
黒月くんの話だと、どこかのギルドに所属していたとしても初めてのプレイヤーはギルドへの登録が必要で、それをしないとクエストが受けられないみたい。
「はい。ではこちらに必要事項の記入(入力)をお願いします」
笑顔のお姉さんに差し出しされた用紙に自分の情報を記入していく。
その欄の中に所属ギルドという項目があって、そこに【太陽と月】と記入した時は、本当に記入してよかったのかすごくドキドキした。
「終わりました」
「ありがとうございます。では確認致しますので少々お待ちください」
そんな本当の人間としているようなやり取りの後、お姉さんは記入した用紙に目を通していく。
私、所属ギルドが太陽と月だけど、何か反応があったりするのかな?
なにせ日本で一番有名で一番強いギルド所属だ。
お姉さんが大きく目を見開いてこっちを見たり「あの太陽と月のメンバーなんですか!?」とか大声で言って注目を集めたりとか、何かハプニングがあるかも......なんて期待を込めつつ身構えていたけど、もちろんそんなことは一切なくて......
「確認致しました。これで手続きは完了となります。ありがとうございました」
と、にこやかに言われて終了した。
そりゃあね。こうなることはわかってましたとも。
ちょっと期待してたけど、何も起こらず当てが外れたことに肩を落としながら受付を後にする。
すると正面から2人組の男性がやって来て話しかけられた。
「ねえキミ、ハルカちゃんっていうんだね。少し時間あるかな?」
「俺達、新しくギルドに入ってくれる人を探しててさ......」
なんとなく軽薄そうな笑顔を浮かべた2人に警戒する。
私の格好が初心者だから、どこのギルドにも入っていないと思われたのかもしれない。
そんな私達の様子を伺っている周りの人達からも「先を越された」みたいな雰囲気を感じて、この話し合いが終わったら早くここから出ていこうと心に決めた。
「すみません。私もう知り合いのギルドに入ってるんです。それにこれから用事があるので」
太陽と月の名前は出さないことにした。
私のような初心者が入れるギルドじゃないから信じてもらえないだろうし、気軽に口に出していい名前じゃないと思ったからだ。
「あ、そうなんだ。でも話だけで聞いてみない? うちのギルド、結構有名なギルドと繋がりがあってさ」
「GENESISっていうんだけど知ってるかな? ギルドランキング1桁のギルドなんだけど」
GENESIS。
一昨日も聞いたそのギルド名に工藤くんとのことを思い出して嫌な気持ちになる。
GENESISのことは正直何も知らないけど、今回のことも含め私の中でその名前に対しての評価は暴落の一途を辿っている。
「知ってます。なんかすごいギルドなんですよね。でも私はまだ初心者ですし、そんなすごいところは遠慮しておきます」
あまり波を立てたくないからやんわり断ってみるけど、どうやら2人には通じないみたいで......
「そういうことなら大丈夫。みんな優しいから初心者のハルカちゃんにも色々教えてくれるよ」
「そうそう。それにGENESISってモデルをやってるメンバーが多いから、ハルカちゃんも気に入ると思うんだよね」
はぁ......こういうの嫌なんだけどなぁ。
話しかけてくる2人の表情にも話の内容にもうんざりする。
これ以上話を聞いてても気分がもっと悪くなりそうだし、無理矢理にでも話しを切り上げようと考えていると、入口のドアベルが鳴り、甲冑を着た見覚えのある男子が中に入ってきた。
「あ! 鈴木翔吾くん! 時間通りだね。それじゃあ私、失礼しますね」
「え? ハルカちゃん!」
「ちょ、ちょっと! 行っちゃうの?」
2人の横をスッと通り過ぎてショウくんの所に行く。
そんなショウくんは急に声を掛けられたことで大きく目を見開き驚いた表情をしている。
「え? は、ハルカさん!? これっ......」
「さ! 行こう行こう!」
「え? ちょ、ハルカさん?」
「ごめん。ちょっとこのまま一緒に来て」
「え? あ、うん......」
状況を飲み込めてないショウくんの背中を押しながら、小声で話しかけギルド本部から出ていく。
しばらくの間そのままの状態でお互い無言で歩くも、ショウくんは事の経緯が気になるのか私の方をチラチラと振り返ってくる。
ここまでくればもう大丈夫だよね?
後ろを振り返りさっきの2人がいないことを確認すると歩くのを止め、ショウくんに頭を下げる。
「ショウくん、無理矢理連れて来ちゃってごめん。ちょっと変な2人に絡まれちゃってさ。ショウくんが来てくれて助かったよ」
「あ、そうだったんだ。そういうことなら全然。ハルカさんも大変だったね」
理由を説明したらショウくんは笑って許してくれた。
「うん。もうあそこには一人じゃ行かないようにするよ。そういえばショウくんはギルド本部に何か用事あったの? 佐藤将也くん達もいないみたいだけど」
ショウくんとマサくんはいつも一緒にいるイメージだから、マサくんも近くにいるのかなと思ったけど、どうやら別行動をしてるみたいで近くにはいない。
「あー、マサ達は今日は違うゲームやってるよ」
「あ、そうなんだ。でもショウくんはやらないんだね」
「......俺はマギアが好きだから」
そう言って苦笑いするショウくんの反応が少し気になったから、もうちょっとだけ掘り下げてみることにする。
「もしかしてギルド本部に来たのって、それと何か関係あるの?」
「うん。まぁ、あると言えばあるんけど......実はどこかのギルドに入ろうかなって考えてたんだ」
「え? ショウくんってマサくんのギルドに入ってなかったの?」
マサくんが作ったギルドにはマサくんの友達が何人も入っていたけど、その中にショウくんは入ってなかったみたい。
ちなみに私も誘われたけど、入りたいギルドがあるって断っていたりする。
「俺は入ってないよ。こう言っちゃ悪いんだけど、マサのギルドは身内ギルドって感じでさ、俺にはちょっと物足りなくてね」
「そっかぁ。ショウくんはマギアやり込んでるもんね。なるほど、それでギルド探しってことかぁ。じゃあ私、めっちゃ邪魔しちゃったってことだよね? 本当にごめん」
重ね重ね頭を下げる。
「いやいや、気にしなくて大丈夫だよ。元々興味本位で来ただけだったから。それよりハルカさんこそ何でギルドにいたの?」
「私はね......」
ショウくんにギルド本部に行った目的、そこで起こった出来事などを伝える。
「そうだったんだ。でもステータスボードを使わないでギルド本部に直接行くなんてすごいよ。俺なんて考えもしなかったし」
「せっかくだしね。雰囲気を味わってみたかったんだ。でも、もう1人じゃ行かないようにする」
「あはは、それがいいよ。じゃあ、これからハルカさんはクエストをやるの?」
「そうそう。キスレ平原で熟練度上げついでにクエストをやる予定だよ。ショウくんはこれからどうするの?」
「俺は特に何も。その辺でもぶらぶらしようか......」
「じゃあ一緒にキスレ平原行こうよ」
「ええっ!?」
ショウくんの言葉に被せて一緒に行こうと提案してみると予想以上に驚かれた。
そんな驚くことかな。私だって誰かを誘うことだってあるよ?
ショウくんを誘った理由は、ショウくんはマギアをやり込んでるし、私の魔法が他の人と比べてどんな感じなのか聞いてみたいと思ったからだ。
クロは私の魔法を見ていつも褒めてくれるけど、私に気を使ってくれてるだけかもしれないし、この機会を逃す手はない。
「ショウくんマギアに詳しそうだから、ちょっと私の魔法を見てもらいたいんだけど、どうかな? もしも他に何か用事があったら全然断ってくれていいんだけど」
「いや、全然、全然大丈夫だよ。じゃあ、キスレ平原に行こっか」
「ありがとう! じゃあよろしくね」
「こ、こちらこそ」
ショウくんが快諾してくれたことで2人でキスレ平原に向かうことになった。
私の魔法に対してのショウくんの率直な意見をぜひ期待したいところだ。
キスレ平原に着くまでにショウくんとマギアについて色々な話をした。
ショウくんはマサくん達と会う前からずっとマギアをやっていたみたいで、その頃のことを懐かしむように話すショウくんの顔は楽しそうであり、だけど少しだけ憂いの色が浮かんでいるように思えた。
「じゃあ、新しいギルドに入るんじゃなくて、その頃一緒にやっていた友達とまた一緒にやるんじゃダメなの?」
ショウくんの話を聞いて、以前一緒にやっていた友達とマギアをしていた頃が、ショウくんにとって一番楽しそうな時期に思えた。
だからその友達とまた一緒にやるのが一番だと思ったんだけど......
「俺がマサ達と連んでから全然話さなくなってさ。今さらなんて声かければいいか分からないし、遊んでた俺より強くなってるだろうから足手まといっていうのもちょっとね......」
そう苦笑いで話すショウくんの言いたいことはわかるけど、やっぱり私はその友達と一緒にやるのが一番だと思う。
ショウくんも本当はそれを望んでるだろうし。
「その友達ってどんな人なの? やっぱショウくんに対して怒ってると思う?」
「いや、それはないと思う。あいつは怒ったりするやつじゃないし、っていうかうちの......いや、なんでもない」
何か言いかけた感じがあって気になるけど、止めたってことは触れない方がいいのかな。
「ならやっぱりその友達とやるのがいいよ。まずは一回話してみてさ、それでどうしてもダメそうならその時はギルド本部に行けばいいよ」
「......そう、だね。うん、そうしてみるよ。ハルカさん、ありがとう」
「全然いいよ。その友達と上手くいくといいね。あ、キスレ平原に着いたね。 ちょっと待って、クエストクエスト、と......」
ショウくんとの話にちょうど区切りがついたところでキスレ平原に到着、早速ステータスボードを開いてキスレ平原でできるクエストを探してみる。
するといくつかあるクエストの中に依頼主がギルドのクエストがあった。
クエスト名はEランクモンスター討伐。
なになに......えーと、初心者がいきなり強いモンスターと戦って死亡する事故が多いから、まずは弱いモンスターから戦って慣れていきましょうだって。
そういう設定なんだろうなとは思うけど、ラハの森で死にそうな目に遭った私にはなかなか胸にくる文言だ。
いやいや、私だって好きで遭遇したわけじゃないし、そもそも強いモンスターと戦うつもりなんてなかったし、って今はそんなことどうでもいいんだった。
余計な思考に陥りそうになった頭を元に戻す。
クエストには親切にも対象モンスターの名前と姿も表示されている。
出現エリアにキスレ平原の名前もあるし、見たことあるモンスターも何体かいるからちょうどいい。
早速クエストを受注してみる。
このクエストを受けます......と。よし、これであとは倒すだけだね。
「ショウくんおまたせ。クエスト受けたから早速倒していこうと思うんだけど、ちょっと私の使う魔法を見て欲しいんだ」
「ここに来る前も言ってたけど、ハルカさんの魔法を見てどうすればいいの?」
「何もしなくていいよ。ただ私の魔法を見てどう思ったか教えてもらいたいんだ」
威力を上げる練習をしてるとか、威力を見て欲しいとか伝えると、ショウくんも気を使っちゃいそうだから、ただ見て欲しいとだけ伝えてみる。
これでもしも普通の魔法と変わらない威力なら「うん。いいんじゃないかな」とか曖昧な返事が返ってくるはず。
「ん? うーん、わかった。感想を言えばいいんだね」
なんでわざわざそんなことを? みたいな顔をしているショウくんから視線を外し草原を見渡すと、ちょうどモンスターを発見、指を差しながらショウくんに伝える。
「ショウくん、あのカピバラみたいなのに使うから見ててね」
カピバラのモンスター。
正式名称はオニテンジクという名前だとさっき見たクエスト情報に載っていた。
でも私の中ではもうカピバラ呼びが定着してるから、これからも【カピバラみたいなの】呼びを続けていくつもりでいる。
「わかった。いつでも使っていいよ」
ショウくんが頷いたのを確認して、アイテムストレージから強化杖を取り出しカピバラみたいなのに向かって構える。
使う魔法はやっぱりこれだよね。
「いくよ!『ファイアボール!!』」
杖の先に展開された魔法陣から灼熱の火の玉が発射されカピバラに当たると激しい爆発が起こり黒煙を上げる。
「こんな感じなんだけどどうかな?」
ショウに問いかけつつモクモクと上がる黒煙の中、カピバラの魔石を拾う。
そんな私の問いかけに反応せず、しばらく呆然とその様子を眺めていたショウくんは、おもむろに口を開き......
「......すごいね。まさかこんなにすごいとは思わなかったよ」
「ホントに!? よかったぁ。私の魔法、ちゃんと強かったんだぁ」
ショウくんの感想を聞いて、自分の努力が無駄になってないことを知って胸を撫で下ろす。
「......もしかしてハルカさん、努力値のこと知ってる?」
「うん、教えてもらったんだ。ショウくんよくわかったね」
私の魔法を見てすぐに努力値の話が出てくるショウくんは、さすがマギアに詳しんだなって思った。
「ハルカさんの言い方がね、強化した杖を見せたいって感じじゃなかったし、なら努力値かなって思って。でも努力値のこと教えてくれる人って......もしかしてハルカさん、どこかのギルドに入ったの?」
「え? う、うん。実はそうなんだ。努力値のこともそこで教えてもらったの」
さすがに知り合いに太陽と月に入ったとは言えない。
学校で広まっちゃったら大変だし、メンバーに会わせて欲しいとか、サイン貰ってきてなんていわれたら迷惑かけちゃうことになるし。
「......ハルカさん、もっと緩くやってるんだと思ってたけど、結構本気でやってるんだね」
「そりゃあね。ずっとやりたかったゲームだし、やるなら本気でやりたいじゃん」
すごい偶然で奇跡みたいなことだけど、私はあの太陽と月のメンバーになったんだ。本気にならない理由がない。
それにいつかクロみたいに強くなって、頼られるくらいになりたいっていう目標もあるし。
「でもなんで俺に魔法を見て欲しいって言ったの? ギルドの人だって見てくれるでしょ?」
「うん。ギルドの人は褒めてくれたんだけど、もしかしたら気を使ってそう言ってくれるだけかもって思って。何も知らないショウくんの感想が聞きたかったんだ」
「......そっか。ああ、なるほどね。まぁ、そりゃあそうだよな......」
私の話を聞いて、納得しつつも期待が外れた様な表情をするショウくんの姿に、私の都合に付き合わせてしまった申し訳なさが込み上げてくる。
「ご、ごめんね。こんなどうでもいいことに付き合わせちゃって。ショウくんだって忙しかったよね」
「あ、いや、ハルカさんは何も悪くないから大丈夫。それよりもせっかくだから他の魔法も見せてよ」
「え? いいの? ......じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「もちろん! 最後まで付き合うよ」
なんだか気を使わせちゃった感じがするけど、ショウくんからのせっかくの申し出だし、ありがたく受けることにした。
そこからモンスターを見つけては違う魔法を使っていく私に、ショウくんは「この魔法は普通はこんな感じなんだよ」と私の魔法との違いを教えてくれた。
そんなショウくんの協力もあって自信がついた私は、その日も時間が許す限り熟練度上げに励むことができたのだった。
お読み頂きありがとうございました。