皇をギルドに②
side 皇 遥
やっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃった......
あぁ、どうしよう。また黒月くんに迷惑かけちゃった。
工藤くんとの話を終わらせて昇降口に向かう途中。冷静になった頭が自分のやらかしたことを理解して、頭を抱えることになった。
学校に向かう時の話。
前の方に黒月くんの姿を見つけて、思い切って話しかけてみた。
元々はギフトのお礼を伝えるだけのつもりだったけど、どうしても気になって、メッセージの返事がなかったことも聞いてしまった。
でも、話していくうちに、まるで催促しているような気持ちになって、そんな自分に自己嫌悪。
だけど、黒月くんが言ってくれた言葉が優しくて、嬉しくなった。
そのあと、一緒に登校もできた。
黒月くんと話すのが楽しくて、昨日落ち込んでた気持ちが嘘みたいになくなった。
でも、工藤くんがやって来て、楽しい時間を邪魔されてしまった。
そして、黒月くんへの態度に腹が立って、頭に血が上って......また迷惑をかけてしまった。
きっと呆れてるよね。嫌われちゃったらどうしよう。
昇降口で靴を履き替える時、さりげなく後ろを確認。
黒月くんがついてきてくれたことに、ほっと胸をなで下ろす。
でも、このままってわけにはいかない。
ちゃんと謝らないと。
昇降口を過ぎて人が少なくなったところで、黒月くんに向き直り、バッと頭を下げた。
「さっきは巻き込んじゃってごめん! でも、黒月くんにはどうしても話を聞いていて欲しかったの」
「いや、それは全然構わないが。その、俺に聞いていて欲しかったっていうのは、どういうことか教えてもらってもいいか?」
返ってきたのは当然の疑問。
ただ、口調は登校時と変わらず優しい。
それに別段怒ってるようにも見えない。
その姿に安心しつつ、引き留めた理由を説明する。
「うん。えっと、さっきの人、工藤くんっていうんだけど......」
始業式の次の日くらい、工藤くんに告白されたこと。
それを断ったこと。
断り方が悪かったせいか、変な噂が立ったこと。
さらに尾ひれなんかもついてしまったこと。
そういうことが今回もあったら嫌だから、黒月くんには真実を知っていて欲しかったこと。
そんな感じのことを伝える。
今回のことは、黒月くんに変な勘違いをしてもらいたくない一心でしたことだけど、その結果黒月くんを巻き込んじゃって......
なんかもう全然ダメダメだった。
なんて思ってたのに、返ってきた言葉は私を気遣ってくれるものだった。
「......なるほど。皇も結構大変なんだな。そういうことなら、ちゃんと見ていたから安心してくれ」
「え」
「ん? どうした?」
「あ、いや、もっとなにか言われるかと思ってたから......」
困るとか、やめてくれとか、そういうこと言われるの、覚悟してたから意外っていうか。
もちろん言われない方がいいに決まってるけど。
「まぁ、驚きはしたが、そういう理由なら仕方ないだろ。ただ、俺が見てたからどうなるってことは期待しないでくれ。悪いな」
「う、ううん。全然。見ててくれただけで嬉しいから。ありがとう。......じゃあ、行こっか」
黒月くんが優しい。
もしも嫌われたらって思ってたけど、全然そんなことなかった。
ちょっと考え過ぎてたかも。
そんな気持ちで歩き出そうとした矢先、黒月くんから待ったがかかる。
「皇、実は俺からも話があって、こんなタイミングで言うのもアレなんだが、悪いが昼休みに昨日と同じ非常階段に来てもらえないか? 時間はそんなに取らせないから」
「あの、それってどういう」
「ここだとちょっとな。皇にとっては聞きたくない話かもしれないが、悪いが頼む」
「う、うん。わかった......」
「すまないな。じゃあ、そろそろ行くか」
黒月くんが歩き出す。
その背中を追うように私も。
いつも聞こえる朝の学校特有の喧騒が、今日はやけにぼやけて聞こえる。
さっきはなんとか返事を返せたけど、頭の中ではずっと黒月くんの言葉が繰り返されている。
時間はそんなに取らせない。
私が聞きたくない話。
それってどう考えても悪い話で。
さっきまで確かにあった嬉しいとかよかったって気持ちは、私の中からなくなっていた。
────
登校中は横並びだった黒月くんと私。今は縦に並んで廊下を歩いている。
あれから会話はない。
お互い無言のまま。
本当は黒月くんに声をかけたいけど、目の前にある背中がすごく遠い。
さっきの黒月くんの言葉。
あれからまだ少しの時間だけど、必死に意味を考えてみた。
でも、浮かぶのは悪いことばかり。
思い出されるのはマギア初日の森での出来事。
私と距離を置こうする黒月くんの姿。
あの時はなんとか止められたけど、また同じことを言われたら、止められる自信がない。
「じゃあ、俺は後ろから入るから」
振り返った黒月くんが私に話しかける。
いつの間にか教室に着いていたようだ。
「う、うん。わかっ......た」
そう返事を返した私の声は、既に歩き始めていた黒月くんにはたぶん、届いていない。
「おう遥! って、なんか今日は元気ないな。なんかあったのか?」
「あ、佐藤くんおはよう。みんなもおはよう。ちょっと寝不足でね」
佐藤くんがいつものように声をかけてきた。
昨日までは苗字呼びだったのに、突然名前呼びに変わったことでみんな驚いていたけど、正直今はそれに対応する元気がない。
私は適当な理由を佐藤くんに伝えて席についた。
「遥おはよー。てゆーか佐藤、こっちでも名前呼びとかウケるわー」
「いちいち絡んでくんなよ。名前とプレイヤー名が同じなんだから別にいいだろ。な? 翔吾」
「いや、俺に振るなよ」
「佐藤マジ必死でウケるわー。てゆーか遥、ホントに元気ないね。大丈夫?」
「え? あ、うん、大丈夫だよ。ありがとね」
本当は大丈夫じゃない。
でも、誰にも言わない。
黒月くんと約束したから。
あの日、初めて会ったラハの森で、誰にも話さないって。
例え距離を置かれちゃったとしても、これ以上嫌われたくないから。
「......ねぇ、遥って黒月のこと気になるの?」
「えっ!?」
ガタリッ。
核心をついた直美の言葉に、大きく机を揺らす。
訪れる静寂。
ほぼ全員の視線が、私に集まる。
「あはは、ごめんね。ちょっとぶつかっちゃった」
教室を見回して失敗を明かすと、そこかしこから笑い声。
再び教室に賑わいが戻ってくる。
そのことにほっとひと息。
落ち着いたところで、未だ正面でくつくつと笑う直美に向き直る。
「遥、わかりやすすぎ」
「ちょ、ちょっと、声が大きいって」
慌てて周りを見る。
よかった。誰も私達の会話を聞いてる様子はない。
「ごめんごめんって。でもなんで黒月? あいつと話したことあったっけ?」
「だ、だから、なんで黒月くんなの? 私そんなことひと言も言ってないじゃん」
「いやいや何言ってんの? 昨日も何回も見てたじゃん。今日なんてずっと見てるし。言っとくけど、バレバレだからね」
え? ホントに?
つい出そうになった言葉を飲み込む。
まさか気づかれてるなんて思わなかった。
ていうか私、そんなに黒月くんのこと見てたんだ。
「で、実際黒月のことどう思ってんの? あいつ顔見えないけど、たぶんイケメンだと思うんだよね」
「ど、どうって言われても、私は黒月くんのこと、そういうんじゃないし......」
直美が私の気持ちを知ったら、きっと黒月くんに興味を持ってしまう。
だからこの気持ちは隠さなきゃいけない。
なのに、否定すればするほど、黒月くんのことが気になってしまう。
そして、さっきの会話を思い出して、悲しくなる。
「そんな顔で言われても全然説得力ないんだけど。なるほどねー。なにかワケありってことかー。なら、これ以上は聞かないけど、また話せるようになったら教えてよね」
「うん。ありがとう。ごめんね」
「謝らないの。っていうかその言い方、気になってますって認めちゃってるから。ホント気をつけなよー?」
「ご、ごめん。気をつける」
直美のおかげで少し気持ちが軽くなる。
今はまだ誰にも話せないけど、いつかこの気持ちのことを直美に話せるようになれる日が来たら嬉しい。
「よーし。みんな席に着けー。点呼取るぞー」
先生が教室に入ってきたことで、ホームルームが始まる。
その日、午前中の授業は全然集中出来なくて、全く頭に入ってこなかった。
そしてお昼休み、私は不安な気持ちを抱えたまま、南校舎非常階段へ向かうことになる。
お読み頂きありがとうございました。