名探偵とお裾分け
春の推理2023参加作品です。
小難しい推理ではないので、気軽にお楽しみください。
私立探偵、深見貞人。
俺は自他共に認める天才だ。
警察が難事件の解決に渋々依頼に来ては、更に渋面を作って礼を言いに来る程度には、な。
そんな俺の前に新たな謎が現れた。
「それでは失礼します」
「……あぁ」
立ち去る女。
俺の手にはタッパー。
中身は筑前煮。
作り過ぎたのでお裾分け、だそうだ
彼女は古府奈子。
四月からの就職に向けて、一人暮らしのために隣に越してきた女。
引越しの際にカップ麺とはいえ蕎麦を持って挨拶に来た、今時珍しい人物だ。
黒く長い髪が艶めいていた。
面倒な手入れを怠らない、真面目で几帳面な性格のようだ。
服装は露出の少ないシックな服装。
悪目立ちを嫌う協調性の高いタイプだ。
となるとこれは調べる必要がある。
俺はタッパーを冷蔵庫にしまうと、事務所へと向かった。
「という訳で調査に行ってくれ」
「はぁ……。わかりました……。で、趣味とか好きな映画とか好みの男性のタイプとか調べれば良いんですか?」
助手の羽塚英梨は、不満げな表情を浮かべる。
何を勘違いしているんだこいつは。
「違う。調査するのは身元についてだ。不動産屋に当たって、何故俺の隣に来る事になったか、それと元の住所を聞き出して、その周辺に聞き込みをしておけ」
「え? な、何でそんな事を……? 既に結婚も視野に……?」
「馬鹿を言うな。俺の仕事内容を聞き出す為のスパイの可能性があるからだ」
「……はい?」
英梨は目を丸くする。
まったく、一から説明する必要がありそうだ。
「先程言った通り、古府奈子は落ち着いた服装に、丁寧に手入れされた長い黒髪を持つ」
「え、えぇ、それが何か?」
「つまり料理をうっかり作り過ぎる程、慌て者でもズボラでもない訳だ」
「……あー、確かに」
「という事は、わざと多く作って持って来た。これの意図するところは何だと思う?」
「えっと、先生と仲良くなりたいから、では?」
「そうだ。つまり隣人の立場を利用して距離を詰め、俺の仕事内容を聞き出す事が、古府奈子の狙いだと言える」
「そ、そうですかね……?」
首を傾げる英梨。
しかし調査すれば俺の言っている事が正しいとわかるはずだ。
「とにかく行ってこい」
「わ、わかりました……」
納得のいかない顔をした英梨を送り出すと、俺は書類整理を始めた。
翌日。
「……先生の言った通りでした……。彼女、大手探偵会社ディティクティブカンパニー幹部の娘でした……」
「やはりな」
ディティクティブカンパニーは、以前俺が何度か出し抜いた探偵社だ。
こちらの動向が気になるのだろう。
だがそれにしてはあまりに作為が過ぎるな。
「幹部の娘という事は、調査すればすぐにわかる事だ。つまりバレる事は前提なのだろう。所謂釘刺しだな。しばらくは様子を見るとしよう」
「……あの、でも、先生、どうして奈子さんが個人的な好意から料理を持って来たと思わなかったんですか?」
「簡単な事だ。俺に一目惚れするような女がいるはずがない」
「……」
背は高くなく、身体は逞しさのない細さ。
眼鏡の奥の目つきは悪く、髪は洒落っ気のないオールバック。
女性に好まれる容姿でない事が確定しているからこそ、こういった事態で判断が素早くできる。
「……先生は自分の事になると、はぁ……」
「何だその溜息は」
「いえ、別に……」
英梨の表情からは、言葉とは裏腹に非難の感情が読み取れる。
女性受けしない容姿と自覚しているのに変えない事に、不満を抱いているのだろう。
むしろ容姿を整えて古府奈子を籠絡し、情報を引き出すべきと考えているのかもしれない。
だがディティクティブカンパニーは今のところ脅威ではない。
泳がせておいて、動きがあればその時に対処すれば良いのだ。
「とにかくこの件は様子見だ。依頼の対応に移るぞ」
「……わかりました」
そういうと俺は、英梨のまとめた資料をキャビネットにしまうと、新たなファイルを取り出すのだった。
読了ありがとうございます。
さて、天才的な推理力を持つ貞人が見落としている事がありますが、それは一体何でしょう(にやにや)?
お楽しみいただけましたら幸いです。