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皇をギルドに③

 

side 黒月 一輝


 昼休みの時間がやってきた。

 午前の授業が終了すると同時に席を立ち、南校舎へと向かう。

 これまでの時間、後ろの席から皇のことを見ていたが、普段とは程遠いとても気落ちした姿を晒していた。

 原因は、俺が朝伝えた言葉にあるのだと思う。


 皇には入ると決めているギルドがある。

 工藤に向かってハッキリとそう告げていた。

 普段は抜けたところのある皇だが、たまに勘が鋭い時がある。

 おそらく、俺の話の内容を察したのではないかと思う。


 教えを乞う相手の誘いを断る。

 アイテムも受け取ってしまっている手前、皇にとってはとても苦しい選択だろう。

 俺としては誘いを断ったからといって、皇を拒絶したり、報復のようなことをするつもりは一切ないが、皇の立場としては、どうしても考えてしまうだろう。


 その辺のことは、しっかり伝えないといけないな。


 あんなに純粋にマギアを楽しんでいるやつは、滅多にいない。

 皇にはこれからもマギアを好きでいてもらいたい。

 例えどんな結果になろうと、俺は皇の力になろう。



────



 南校舎非常階段。

 相変わらずここは静かで、賑わう喧騒も遠く聞こえる。

 時間は昼休みも後半を過ぎた頃。

 昨日とは違うゆっくりとした静かな歩調で、皇は階段を上ってきた。


「黒月くん、おまたせ」


「わざわざ悪いな。ありがとう皇」


 やって来た皇は一応笑顔ではあるものの、明らかに無理をしているとわかる表情をしている。

 登校時同様、口調や声色には気をつけているが、おそらく今の皇には意味はないだろう。


「......それで、話ってなにかな?」


 そう問いかけてくる皇の表情はさらに曇り、前で組まれた両手をギュッと握り締めている。

 まるでこれから死刑宣告でも受けるような佇まい。

 なんとも申し訳ない気持ちになる。


 早々に伝えてしまおう。

 そして、断られたとしても、今まで通りなにも変わらないことをしっかり伝えよう。


「ああ、それなんだがな。朝の件もあって言いにくいんだが......なぁ皇、俺達のギルドに入らないか?」


「......え? あ、え? く、黒月くんのギルド? そ、それって、あの太陽と月ってこと?」


「ああ、その通りだ。昨日メンバーと話し合って、全員から承諾をもらっている。で、どうだろうか? 入る気はないか?」


「............」


 まずいな。皇が俯いてしまった。

 それに小刻みに体を震わせている。

 さすがにランキング1位のギルドの誘いを断るのは、難しいとか考えているのかもな。

 残念だが仕方ない。

 不本意じゃない相手を無理矢理入れるのはよくない。

 俺の方から断りやすいようにフォローを入れるか。


「まぁ、無理に入れようってわけじゃないんだ。皇に入りたいギルドがあるっていうのもわかってるしな。嫌なら全然断ってくれて構わない。それでなにかをするとか、そういうことは絶対にないから安心して欲しい」


「......入る」


「え?」


 皇がなにかを呟く。

 そして、バッと顔を上げた。


「入る! 入りたい! 黒月くん! 私、太陽と月に入りたいっ!!」


「ちょ、す、皇! ちょっと待ってくれ!」


 爛々と瞳を輝かせた皇が勢いよく迫ってくる。

 相変わらずの距離感。

 慌てて待ったをかけるも、勢いは止まらない。


「ねえ黒月くん! 私、太陽と月に入れるの!? ほんとにホント!?」


「あ、ああ。本当だ。ただ太陽と月に入れば強さを求められることになる。軽い気持ちで入ると辛い目に遭うかもしれない。しっかり考えてみて欲しい」


 誘っておいてアレだが、太陽と月はトップギルド。

 強さはもちろん覚悟も必要になってくる。

 だから考える時間を。そう思ったのだが。


「でも黒月くんが教えくれるんでしょ?」


「そうだな。他のメンバーも手伝ってくれるとは思うが、俺が教えることになると思う」


「なら大丈夫! 入りたい! 入りたいです!」


「そ、そうか」


 俺のなにが皇の信頼をそこまで得ているのかは不明だが、大丈夫らしい。

 ただ、加入に前向きのはこちらとしてもありがたい。


「そういうことなら、よろしく頼む」


「うん! こちらこそ!」


 満面の笑みで皇は頷く。

 本当にいい笑顔だ。

 近過ぎるが。


「とりあえず、離れてくれるか?」


「あ、ご、ごめん!」


 途端に顔を真っ赤にして、皇が距離を取る。

 これでやっと人心地つけると内心安堵する。

 一方皇はといえば、未だ手を団扇代わりに顔を扇いでいる。

 その表情は到底笑顔とは言えないが、ここに来た時の憂いある様子はまったく見られない。

 だからだろうか。

 聞かなくてもいいことを、つい聞いてしまったのは。


「でも本当にいいのか? 入りたいギルドがあるって言っていたと思うが」


 言ったところでそれが藪蛇だったと気づく。

 ただ、皇から返ってきた言葉は予想外のものだった。


「あ、それね。えっと、実は私が入りたいギルドって太陽と月だったんだ」


「そうなのか?」


「うん。本当はもっと強くなって、こっちからお願いするつもりだったんだけど。まさか黒月くんの方から誘ってくれるなんて思わなかったよ」


 それはこっちのセリフだ。

 まさか皇が入りたいギルドがうちだったとは。

 なんていうか、今まで考えていたことは全て杞憂だったというわけだ。

 そうなら皇も言ってくれれば。と思うのは無理な話だろう。

 皇からすれば太陽と月は雲の上の存在。俺が皇の立場なら、例えメンバーの一人と知り合いだとしても、そんなこと口に出さないだろうしな。


「ふふ。でもそっか。私、太陽と月に入っちゃうんだ。信じられないよ」


 実感が湧いてきたのか、言葉を噛み締めるように皇が呟く。

 そして、手すりに体を預けると、思いに耽るように空を見上げる。

 その表情があまりにも嬉しそうで、ふいに一つの疑問が浮かんだ。


 結局、午前中に見せていたあの表情の意味は、一体なんだったのだろうか?


「............」


 いや、考えるのはやめておこう。

 わざわざ蒸し返すような話じゃない。

 それに、今の皇は笑顔なんだ。

 なら、それでいいじゃないか。


「それじゃあ、ギルドへの招待状を送るから承認してくれ」


「あ、うん。わかった! うぅ、なんか緊張するなぁ」


 ギルドへの招待・受諾の権限はギルドマスターと副ギルドマスターが持っている。

 もちろん名ばかりとはいえ、副ギルドマスターの俺にもちゃんと権限がある。

 早速スマホを操作して皇に招待状を送る。


「き、来たよ! ホントに来た! うわぁ、太陽と月からギルド加入の招待状が届いてるって。すごい! 本物だ! 夢じゃないよね!」


 皇はスマホを両手で持って掲げたり、スクリーンショットを撮ったりと忙しそうだ。

 まさかここまで喜ぶとは思わなかった。

 そう思い、しばらくその姿を眺めていると、それに気づいた皇が慌てた様子で口を開く。


「ご、ごめん。つい嬉しくてはしゃいじゃった」


「いや、別に謝らなくていいぞ。むしろそこまで喜んでもらえたなら、誘った俺としても嬉しい限りだ」


「えへへ。ありがとう。あ、えっと承認すればいいんだよね?」


「ああ、そうだ。それで加入になるはず。確認してみてくれ」


「う、うん。じゃあ、押すよ」


 そう言って皇は、恐る恐る承認ボタンを押す。

 すると、通知音と共にこちらにも皇がギルドに加入したと通知が送られてきた。

 これで依頼達成。皇は正式に、太陽と月のメンバーだ。


「く、黒月くん! 太陽と月に加入したって! ど、どうしよう! つ、次は何すればいいかな!?」


「そうだな......とりあえずメンバー専用の掲示板があるから、そこに加入した旨のメッセージを打ってみたらどうだ?」


「う、うん。わかった。えっと......今日から加入しましたハルカです。よろしくお願いします......と。お、送ったよ!」


「お疲れ様。これで一通り終わったはずだ。皇、太陽と月にようこそ。これからよろしくな」


「こちらこそだよ! 黒月くん、色々ありがとう。これからもよろしくね」


 そう言って皇は嬉しそうに笑う。

 これから皇は、太陽と月のメンバーとして実力をつけなければならない。

 この先の予定を二人で詰めていると、昼休みの終わりを告げる予鈴と同時に、ギルドの掲示板にメッセージが書き込まれたと通知が届く。


「うわっ! すごい! あのセツキくんからメッセージがきたよ! ええ!? セツカちゃんも! ミミさんも! ワタルさんも! く、黒月くん! どうしよう! どうしよう!?」


「まぁ落ち着け。メッセージはあとで送ればいい。とりあえず予鈴が鳴ったから教室に戻った方がいい。あと顔がニヤけてる。怪しまれるから元に戻した方がいいぞ」


「え? う、うん。気をつける。じゃ、じゃあ、黒月くんまたあとで」


「......ああ」


 本当に大丈夫か?


 俺が教室に戻ると予想通り、クラスメイトから画面を隠すようにスマホを覗き、ニマニマと笑う皇の姿があった。

 それは昼休みに留まらず午後の授業中も続き、度々教師に注意されていた。

お読み頂きありがとうございました。

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