皇をギルドに①
side 黒月 一輝
ミーティング翌日の朝。
学校へ向かう他の生徒と共に道を歩きながら、昨日渉から頼まれた課題、皇の勧誘方法について考えを巡らせる。
自慢じゃないがうちのギルド、太陽と月はランキング1位というだけあって、入りたいという奴は結構多い。
一括拒否しているが、毎月届く加入申請もそれなりだと聞いている。
だから、こちらから声をかければ皇も二つ返事で。と考えるのは楽観的過ぎるだろう。
100人が首を縦に振ったとしても、皇は振らないかもしれない。
それに皇は初心者だ。遠慮して断る可能性だって大いにある。
昨日の感じ、他のメンバーに候補のアテはないと考えた方がいい。
なら、失敗はしたくない。
6人目は情報がない誰かより、原石とも言える皇の方がいいだろうしな。
話をするとしたら、やはり昼休みの時間だろう。
問題は誘い文句。皇が首を縦に振るような言葉選び。
こういうのは得意じゃないが、やるしかない。
「く、黒月くん。おはよう」
「っ......」
「あ、ご、ごめん。驚かせちゃった?」
急に声をかけられ、肩が小さく跳ねる。
まさか俺に声をかけてくる奴がいるとは思わなかった。
とはいえ、その声には聞き覚えがある。
それに、俺に話しかけてくるような相手は、一人しか思い浮かばない。
「ああ、大丈夫だ。おはよう皇」
少し眉を下げ、申し訳なさそうにしている皇と挨拶を交わす。
そして、そのまま隣にやってきた皇は、周りに聞こえないよう小声で話しかけてくる。
「ごめんね。周りに人がいるのに話しかけちゃって。でも、どうしても昨日のお礼がいいたくて。ギフトたくさんありがとう。あの、それで、昨日もメッセージ送ったんだけど、返事がなかったから。もしかしたら、届いてなかったかもって思って、一応......」
話していくにつれ、声が尻すぼみになっていく皇。
こちらの様子を窺っているようにも見える不安そうな表情には、普段の快活さは全く感じられない。
マズイな。
早々にやらかしたらしい。
これからギルドに誘おうという相手の心象を悪くしてしまった。
このままでは、誘い文句がどうのという話ですらなくなってしまう。
なんとか挽回しないと。
「すまない。昨日は少し忙しくて返事を返せなかったんだ。ちゃんと読ませてもらったよ。あそこまで喜んでもらえたなら、俺も嬉しい。皇の力になれてよかったよ」
なるべく優しい口調を心がけ、普段よりも数段気分を上げることを意識しての返答。
少し気持ち悪かったかもしれない。
普段「嬉しい」なんて言葉は使わないから、自分で言ってて違和感しかなかった。
それで、皇の反応はどうだろうか?
「そ、そうなんだ。えへへ。あ、えっと、私も嬉しかったっていうか、あんなにたくさんもらっちゃっていいのかなって思ったりして。あ、あと結界石の指輪。あれもなんかすごくいいものだって聞いたから、お礼を言わなきゃって。その、ありがとう。すごく大切にするね」
なるほど。たぶん、大丈夫そうだ。
いつもの皇とは様子が違うが、喜んでる感じは伝わってくる。
とりあえずの目的は達成したということだろう。
「あの、それで、このまま一緒に学校に行ってもいいかな?」
緊張を滲ませた声。
固唾を呑むとは、こういう表情のことをいうのだろう。
まぁ、皇の気持ちもわかる。
普段の俺なら断りそうなことだしな。
ただ、ここで選択を間違えるほど愚かではない。
一も二もなく頷かせてもらう。
「ああ、もちろんだ」
「え? いいの? てっきり断られるかと思ってた」
「偶然会ったクラスメイトと登校するんだから、なにも問題ないだろ?」
違和感を感じさせないよう、それっぽい理由を話す。
これについては本音でもある。
悪意のない相手からの誘いを断るほど、俺は冷たい人間ではない、と思いたい。
「偶然......そっか、偶然だもんね。偶然なら一緒に登校してもおかしくないもんね。うん、うん、そうだよね。わかった。ありがとう」
皇は、独りブツブツとなにか言っていたかと思うと、急に笑顔になる。
とてもいい笑顔だ。
そんなに一緒に学校に行きたかったのだろうか?
それにしては喜び過ぎな気もするが......
まぁ理由はなんにせよ、笑顔なのはいいことだ。
できればこのまま昼休みまで過ごしたいものだ。
学校までの道のり。
皇は俺に配慮したのかマギアの話は口にせず、話題の話や学校の話を楽しそうに喋り続ける。
そんな皇の話に相槌を打ちつつ、たまに話題を提供したりと、会話を途切れさせないことを意識する。
その甲斐あって皇は終始笑顔で、傍から見ても楽しそうに映ったのではないだろうか。
その反面、周りからの視線が多く集まってしまった。
そこかしこから「皇さんの隣にいる人誰?」「皇さんすごく楽しそうだけど、どういう関係なのかな?」「あいつ誰だよ」「アイツの前髪ヤバくね?」など、とても好意的とは言えない言葉が耳に入ってくる。
これについては気にしないことにした。
変に顔に出して、皇の気を悪くするわけにもいかないしな。
などと、一見皇に気を使っているようにも見えるが、実際はそんなことはない。
普段よりも学校に早く着いたと感じるのは、間違いなく皇の話術のおかげだろう。
「皇先輩!」
校門を過ぎ昇降口に向かう途中、皇を呼び止める声が響いた。
自信に満ちた声と言うべきか、物怖じを感じさせないその声に、俺達を含む近くにいた生徒が一斉に声の主へと振り返る。
「......工藤くん」
ぼそり。皇が呟く。
それと同時、女子生徒から黄色い声が上がる。
学校の有名人らしい。
「あれ、工藤くんだよね?」「工藤くんだ」「え? 工藤くん?」など、似たような言葉が各所から聞こえてくる。
女子生徒の会話を拾うと、この男、工藤拓海は今年入学した一年生で、雑誌の読者モデルをやっているらしい。
確かに整った顔立ちをしている。
人気があるのも納得の容姿だ。
そして、そんな周りの声を気にした様子もなく、工藤は顔に笑みを浮かべ、皇の元までやってきた。
「皇先輩。少し話があるんですけどいいですか?」
「うん。いいけど......それで、どんな話かな?」
会話中、皇がチラッとこちらを見る。
表情から察するに「ごめん」といった感じだろうか。
「気にするな」という意味を込めて小さく頷いておく。
ただ、工藤の話はここでは話せないらしい。
「すみません。ここじゃアレなんで......ついてきてもらってもいいですか?」
そう言いながら、俺に「お前はどこかに行け」と目で伝えてくる。
どうやら俺は、お呼びではないらしい。
それに加え最初、皇の隣にいる俺を見た際、一瞬浮かべた嘲笑の笑み。完全に見下されている様子。
とはいっても、ここで拒否でもしてみれば、あらぬ噂が起こりかねない。
すでに工藤の言葉を受けて、周りの女子生徒からも悲鳴に近い声が上がっている。
邪魔なのは明らかに俺の方。
仕方ない。ここは退いておくか。
「あー、皇、なにかお前に用があるみたいだし、俺は先に行ってるから」
居心地が悪いも事実。
行くならさっさと行ってしまおう。
皇に断りを入れて移動を始める。
と、すぐに制服の袖をグッと掴まれる。
「工藤くん、用があるならここで言ってくれないかな?」
「え?」「え?」
奇しくも工藤と声が重なった。
予想外の皇の返答に工藤が驚く。
俺も驚く。
女子生徒達も、期待していた反応と違うことに困惑している。
「私に用があるならここで話して。話せないことなら聞きたくない。私達もう行くから」
数分前の皇からは、想像もできないほど鋭い声。
呆け顔を晒す工藤の返事を待たず、歩き始める。
「ま、待ってください! わかりました。ここで言います......」
そんな皇を、工藤は慌てて引き留める。
そして、俺を一度睨みつけると、勿体ぶるように息を吐き、気取った調子で話し始めた。
「本当は知られたくなかったんですけど、実は俺、ギルドGENESISに所属してるんですよ」
ギルドGENESIS。
確か最近名を揚げてきた新進気鋭のギルドで、ギルドバトルは全戦全勝。現在ギルドランキング7位の超注目ギルド。だったか。
俺が記憶を引き出している間、工藤が口にしたギルド名に、今度は男子生徒達が沸き始める。
口々に「すげぇ!」「あのGENESISかよ!」「ヤベェ! マジかよ!」など、興奮した様子で騒いでいる。
「ねえ黒月くん、そのGENESISって、有名なギルドなの?」
「そうだな。GENESISは......」
「皇先輩! その人より俺の方がGENESISについて詳しいので説明しますよ」
周囲の反応に気を良くした工藤は、俺の説明を遮り、GENESISがどれだけ有名で、すごいギルドかを皇に説明し始める。
周りの生徒達も、GENESIS所属の工藤本人からの説明とあって、盛り上がりは最高潮に達している。
「......それで、皇先輩がマギアを始めたって聞いたので誘いにきたんですよ。今なら俺が口添えすればGENESISに入れます。どうですか? 俺と一緒に来ませんか?」
雰囲気に後押しされた工藤は、皇に向かって手を差し出す。
表情には絶対の自信が窺える。
その光景に女子生徒からは黄色い悲鳴が上がり、男子生徒は、あの皇がGENESISに入ると盛り上がっている。
マズいな。先を越されたか。
俺の表情が曇ったことに目敏く気づいた工藤は、勝ち誇った笑みを浮かべる。
俺を含め、ここにいる誰もが皇のGENESIS加入を疑わない中、一切の迷いもない表情で皇は告げる。
「ごめんなさい。せっかく誘ってくれたとこ悪いけど、私、入るって決めてるギルドがあるから」
「......へ?」
有無を言わさない口調。
工藤の呆けた声がやけに大きく響く。
周囲の喧騒は止み、全員が皇の言葉の意味に困惑する。
そんな状況の中、気にした様子もなく皇は言葉を続ける。
「話はそれだけかな? それじゃあ私行くから。黒月くんごめんね。行こっか」
「あ、ああ」
話は終わり。
もう用は済んだとばかりに、皇はその場を後にする。
「ちょ、ちょっと! 皇先輩! あのGENESISですよ!
こんなチャンスもうないですよ!」
後ろからは、必死に呼び止める工藤の声。
しかし、皇が反応することはない。
前をスタスタと歩く皇の背中を追う傍ら、先程まで自分達がいた場所を振り返る。
そこには、野次馬と化した生徒の輪の中で、一人佇む工藤のなんとも言えない姿があった。
お読み頂きありがとうございました。