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Just Kidding~常識的に考えて~  作者: 茂里ハヱル
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十三日の金曜日は仏滅編 その2

俺が属する『組合』には、様々なメンバーがいる。

そいつら皆に統一して言えるのは、『主な活動時間帯が夜』、『人ではない』ということ。

姿、形もそれぞれで、ありのままの容姿で活動する者もいれば、俺のように人間世界で動きやすいよう、人に模した姿をとる者もいる。

もちろん、元から人型の奴もいるわけだが、明らかにこの現代社会では浮くような時代錯誤の身なりの者もいるし、そうでない者もいる。

何度も言うようだが、俺は人間世界に紛れ込みやすいよう変化し、演じているのだ。

だから、見た目で判断されると非常にしてやったりの部分も大きいのだが……素の俺がこうなんだと誤解されるのは、それはそれで胸が痛むものはある。

ターゲットに連れられ(強制連行と言ってもよい)、彼女の従姉妹と面通しさせられた時がまさにこれであった。


「こちら、わたしの従姉妹のミドリちゃん。ミドリちゃん、ほら、電話で話した人外生命体、連れてきたわよ!」


三十分ほど彼女に手を引かれて、到着したのは閑静な住宅街にある、黒い外壁が特徴的な二階建ての一軒家。

道路に面した広めの庭には綺麗に砂利と芝生が区画を分けて配置されており、隅に作られた小さな池が印象的だった。

玄関のドアを開け、出迎えてくれたのは色素の薄い茶味がかったボブヘアの少女。

年の頃は、たぶんヨーコちゃんと変わらないぐらいか。

白の袖が膨らんだブラウスに、膝丈のデニムスカートを身に着けた彼女は、従姉妹というだけあって遺伝なのか、これまた整った愛らしい顔立ちだ。

ただ、少しその顔色が優れないように見えるのは気の所為だろうか?

目の下にも薄っすらとだが、隈のようなものが浮かんでいる。

自信満々に俺を紹介するヨーコちゃんに、ミドリと呼ばれたその少女は、俺とヨーコちゃんの顔を見比べ、それから、えっ?と小さく息を呑んだような声を上げた。

そうして、急いでヨーコちゃんの腕を引っ張ると、ひそひそとその耳に囁く従姉妹さん。


「ヨーコちゃん……!一体、誰を連れてきたの?」


「だから、言っているでしょう。人外生命体の吸血鬼。捕まえたて、ほやほやの」


「吸血鬼って……どう見ても、くたびれたサラリーマンにしか見えないんだけど……」


本人たちはこちらに聞こえないよう小声で言葉を交わしているつもりだろうが、こちとら、人間よりも各機能の性能が良い、人外生命体だ。

全部聞こえてるってーの!

しかし、従姉妹さんがそう疑いたくなる気持ちも理解できる。

なんせ俺の活動用の服装は、シワの入ったカッターシャツに、いささかよれたスーツの上下。

整髪剤の匂いが苦手で、黒い髪は耳が隠れるほど無造作に伸ばし放題。

ネクタイまですると首が窮屈だから外しているが、十中八九、サラリーマンと間違えられる格好だ。

なぜわざわざこんな格好をしてるかというと、夜更けに出歩こうが、自身の活動を終えた朝方に道を歩こうが、人に紛れやすいからだ。

夜中ならば『遅くまで大変ですね』、早朝だと『今お帰りですか、元気ですね』と道行く人に声かけられることが多々ある。

髭まで伸ばし放題にすると、今度は不審者感が強くなってじろじろ見られたり、怪しまれるので、そこは気を配っている。

我らが一族の伝統的なスタイルにはだいぶ反するが、これも現代を生き抜くための生活の知恵である。

従姉妹のミドリちゃんとやらは、眉をひそめると、ヨーコちゃんから俺へ向き直った。


「あの、初めまして。わたし、この子の従姉妹のミドリって言います。単刀直入に聞きますが、お兄さん、吸血鬼なんですか?」


初めまして、でいきなりぶつけてくるには、濃い質問である。

真剣な面差しで訊ねてきた彼女に、俺は丁寧に即答した。


「違います」


「ヨーコちゃん!違うって言ってるよ!?」


俺の回答に、ミドリちゃんが困惑したようにヨーコちゃんの腕を引っ張れば、彼女は首を傾げた。

とてもとても不思議そうな表情を浮かべて、だ。


「あら、そうなの?」


「そうだよ!」


何度目のやりとりだろうか。

散々、吸血鬼説を否定してきたはずなのに、この娘、全然人の話を聞いてない。

語気を強めて俺が言い切れば、ヨーコちゃんは首を傾げたまま続けた。


「でも、わたしの部屋に昨晩侵入したわよね?」


「……そうだよ」


それはさすがに否定できず、語尾が小さくなる。

ヨーコちゃんは、未だ自分の腕を引っ張るミドリちゃんの方を見た。


「ミドリちゃんの夢のお告げの通りの出来事だったんだけどなぁ。ミドリちゃんが夢で見たのも、この人じゃなかったの?」


そういえば、そうだった。

でも、そう考えると、俺と対面した時のミドリちゃんの反応には疑問が残る。

予知夢を見ていたのなら、先程、俺のこの格好を目にした際の驚きは出ないはずだ。

すると、ミドリちゃんはヨーコちゃんから手を離し、その形の良い眉を八の字に下げた。


「わたしの夢では……どんな人までか暗くてはっきりとはわからなかったの。見えたのは人影くらいだったから。でもその光景を目にした時、身体中がゾワゾワと鳥肌が立って、なぜだかわからないけど、ああ、この人は人間じゃないって確信があって」


暗闇の中、そこが自分の従姉妹である尾辻ヨーコの自室であるということ、人外生命体である何かが彼女の部屋へ侵入するということを何となく感じとったという。


「ただの夢かなぁとも思ったんだけど。最近、なんかそういうのが多くって……」


ミドリちゃんはそう零すと、元気のない様子で俯いた。

そういうのって?

彼女の発言がいささか気になり、質問しようとすれば、その前にヨーコちゃんが俺の肩を叩いた。

それはとても、フレンドリーな様子で。


「実際、アナタは人間ではないんでしょう?」


「…………」


おし黙る俺の顔を覗きこむように眺める彼女。

そうして、俺の返事がないのを良いことに続ける。


「やっぱり、吸血鬼?」


どうしても諦めきれないらしい。

そろそろ吸血鬼からは離れようよ、と俺が呆れたように諭せば、これにミドリちゃんが顔を上げた。


「そうだよ、ヨーコちゃん。こんな格好した吸血鬼がいる?一般的に吸血鬼っていったら、もっとシュッとしたカッコいい黒のタキシードスーツとかじゃない?」


「タキシードではないけど、一応スーツ姿よ?だいぶしわしわしているし、物語で謳われているほどの美形顔というわけではないようだけれど」


あんまりな言いようである。

俺のことを人外生命体と信じているわりには、彼女たちには恐怖心などはないのだろうか?

そこら辺の近所の知り合いの兄ちゃんくらい、気安く雑な扱いをされている気がする。

最近の女子高生ってやつは、怖いもの知らずなのだろうか。

俺が段々と能面のような表情になっていくことに気づいたのか、ヨーコちゃんは話題転換を図った。


「そういえば、ミドリちゃん。体調はもう良いの?人外生命体を見せたら、少しは元気になるんじゃないかなぁと思って、連れてきてみたのだけど」


ヨーコちゃんの発想が斜め上すぎる。

普通は、体調が優れていない人に、わざわざ人外生命体を見せようとも思わない。

下手したら自分たちが襲われ、命の危機だってあるかもしれないわけだ。

リスク管理が出来ていないと思う反面、こちらの襲撃をバット片手に準備ばっちり反撃されたことを思い出せば、その差の理解に苦しむ。

それにしても、ヨーコちゃんの口ぶりより、俺が最初にミドリちゃんを目にした時に感じとったものが正しかったを知る。


「ね、軽く食べる物を持ってきたの。フルーツなら喉も通りやすいと思って。どうかしら?」


そうなのだ、ミドリちゃんちへ向かう道中の三十分、ただ歩いていただけでなく、スーパーマーケットにまで寄り道をしたのだ、彼女は。

コンビニエンスストアだと高くつくから、なんてお小遣いが少ない学生らしいことを口にして、スーパーマーケットを選ぶのは微笑ましく金銭感覚がしっかりしているのかもしれないが、通学カバンを俺に持たせて買い物はいただけない。

なんで、俺がカバン持ちをしないといけないのか。

くたびれたサラリーマン風の俺にカバンを持たせて買い物にいそしむ女子高生の姿は、傍からどのように見られていたのか気になるところだ。

手土産を購入して訪ねるなんて、今時の子にしては礼儀正しいなと思っていたが、調子が優れない従姉妹を気遣っての差し入れだったようだ。

ヨーコちゃんが、手にしていたフルーツ入りのビニール袋をミドリちゃんの前へ突き出せば、彼女は礼を言ってそれを受け取ろうとした。

しかし、うぐっと込み上げてきたものを堪えるように、手で口を押さえ、その場に蹲るミドリちゃん。

顔色は先程以上に青白くなり、頬を汗が伝っているその様子を見れば、明らかに異常を来たしている。


「ミドリちゃん!?」


「おっと!?大丈夫?」


見ず知らずの、会ったばかりの人間の体調の心配までする俺、本当に優しいなぁ。

驚いたヨーコちゃんと俺がそう声をかければ、ミドリちゃんは、どうにか頷いて返事をしてみせたが、それ以上は言葉も出ないようだった。

結局、まだ体調が優れないというミドリちゃんに無理をさせるわけにもいかず、購入したフルーツを置いて、彼女の家をあとにした俺とヨーコちゃん。

彼女の予知夢は気になったものの、うやむやのままに終わってしまった。


「ミドリちゃんはね、今年の春、高校に入学したばかりなの。わたしとは別の高校に進学しちゃったのが残念だったけど、ミドリちゃん、どうしてもその学校に入りたい部活があるって言って。入学当初はすごく生き生きしていたのに、最近、元気がなくて体調を崩しがちみたいなのよね。風邪、とはまた違うみたい」


はぁと溜息を吐きながら、とぼとぼと帰り道を俯き歩くヨーコちゃん。

学校で何かあったのかなぁ?と俺に話を振られても……いや、会ったばかりの関係な上に、人外生命体にそんなこと相談されても。

困惑を隠せず、俺が言葉を選んでいれば、俺が口を開くよりも先に、ヨーコちゃんは思い出したかのように顔を上げた。

そういえば、と俺と視線をしっかり合わせて彼女が口にする。


「話が中途半端になっていたけれど。アナタ、吸血鬼じゃないとしたら、一体何をしに、わたしの部屋へ侵入したの?」


ぎくりと俺の肩が大きく揺れた。

時刻はもう夕刻に差し掛かろうとしている頃か、遥か彼方でカラスの鳴き声が聞こえる。

ちょうど人気のない路地だ、行動するなら今がチャンスの時だろう。

澄んだ眼差しで真っ直ぐにこちらを見つめてくるヨーコちゃんから、視線を外すと俺は。


「あ!」


とんと地面を蹴りあげ、高く飛ぶと、近くの民家の屋根に飛び乗った。

驚いたような声を上げ、慌てて手を伸ばしたヨーコちゃん2023し、俺の身体はもう彼女の手の届く/囲にはない。

そのまま、民家の屋根から屋根へ、周囲に人がいないことを確認しながら飛び移って移動を続け、最後の最後に興味本位でチラリと後ろを振り返った俺が見たのは、遥か彼方に遠ざかった彼女の姿だった。

一人、道路に立ち尽くし、視線だけはこちらから動かさず、俺を見つめ続ける少女。

声までは届かなかったが、その彼女の口がこちらへ向かって何か動いたのを俺は読み取ってしまった。

とんでもないことを言葉にする娘だ。

『またね』だなんね。

またがあってたまるか!

こんな前代未聞な娘を相手にするのは、もうこりごりである。










土曜日は好きだ。

次の日、学校に行くことを考えなくていいのだから。

部活?入部して最初の三週間程度しか参加できなかった。

あんなにキラキラ輝いて見えた高校生活は、一か月も経たないうちに破綻してしまった。

わたしが何をしたっていうのだろう?

自室の隅に蹲って一人、電気もつけずに夜を過ごす。

がらんとした部屋はとても静かで、外の虫の鳴き声や、どこかの家庭の楽しそうな笑い声までよく届いた。

わたしが笑えもしなくなったのはいつからだろう。

頑張って愛想笑いを浮かべようとしても、頬が引きつったようになるだけだった。

顔をあげ、のそのそと近くにあった姿見鏡の前まで畳の上を這いつくばって移動する。

暗がりの中でうっすらと鏡に浮かぶ自分の姿を眺めた。

色素のうすいこの髪も、この顔も生まれ持ったものなのに。

皆と早く仲良くなりたいって、笑顔と挨拶も欠かさなかったのに。


「気に食わない」


クラスメイトの台詞が脳裏に蘇る。


「かわい子ぶってさぁ」


「わかる!お高くとまってるっていうか。『わたしは貴方たちとは違います~』って感がすごく出てるよね」


「そうそう!それでちょっと顔がいいからって、男子にチヤホヤされてる!」


同じ中学から進学してきた女の子たちが多く、クラス内では最初からある程度グループが出来上がっていた。

知り合いがほとんどいない中で、どうにか彼女たちに馴染もうと必死だった。

どちらかというと人見知りな方であるが、流行りの雑誌やドラマをチェックして話題に混ざろうと努力したり、時にはおどけて道化を演じてみたり、一生懸命頑張ってみたものの、そんなわたしを彼女たちは嘲り、陰口の対象とした。

クラスでも目立ち発言権の強い女の子である佐藤さんが片思いしているとかいう男子が、わたしに好意を持っているらしいとか。

そんな些細なことがきっかけで、あっという間にわたしはクラスの女子から遠巻きにされてしまった。

思い出すのも辛い、『あの出来事』から、とうとう教室にも行けなくなって保健室通いだ。

こんな状況、家族にも知られたくなくて、どうにか自分を騙し騙し学校だけには行っているが、両親は私の様子がおかしいことになんとなく気づいているのだろう。

最近それとなく学校のことを聞かれて、必死に嘘を捻り出している自分が本当に嫌いだ。

ポロポロと涙が幾筋にも頬を伝い落ちていくのを感じながら、鏡に手を這わす。

こんなことなら、従姉妹のヨーコちゃんと同じ学校にすれば良かった。

彼女が通っているのは県内有数のお嬢様学校だから、こんなレベルの低いイジメをするような子なんていないだろう。

いや、そんな子がいたとしても、きっとヨーコちゃんが助けてくれたはずだ。

一つ年上の、母方の従姉妹であるヨーコちゃんは、誰もが目を惹くような可愛い女の子。

かと思えば、わたしなんかじゃ到底思いつかないようなとんでもないことをしては、よく彼女の両親や、わたしたちの祖父母に叱られていた。

お嬢様学校に進んだのも、その行動を今の内に改めさせるようにというお祖父ちゃんの厳命があってのことだった。

わたしはそんなに叱られるようなことをする子どもではなかったし(ヨーコちゃんの巻き添えを喰らって怒られたことは何度かあるけど)、何よりもやりたい部活があったから、今の高校を自分で選んで進学した。

高校の合格発表で自分の番号を掲示板で見つけた時は、飛び上がるほど嬉しかったはずなのに、なんで。

なんで、こんなことになってしまったんだろう。

自分の現実を見るのが怖くて、認められなくて、自然と空いた時間は睡眠へと費やすことが多くなった。

寝ている時だけが、現実を忘れられる至福の時間だったのに。

近頃はそれさえも苦痛となっている。

夢だ。

最初はとても小さなことだったのだが、夢で見たことが現実でそっくりそのまま起こったのだ。

予知夢だなんて本当にあるのか、単なる偶然なのか、少し感心しただけだったのだが、それが小さなこととはいえ何度も続くようになると……。

ヨーコちゃんの部屋に誰かが侵入する夢を見た時は、まさかこんなことが現実にはとも思ったが、念のため彼女の耳には入れておいたのだ。

夢のお告げ、だなんて、ちょっぴり冗談めかして。

なのに、今日、彼女は一人の男の人を連れてやってきた。

二人の話しぶりから、その男性がヨーコちゃんの部屋に夜中侵入したのは確かなようだった。

見た感じは、ヨーコちゃんの言うような吸血鬼にも、人外生命体という感じもしなかったけれど―――

本当に予知夢なのだろうか?

日が経つにつれて段々と見る夢が、とても生々しく詳細になっていき、目の前のこれが夢なのか、果たして現実なのか見当もつかなくなってきている。

夢を見るのが、怖い。

眠るのが、怖い。

わたし、どうすればよいのだろうか。

それとも、高校に入学したあたりからずっと、わたしは悪い夢の中にいるのだろうか。

長い連休が明けて、新しい週が始まることを考えるだけで、胃がキリキリと痛んだ。










日没後は俺たちのゴールデンタイム。

元気に活動するのはこれからって時なのに、すでに何十日も働いた後のように身体が怠い。

原因はわかりきっている。

昨晩、目的を果たせなかったことと、イカれた女子高生の相手をさせられたからだ。

とりあえず、組合事務局には話を通して(ターゲットに襲われただの、人外であることがバレただの余計な事実は伏せて)、ターゲットの割り当ては変更してもらったから良しとするが―――


「今度は八十歳のご老体相手かぁ……。まぁ、耳が遠くなっているからちょっとした物音でも目覚めにくいし、目が悪いから暗闇でもすぐに見つかりにくいって利点はあるけど、『質』と『量』がなぁ?」


学校の屋上で、誰もいないのをいいことに、俺は地面に大の字となってごろんと寝転ぶ。

雲が月明かりを隠すまでは、もう少しここで時間を潰すことにしよう。

夜の学校の屋上は、俺たちにとって、人間に見つからず休憩するには絶好のスポットなのだ。

下手に立ち上がって人型でうろついたらアレだが、地面に寝転がったり、出入り口の壁を背もたれにして座り、影に隠れるようにしていれば、外部からはほとんど見えない。


「やぁ!調子はどうだ?」


寝転びながら空を見上げていたら、視界へ急にシワシワの爺の顔が飛び込んできた。

まぁ、いつものことだったから、俺は動じることもなく、そのままの体勢で返事をした。


「どうもこうもないよ。最悪だ」


仏頂面でそう返せば、爺は俺の顔を覗き込んだまま、そのつぶらな瞳をぱちくりとさせた。


「へぇ、どうしたんだ?その前は、うら若きぴっちぴちのJKを喰うんだって、鼻息荒く息巻いてたのに」


「じーさん、それは表現が悪いよ」


俺は上体を起こすと、傍らにかがみ込んでいた爺を呆れたように見る。

同じ組合に所属するこの小柄なじーさんは、夜間に活動するには些かド派手な虹色の絹の服を身にまとい、いつものように仕事道具であるこうもり傘を左右に一本ずつ握っている。

靴を履かずに靴下だけなのは、俺のような回収忘れではなく、元からの仕様である。

伝統的スタイルを守っていることは感心するが、どうみても通報間違いなしの不審者である。

このスタイルに加え、そのターゲットが子どもに限定されているくせして、言葉遣いに品がないところがあるのが玉に瑕だ。


「事実だろう?美味かったか?」


からからと笑いながら訊ねてくる爺より俺は視線を外す。


「美味いも何も……失敗した」


バツが悪すぎて、ついつい声も小さくなった。

俺のその言葉に、再び目をぱちくりとさせる爺。


「失敗?お前とあろうものが、珍しい」


「相手が悪かったんだよ……」


「ふぅん?」


俺の悄気ている様子を見て察してくれたのか、それ以上は突っ込んで訊ねてくることがなかったのは有り難かった。

さすが爺の姿をしているだけあって、無駄に歳は重ねていないようだ。

同じ組合に所属しているとはいえ、彼とは種別も違い、その活動内容やターゲットも異なる。

子どもをターゲットする爺の活動時間帯は俺よりも随分と早めだ。

まだまだ時間を潰そうとする俺を別れの言葉を告げ、颯爽と闇夜に飛び出そうとしたその同僚の背に、俺は問いかけた。

なぁ、と。


「相手の記憶を消したい時、どうすりゃいいかな?」


「お前……一体、どんな失敗したんだ?」


爺はそこで一度振り返ると、呆れたように俺を見た。


「人間の奴らは、儂らの存在がバレたところで、ほとんどが『あれは夢か幻だったんだ』って自身に言い聞かせて終わりだぞ?気にすることはないと思うが」


彼の言うことももっともだったが―――さすがにヨーコちゃんの中では、俺の存在は夢にはなっていないだろう。

夜だけでなく、日中もがっつり関わりを持ってしまったわけだし。

人間とは異なる生命体がこの世の中に存在し、日々暗躍していることを世間に隠したいというより、とにかく俺の情けないあの姿を彼女の記憶から消し去ってほしかった。

だって、格好悪いじゃん……俺、一応は伝説的存在のアレなのに。

爺の言葉にどうも諦めがつかない様子の俺に、彼は肩をすくめてみせた。

そして、どうしてもって言うならアイツに相談してみたらどうだ、と爺は提案した。


「アイツって?」


俺がそう訊ねると、爺は手にした傘を振りながら、屋上から空高くジャンプした。


「ほら、記憶を消すなら催眠術が得意なアイツだ!吸血鬼の奴にさ!」


姿を消す前に爺が口にした言葉が、俺の耳にエコーのように響き渡る。

ああ、俺だって知ってるよ、奴らがそういうことが得意なのは。

それでも、吸血鬼たちだけには、絶対頼みたくない!

今はその単語を耳にするのも嫌なのだ。




2023/09/10

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