熟練度について
side 黒月 一輝
皇がギルドに加入した翌日の夜。
今日から予定のない日は皇を強くするという目的で、一緒にマギアをプレイすることになっている。
昨日、ギルド加入時に俺に教わりたいと言っていた皇だが、本当に俺でいいのかと再確認した。
自分で言うのもアレだが、俺はあのクロだ。
他のメンバーに教わった方が、皇の意欲も上がるんじゃないかと考えたからだ。
ただ、皇から返ってきた返事は変わらずだった。
俺がいいそうだ。
一応理由を聞いてみたが、「黒月くんがいい」の一点張り。
俺はクラスメイトで、他のメンバーは有名人。
俺になら緊張せず、気兼ねなく聞ける。
そんな感じだろうと結論づける。
というか、それくらいしか浮かばなかった。
実際、一番予定が空いているのは俺だ。
そう考えると、皇にとっても悪い話ではないだろう。
「黒月く、じゃなかった。 ク、クロおまたせ!」
「ああハルカ、学校ぶりだな。それじゃあ、早速向かうとするか。場所はキスレ平原よかったか?」
セントラルエリアで待ち合わせした俺達が向かうのは、初心者から中級者がよく通うエリア、キスレ平原。
ここはエリアが広大で、モンスターが再出現するリポップの時間も早い。
そのため、プレイヤー同士のモンスターの取り合いが、ほとんど起きることがないオススメのエリアだ。
それと、今日からマギア内ではお互いをプレイヤー名で呼び合うことにした。
本来ならば最初からやっているべきことなのだが、出会い方が出会い方だったため、このタイミングでということになった。
これは個人的なことなのだが、皇は名前とプレイヤー名が同一だ。
今まで苗字で呼んでいた相手のため、若干の違和感を感じてしまうが、こればかりは仕方がないことだろう。
「............」
「ん? どうかしたか?」
「......あ、ううん! キスレ平原。キスレ平原だよ」
「わかった。じゃあ、行くか」
ハルカの反応に間があったのは、おそらく呼び方が原因だろう。
今まで苗字呼びだった相手が、いきなり名前呼びに変えたようなものだから、無理もない。
ただ、こればかりはどうしようもない。
俺にも言えることだが、追々慣れていくしかないだろう。
それにしても、今日はやけにこちらを見てくるプレイヤーが多い。
一瞬、俺がクロだとバレたかと思ったが、装備も変えてるし顔も隠している。
そもそも顔を晒してないから、バレるはずがないと気づく。
そうなると考えられるのはハルカ。
初日から声をかけられたという話だし、相変わらずの人目を引く容姿といったところだ。
マギア内でハルカが有名になる日も、そう遠くないだろう。
────
「え? ミミが会いに来たのか?」
「そうなんだよ! 変装してたから騒ぎにならなかったけど、もうビックリだよ!」
移動中の会話は、昨日のハルカの身に起こった出来事。
昨日の夜は用事があって、ハルカには一人でモンスターと戦ってもらったんだが、早速ミミが会いに来たらしい。
おそらく、メンバー全員の都合が合わず、顔わせが少し先送りになったのが原因だと思うが、まさかこんなに早く会いに来るとは思わなかった。
「それでミミのやつ、何か余計なこと言ってなかったか?」
「んー、クロのことは何も言ってなかったよ。私は色々聞かれちゃったけど。あはは」
「そうか。それは災難だったな」
ミミは気になることがあれば、相手が口を割るまでグイグイ行くタイプだ。
ハルカの表情から察するに、根掘り葉掘り聞かれたのだろう。
聞かれた内容は俺とハルカの出会い方。ギルドに加入するまでの経緯といった辺りだろうか。
なんにせよ、ハルカにしてみれば災難だったと言う他ない。
ただ、それでもミミは同じギルドのメンバー。
不仲になっても困るし、一応フォローはしておこう。
「まぁ、あんなやつだが、悪いやつじゃないから、仲良くしてやって欲しい」
「あ、それは大丈夫だよ。ミミさんがいい人だってわかってるから。それに、応援してくれるって言ってたから、私としても心強いっていうか」
「応援? 強くなることをか?」
「う、うん。そうそう。だから、私も心強いなぁって思って」
「......まぁ、協力的なのはいいことだが」
「そ、そういうことだから、この話はおしまい! あ! ほ、ほら! ポータルに着いたよ! 入ろ!」
ハルカに言われるがまま、キスレ平原に移動する。
明らかに何かを隠してる様子だが、聞き出すのは難しそうだ。
それに、あのミミが絡んでることなら、触れない方がいいかもしれない。
「ハルカ、モンスターと戦う前にこれを使ってくれ」
周囲に他のプレイヤーがいない場所までやって来たところで、事前にセツカから受け取っていたアイテムを渡す。
細工が施された細長い小瓶に入った真っ赤な液体で、数は10本ある。
「え、あ、ありがとう。えっと【熟練度ヨクアガール】。なんて言うか、珍しい名前のアイテムだね」
「それはセツカが創ったオリジナルアイテムだ」
「え? セツカちゃんが創ったの? なんかすごそう。どんな効果なの?」
「名前の通り、スキルや魔法の熟練度が上がりやすくなるそうだ。俺は使ったことはないが、セツカ曰く効果はお墨付きだそうだ。ネーミングセンスは、まぁ気にしなくていい」
「お墨付きかぁ。ちょっと楽しみ。早速使ってみるね」
「ああ。そうするといい」
ハルカは興味津々といった様子で小瓶の蓋を開けると、真っ赤な液体を飲み始める。
この熟練度ヨクアガール。素材はマギアの試練・下層に出現するランクA-モンスター、アビス・グランドタートルのドロップアイテム、【万年亀の血】を使っているそうだ。
アビス・グランドタートルは下層にいるだけあって、デカい、硬い、強いの三拍子が揃ったモンスターなのだが、そもそも出現エリアまで行けるギルドが少ないため、素材は貴重なアイテムとされている。
となると、当然熟練度ヨクアガールの価値も高く、セツカも売りには出さず、コレクションアイテムとして保管しているそうだ。
そして、そんなアイテムをギルドメンバーの為とはいえ、セツカがほいほいと渡してくれる訳もなく、アビス・グランドタートルの素材はもちろんのこと、複数のモンスターの素材を取ってくることが、今回このアイテムをハルカに渡す条件となっている。
さすがにこのことはハルカには言えないな。
今飲んでいるアイテムの価値を知らないハルカは、「なんか変な味」と言って舌を出している。
もしも、ハルカがこのアイテムの価値を知ってしまったら、性格的にそれに見合う何かしらの対価を支払うと言ってくるだろう。
もちろんそんなことは望んでないし、ハルカが強くなることは、俺達にとっても必要なことだ。
だから、今回のセツカとの取り引きのことはハルカには伝えず、俺とセツカの間だけの秘密となっている。
「そういえば、クロに聞いてみたいことがあったんだけど」
「聞いてみたいこと?」
「うん......」
熟練度ヨクアガールを飲み干したあと、ハルカが思い出したように質問してきた。
少し歯切れが悪い。
聞きにくいことだろうか。
「......あのさ、言いづらかったらいいんだけど。ギルドバトルの時のクロってすぐやられちゃうでしょ? あんなに強いのに何でかなって思って」
「ああ、そのことか。あれは別にわざとやられてる訳じゃないんだが。そうだな......前からハルカに全力で魔法を使えって言ってただろ? 実はそれに関係した話なんだ」
「え? どういうこと?」
「ハルカはマンガやアニメ、ゲームとかで倒せない強敵が現れた時、覚醒したりして倒すシーンってわかるか?」
「うん。わかるよ」
「あそこまで急激な変化はないが、実はそれに近い要素がこのマギアにも組み込まれているんだ。ステータスに表示されない隠しステータス。俺は【想いの力】と勝手に呼んでいるが」
「想いの力。それってどういう」
「プレイヤーの強い意志に反映して、隠しステータスが上がっていくシステムだと俺は予想している」
アイテムストレージから指輪を取り出して、ハルカに見せる。
「この指輪は力のステータスを3倍にする代わりに、HPが1になる【狂力の指輪】というアイテムなんだが、俺はこれを装備してギルドバトルに出ているんだ」
「え? なんでそんなのつけてるの? そのままでも十分強いじゃん」
「別に相手を倒す為じゃない。狂力の指輪を装備してHPを1にすることで、一度攻撃を受ければ死ぬというギリギリの状況に自分を追い込み、攻撃を避け続けることで想いの力を上げているんだ。もちろん、モンスター相手でも同じことは出来るが、そっちは死んだ場合、デスペナルティが発生するからな。さすがにやろうとは思わない」
想いの力は隠しステータスと呼ぶだけあって、公式からは何も明言されておらず、どんな種類があるのかも不明。そもそも、存在しているのかもわからないものだ。
しかし、体感的に敏捷性(AGI)は上がっているし、瞬間の判断能力や反応速度も明らかに良くなっている。
やっておいて損はないだろうと考えている。
「なるほどね。それですぐやられちゃってたんだ」
納得するように頷くハルカ。
ただ、俺としては少し複雑だ。
ここ最近は、毎回生き残っている。
だから認識を改めて欲しいところだが、口で言うのは憚られる。
行動で示して認識を変えていくしかないだろう。
「でも、それを公式の大会でやっちゃうクロは色々とすごいね」
「そうか? メンバーにはちゃんと伝えてあるし、俺がいなくても勝てる実力があるから、そこは問題ないと思うが」
「うーん。そういうことじゃないんだけどね」
どういうことだ?
メンバーには許可を取っているし問題ないと思うが。
「......まぁ、そういうことで、ハルカも全力で魔法を使って欲しい。そうすれば想いの力も一緒に上がるはずだからな」
「わかった。 そういうことなら、全力でやらないとだね」
その後、すぐにモンスターを発見。
ランクE+の一つ目の飛行モンスター、イビルアイだ。
ハルカは、俺が以前渡した杖を取り出し、モンスターに向けて構える。
「いけ!『ライトニング!』」
初級緑魔法、ライトニング。
魔法陣から一筋の稲妻が飛び出し、直撃と同時にスパーク。
プスプスと黒い煙を上げ、イビルアイはそのまま地面に落ち、魔石に変わる。
「よし、一発で倒せた」
【緑の魔石 極小】を拾う表情は嬉しそうだ。
今のハルカにとってイビルアイのランク帯が、一撃で倒せるか倒せないかの境界なのだろう。
今使ったライトニングは、通常のライトニングより格段にサイズも威力もあった。
それに、今のレベル帯でイビルアイを一撃で倒せるのは知力(INT)が高い証拠でもある。
ちゃんと全力を意識した戦い方をしているようだ。
「クロ、この熟練度ヨクアガールってすごいね。熟練度の上がりがいいよ」
「それはよかった。この調子でどんどん熟練度を上げていこう」
「あのさ、それなんだけど。熟練度を上げるのってどういう意味があるの? 私、そこんとこあんまり詳しく知らなくて」
そういえば、まだ話してなかったな。
ハルカには、ああしてくれと言うだけで、しっかり説明してないことが多い。
どんなことにも言えることだが、知らないでやるより、知ってやった方がやる気にも繋がる。
疑問に思ったことには、ちゃんと答えるべきだろう。
「そうだな......熟練度が上がると魔法の威力が上がり、消費MPが減るんだ。これはハルカもわかってるだろ?」
「うん。威力はなんとなく上がってるかなぁって感じがするし、魔法の使える回数も増えるからね」
「他に熟練度を上げる恩恵として、派生で新しい魔法を覚えたり、自分のオリジナル魔法が創りやすくなるんだ」
「お、オリジナル魔法!? それ、私も創れるの?」
「今はまだ難しいがな。その為にもまずは熟練度を最高値の100まで上げる必要があるんだ」
オリジナル魔法と聞いて、ハルカの食い付きが良くなった。
やはり自分で魔法やスキルを創るのは夢があるし、自分のプレイスタイルに沿ったスキルを創ることで、戦闘に織り込みやすくなる。
強くなる為には必要なことだろう。
ちなみに、『ドッペルゲンガー』は俺の創ったオリジナルスキルだ。
効果は発動時の自分と全く同じ分身の生成。
獣装もコピーできる強力なスキルだが、消費MPが膨大なため、短期決戦スキルとして使用している。
「質問ばっかで悪いんだけど、オリジナル魔法を創るのと熟練度を最高値にするのには、何か関係があるのかな?」
「熟練度を最高値にするのは言わば保険みたいなものだ。例えば既存の魔法を覚える場合、○○と○○の魔法の熟練度を70まで上げると覚える。とやり方がわかっているが、オリジナル魔法となるとそうはいかない。どの魔法の熟練度が、どれくらい必要かわからないから、全ての魔法の熟練度を最高値の100にしておきたいということだ」
「あーなるほどね。わかった。私頑張るね!」
「ああ。俺も出来る限りの支援はするから、なんでも言ってくれ」
「え? な、なんでも? じゃ、じゃあさ、これからもクロが空いてる時間があったら来てくれる?」
「ああ。それくらい全然構わないぞ。ワタルやミミからもハルカのことを最優先に見てやってくれって言われてるしな」
昨日の夜、そんな内容のメッセージが二人から届いた。
やるからには最強の魔法使いにしろ。ということだろう。
と、思っていたのだが。
「うぅ。ミミさん、ワタルさん、ありがとうございます」
ハルカの様子を見ていると、違うような気がしてならない。
昨日のミミの件もあるし何かありそうだが、ワタルが絡んでいるなら問題ないと、気持ちを切り替える。
今はハルカの熟練度上げに集中しよう。
お読み頂きありがとうございました。