ギルドルームにて
side 黒月 一輝
学校から帰って、すぐにマギアへログインした。
今日の夜、皇が佐藤達とマギアをやると聞いたから、それまでにアイテムを送ってしまおうと考えたのだ。
ちなみに、盗み聞いたわけじゃない。
佐藤の声が大きいから、耳に入ってきたのだ。
普段よりも機嫌のいい佐藤の声と、それを見る他の男子の羨望の目が印象的だった。
さすが皇。人気者だ。
送るアイテムを選択中、皇が使えそうな武器がなかったため、せっかくならと新しく武器を買い、役立ちそうな付与効果をつけてみた。
武器自体の性能は低いが、付与効果は中々のものだと思う。
そんなことをしていたおかげで、だいぶ時間がかかってしまった。
今日は20時30分からギルドのミーティングがある。
一旦ログアウトして、食事や入浴などやるべきことを終わらせる。
途中から遅刻確定だと気づいたが、慌てても仕方ない。
別にクエストをやるわけじゃないし、多少の遅刻は大目に見てくれるだろう。
20時50分。マギアに再ログイン。
ポータルの端末を操作、転送先をギルドルームに設定する。
ギルドルームへの転送は、自分が所属しているギルドへ自動で設定されているため、そのまま転送を開始する。
視界が暗転、次に目に映ったのは、扉ひとつとポータルのみが置かれた六畳サイズの部屋。
この扉の先がギルドルームになっている。
ちなみに、他ギルドのルームへ行く場合は、そのギルドの固有番号と、ギルド側がゲストの入室を許可に設定している必要がある。
ギルドルームの基本的な造りは、エグゼクティブデスクが一つ。
長方形のローテーブルを挟むように、長辺側に三人掛けのソファーが二つ、短辺側に一人掛けのソファーが二つ配置され、奥の部屋には会議机と人数分の椅子が設置されている。
そして、人数の増減によって、椅子とソファーの数は都度調整される仕様だ。
「悪い、遅くなった。って、俺が最後じゃないのか」
すでに20分以上の遅刻。
さすがに申し訳なく思い、謝罪の言葉と共に扉を開いたが、まだミーティングが始まった様子はなく、各々好きにくつろいでいる。
人数も俺を含めてまだ四人。
どうやらワタルがまだ来ていないようだ。
「いやいや、なに安心してんの? ワタルがいなくてもあんた普通に遅刻だから」
紅茶の入ったカップをソーサーに乗せた女が、小言を言いながら目の前を通り過ぎ、ソファーに腰を下ろす。
彼女の名前はミミ。
俺と同じく太陽と月の副ギルドマスターをしている。
ジョブは聖女。
プレイヤー属性は白。
獣装は熾天使ミカエル。
味方の能力を上昇させるバフを付与したり、防御壁を展開して守りを固める、バッファー兼ディフェンダー担当。
本名は御厨魅愛といって、俺と渉と魅愛の三人は幼馴染みでもある。
ミミは琥珀色の瞳と緩く巻いたピンクゴールドの髪をサイドダウンにして、白を基調にアレンジが加えられた修道服と同系統のウィンプルを身に纏った、いかにも聖女然とした格好をしている。
小さい頃はもっと慎ましい感じの少女で、いつも渉の近くにいる印象があったが、いつの間にか今のようにズケズケと物を言うようになった。
ちなみに、聖女というジョブに対して、その見た目と言動のギャップから、世間ではギャル聖女なんて呼ばれていたりもする。
ミミは足を組み、手にした紅茶を一口含むとローテーブルにカップを置き、俺に不満そうな目を向ける。
「てゆーかさぁ、あんたもサブマスなんだから、たまにはギルドの仕事やってよ。いっつもあたしばっかりやってんじゃん」
「俺のサブマスは昔の名残りなだけだ。それに仕事なんてロクに無いだろ? むしろワタルと二人で仕事できるんだから感謝して欲しいくらいだ」
「は、はぁ!? 今ワタルは関係ないでしょ。それにワタルはあたしのことなんて何とも思ってないから」
「......気づいてないのはお前ら二人だけだよ」
この二人、渉と魅愛は昔から両想いなのに、お互い片想いだと思っているらしく全く進展がない。
それを教えた所で否定されるからもう何も言わないようにしているが、早くうまいところに収まって欲しいところだ。
「あの、クロ先輩、話は終わりましたか?」
「ん? ああ。どうしたセツキ?」
この少年の名前セツキ。
本名は白峰セツキ。フィンランドと日本のハーフだ。
ジョブは拳帝。
プレイヤー属性は青。
獣装は怪狼フェンリル。
素早い動きと高い攻撃力で敵を倒していくアタッカー担当。
中性的な整った顔立ちで、男性にしては少し長めの月白色の髪とプレナイトの瞳、長いまつ毛に白磁の肌をしているため、初対面の相手からは女性に見られることが多い。
白地に淡緑色のラインが入ったファスナー付きの前開きベスト、同色の短パンと動きやすさ重視の格好をしている。
以前はもっとオドオドした感じの少年だったが、このギルドに入るキッカケとなった出来事から、口調こそ変わらないものの心に一本の強い芯が通ってる印象を受けるようになった。
あと、趣味でやっているマギアゲーム実況は結構人気がある。
「今度ヴェアの地下遺跡の攻略実況をしようと思ってるんですが、攻略のコツとか注意点ってなにかありますか?」
「ヴェア? あー、ゴーレム遺跡か。そうだな......ゴーレムの胸にある魔法陣の形で、弱点が物理か魔法か分かるから、そこを見極めることと、ゴーレム同士が連動して復活するから、素早く連動しているゴーレムを倒すこと。あとは隠し部屋に迂闊に入らないことくらいじゃないか。まぁセツキなら正面突破で問題ないだろう」
「なるほど。参考にします。ありがとうございます。ところでクロ先輩、そろそろ僕のチャンネルに出演してくれたりしませんか?」
そう言ってセツキは期待の眼差しを向けてくるが、俺の返答はいつもと同じだ。
「いや、それは遠慮しておく。そもそも俺に需要はないし、アンチが湧いて面倒くさいことなるぞ?」
「うっ。そう言われてしまうと、確かにそうなんですけど。世間がクロ先輩の実力を勘違いしているのが、僕は嫌なんですよ」
「気持ちはありがたいが、今のままでも結構満足しているからな。とりあえず現状維持で頼む」
「そうですか。わかりました。無理言ってすみません」
「こっちこそ悪かったな。それじゃあ、少しセツカに用があるから行ってくる
セツキとの話を切り上げて、窓辺で一人本を読んでいる少女の元へ向かう。
「セツカ、昨日言われたハナビダケ持ってきたぞ」
ロッキングチェアに座り規則正しく揺られながら、視線を本に落としていた少女は、俺に気づき顔を上げる。
「......クロ。ん、ありがと」
少女の名前はセツカ。
本名は白峰セツカ。セツキとは双子の兄妹だ。
ジョブは森魔道士。
プレイヤー属性は緑。
獣装は世界樹ユグドラシル。
植物を使った罠設置と味方の回復を担うトラッパー兼ヒーラー担当。
セツキと双子なだけあって、こちらも整った顔立ちをしている。
長いまつ毛に白磁の肌、背中まで伸びた月白色の髪にはパーマがかかり、開くと美少女のソレになるプレナイトの瞳は、眠いのかやる気がないのかいつも半目に開かれている。
そんなセツカの外見を、一言で表すなら姫ロリィタだ。
全体的に白と淡緑色で纏められたコーデは、フリルをあしらったハーフボンネット。
フロントリボンのついたボリューム袖のフリルのワンピース。
厚底で丸みのあるストラップシューズ。
と、ビスクドールが現実に飛び出したような装いをしている。
セツカはハナビダケを受け取ると中身を確認し、驚いた顔でこちらを見上げてきた。
「すごい、14個もある」
「実は死の森でクラスメイトに会ってな。もらったんだ」
昨日ログアウトする前、皇からお礼といってハナビダケを10個貰った。
私には必要ないからと笑顔で渡されたが、2時間で4個しか取れなかったハナビダケを10個も貰ってしまい、さすがに申し訳ない気持ちになった。
セツカに渡す際、皇のことを隠すことも考えたが、また同じ量採ってこいと言われても困るから、正直に話すことにした。
「え? ってことは正体バレちゃったの? あんなに隠してたのに」
セツカとのやり取りに反応したミミが話に入ってくる。
俺が頑なに正体を明かさなかったことを知っているだけあってかなり驚いているようだ。
「まぁ、な。今回は色々と運が悪かったと諦めている」
「あー、もしかして、出た?」
運が悪かった。
察しのいいミミは、それで何が起きたのか理解したようだ。
マンティコアの見た目の醜悪さを知っているだけあって顔を顰めている。
「ああ、出たよ。俺一人ならなんとでもなったが、昨日始めたばかりの初心者を放置する訳にはいかないからな。......獣装を使ったよ」
マンティコアと遭遇して取り乱した皇の姿を思い出す。
あんな皇を見たら、早く何とかしてやりたいと思うのは仕方のないことだろう。
「え!? クロ先輩、獣装使ったんですか!? うわぁ! いいなぁ! 僕も見たかったなぁ」
「私も見たかった」
獣装と聞いて今度はセツキが話に入ってきた。
俺は獣装をほとんど使わない、というか使う必要がないから、セツキの中で俺の獣装は珍しいもの判定を受けている。
セツカの方は......まぁ、言いたいだけだろう。
「また機会があったら見せるさ」
「......クロ先輩。それ、見せるつもりがない人の決まり文句です」
「ケチ」
兄妹揃ってジト目を向けてくる。
この双子、見た目がいいから、こういう顔をされると逆に得した気分になるんだよな。
まぁ、セツカはいつも似たような目をしているんだが。
「ふーん。ねぇ、もしかしてそのクラスメイトって、女の子?」
「ああ。そうだが、なにかあるのか?」
セツキ、セツカと話している間、考える素振りを見せていたミミが、皇の性別を聞いてくる。
女性だとなにか不都合があったりするのだろうか?
思わず身構える。
「いやぁー、あんたも男なんだと思ってさ。獣装まで使ってアピールなんかしちゃってマジウケる。あ、なんならあたしが口添えしてあげよっか? あんた、黙ってれば普通にいい男だし、イケると思うんだよね。なに? いいっていいって! 無駄に長い付き合いだし、遠慮なんかしなくていいから」
「............」
ウザいな。
急に笑顔になったミミが不要な気遣いと共に背中をバシバシ叩いてくる。
どうやらこの頭お花畑は、俺が皇の気を引くために獣装を使ったと勘違いしているらしい。
現に俺が今どんな顔をしているのかも確認せず、自分の恋愛理論をペラペラと語り始めている。
「なにか楽しそうな話をしているね。俺にも詳しく教えてくれないかな?」
さて、このアホをどうしてやろうかと考えあぐねていると、先程までここにいなかった人物の声が耳に入ってきた。
「あ! ねえ、聞いてよー。クロがめっちゃウケるんだけどさぁ⋯⋯」
ミミが声の主に話しかけに行く。
その表情は、俺をネタにした話を早く共有したくて堪らないといった感じだ。
そんなミミの話を笑顔でうんうんと聞いている男が、俺達の所属しているギルド、太陽と月のギルドマスターだ。
こいつの名前はワタル。
本名は日野渉といって、俺と魅愛の幼馴染みであり、ギルド太陽と月は俺と渉の二人で立ち上げたギルドになる。
ジョブは勇者。
プレイヤー属性は黄。
獣装は原初タイラントドラゴン。
物理攻撃、魔法攻撃共に隙がなく、圧倒的な攻撃力で相手をねじ伏せていくアタッカー兼フィニッシャー担当。
金色の髪に琥珀色の瞳をしたこいつは、いつもニコニコして人当たりも良いことから、世間からの評価もかなり高い爽やかイケメンだ。
そんなワタルは、一通り話し終えて満足そうな顔のミミと別れると、俺のところにやってきた。
「大体の話はミミから聞いたよ。それでクロ、その子はどうだった?」
質問だけならミミと似たようなことを聞いているように聞こえるが、渉が聞きたいことは別のことだろう。
長い付き合いだから、その辺のことはなんとなくわかる。
「かなりいいと思うぞ。やる気はあるし、まだ初心者だから変な先入観がない。それとこれから次第だが、一発の威力だけならお前を超えるかもな」
皇はマギアを始めてたったの二日だ。
本音を言えば、これからどうなるかなんて俺にもわからない。
ただ、なんとなくそう思ったのと、ワタルを挑発するつもりで言った言葉だったのだが、どうやらワタルの琴線に触れてしまったようだ。
「へぇ、いいね。クロがそこまで言うなら相当なんだろうね。ちょうどその辺に関わってくる話もあるから、これからみんなで話し合おう。さあみんな! ミーティングを始めようか!」
ミーティングの内容は、前回のギルドバトルの反省とフォーメーションの改善から始まり、次回の対戦相手の情報共有と対策。
次に攻略するダンジョンの情報共有と、それに必要なアイテムの確認と調達係の選出。
各々がメンバーに話したいこと、共有しておきたいこと。と続き、最後にワタルが言っていた「その辺」の話になった。
「さて、次の話だけど、このギルドは現在5人で活動しているわけだけど、どうやらメンバーをもう一人追加する必要が出てきそうなんだ」
ワタルの話によると、今後のギルドバトルは国内ギルドだけでなく、交流戦として世界各国のギルドとも対戦していくようになることが決められたそうだ。
その際、日本ランキング1位の太陽と月も当然参加することになるのだが、そこで問題が出てくる。
ギルドバトルは基本6対6で戦うバトルだ。
日本国内で戦うだけなら、5人でも相手へのハンデとして捉えられ、特に言及されることもなかったが、国外戦となると話が変わってくる。
日本と違い気性が荒い国だっていくつもある中で、余計な火種を抱えるのは得策じゃない、というのがワタルの話だった。
なるほどな。それでさっきの話と言うわけか。
どうやらワタルは6人目のメンバーに皇はどうか? と言いたいらしい。
確かに、皇はまだ始めたばかりだが、強くなる素質は十分にある。
それに、昼休みにわざわざ俺のところまで来て、強くなりたいと聞きに来るほどのやる気もある。
その熱量が本物なら、先程ワタルにも言ったように、ワタルの一撃を超える魔法使いになれるだろう。
メンバーとしては申し分ない。
申し分ないが、皇本人がうちに入りたくないと言えばそれまでの話になってしまう。
さて、どうしたもんか。
周りを見回してしても、他のメンバーから誰かを推薦するような声は挙がりそうにない。
やはり、皇をギルドに誘ってみるか?
しかし、誘うとしたら、どんな風に誘えばいいか?
話の切り出し方を考えていると、皇からメッセージが届いた。
ちょうど考えを巡らせている相手とあって、迷わずメッセージを開く。
皇からのメッセージは相変わらずの長文感謝メッセージで、要約するとたくさんの回復薬と本、武器、それに改めて結界石の指輪をありがとうといった内容だった。
一つひとつのアイテムにお礼を書いている文章に苦笑いをしつつ読み進めていくと、最後に一枚の写真が添付されていた。
写真は五指の先に、それぞれ異なる属性の魔法の玉を浮かべ、満面の笑みで写る自撮り写真だった。
その皇の表情が本当に楽しそうに見え、つられて口元が緩みそうになるのを慌てて引き締める。
「クロ先輩、さっきから難しそうな顔でなに見てるんですか? って、誰ですかこの可愛い女の人は!?」
「は? ちょっと! こんな時に何見てんの。って、誰この子!? アイドル!? めっちゃ可愛いじゃん!」
ステータスボードに写る皇の容姿に、驚愕の声を上げるセツキとミミ。
なんとも新鮮な反応だ。
そういえば、初めて皇を見た相手は、声に出さないにしろ似たような反応をしていたと、ふいに入学当時を思い出す。
ただ、今は説明が必要だろう。
このままだと、どんな誤解をされるかわかったもんじゃない。
「さっき話しただろ? 昨日助けたクラスメイトだ。強くなりたいっていうからアドバイスしたんだよ。で、これは向こうからのお礼のメッセージだ」
「え? この子って確か昨日からマギア始めたんでしょ? ......なるほどね。二日目でこの魔力操作は確かにヤバいわ」
皇の顔ばかりに注目していたミミが、指の上で浮かぶ五色の玉の存在に気づき、真剣な表情で呟く。
当の皇本人はなにも知らずに「魔法の書使ったよ!」くらいの気持ちで撮ったと思うが、一度に違う属性の魔法を複数行使するのはコツがあり難しい。
そして、その数が増えれば増えるほど難易度は上がっていく。
それをマギア二日目の皇が出来てしまっているのは異常という他ない。
「あれくらい、私もできる」
「セツカは何年もやってんだから、出来て当たり前でしょうが。対抗心燃やさないの」
「むぅ」
セツカが無駄に張り合うが、すぐにミミに窘められ頬を膨らませる。
と、そこでミミが閃いたようにワタルに話しかける。
「ねぇワタル。この子、さっきの6人目って話のアレ、ちょうどいいんじゃない? それにクロもそのつもりで考えてたんでしょ?」
「あ! それなら僕もミミ先輩の意見に賛成です。クロ先輩の知り合いなら、性格も問題ないはずですし」
「私も賛成。魔法使い増えるの、嬉しい」
「決まりだね。それじゃあ悪いけどクロ、そういうことだから、よろしく頼むよ?」
「......了解」
いつの間にか全員が俺の回りに集まり、ステータスボードに写る皇について、ああでもないこうでもないと話に花を咲かせる。
その話し声を耳に、俺は先程から考えている皇への話の切り出し方について頭を悩ませた。
お読み頂きありがとうございました。