01:橋〜少女
若干の裸体描写などがありますので、気になる方はお気をつけ下さい。
川を渡るために、上流の橋までいくらか歩いていかなくてはならないようだ。前日、一昨日と、雨続きで、道は土が溶けてひどくぬかるんでいる。靴の中まで染み込んだ泥だらけの足で、グチャグチャ鳴らしながら、川沿いを歩いていく。ここが暖かい土地だから良かった。全身雨に濡れて、服が張り付いている。背中の鞄の中もきっとひどいだろう。一度落ちつけるところに着いたら、すっきりとしたいところだ。
雨粒が体を叩く音、川の爽やかな流れの音に耳を傾ける。周りに人の気配は全く無い。町まではまだまだ遠いのだろうか。
やがて黒っぽい木の橋が見えてきた。そして、橋のたもとに人影があることにも気付いた。元気が出てきて、勢いづいて大きな声で話しかけた。
「こんにちは! 随分雨が降ってばかりで、少し肌寒いですね」
その者は雨と泥で薄汚れていて、膝を抱えて丸くなり、土手に座り込んでいる。川面をじっと眺めていて、ゆっくりこちらを振り向いた。小さく、頷いたように見えた。顔が真っ黒なのは、泥と共に、口ひげやあごひげをモウモウとはやしていた。男の目は真っ白く、見えない視線でこちらを見ている。
「この橋を渡れば町に着きますか。まだ歩きますか」
男は裏返ったような甲高い声を出して答えてくれた。
「橋を渡ればすぐだよ。道は少し左に曲がっていって、十字路に出るが、そのまま真っ直ぐ行けばいい」
「ありがとう」
こちらは歩きながら、もう橋の上まで来ていたので、欄干から見下ろしながら、男にお礼を言った。
橋を渡っている間、男はずっと見つめているのが分かった。
橋を渡りきり、緩い下り坂の道を、降りる勢いに任せて力無くガクガクと歩いていく。すると道の先に、また新たな人影を見つけた。それはこちらに向かって歩いていて、お互い次第に近付いてきた。人型の影は色合いをはっきりと見せてきて、その裸の姿……少女がとぼとぼと歩いていた。気持ちは高ぶってくる。しかし今度は落ち着き払って優しい声で訊ねた。
「市場はどっちに行けばある?」
空腹からその一言がつい出た。朝から何も食べていなかった。
少女は後ろの方を(こちらから見て道の先を)指して言った。
「ここをずっといけばある」
「ありがとう、まだ少しかかるのかな」
「犬を見なかった?」
唐突な少女の質問。
「いいや、橋を渡ってきたんだけれど、それまで何も見なかったよ」
少女は頭を下げて、すれ違い、そして橋の方へ……渡っていった。少女は腰の下の方まで長い髪を、後ろで縛って束ねていた。一歩毎に大きく揺れて、おしりの周りで跳ねている。そして雨の向こう側に消えていった。
ふと、橋の向こうの男のことを思い出した。そして、また歩き始める。
幾らか歩いていると。後ろから足音が近付いていることに気付いた。振り向くと、女の子だった。
少女は追い越して、突然道の脇の草むらに入っていった。気になり立ち止まり、しばらくすると少女は出てきた。果物らしい丸いものを両手に持っていた。左手の方を上げてこちらに差し出した。受け取った。
丸く柔らかい、表面の黄色い皮をむいて、中の赤っぽい果実をひと房、ちぎり取った。口に入れると、とても甘く美味しい。見た目から酸っぱそうに思えたのだが、全く酸っぱくなく、まるで砂糖菓子のように濃く甘い。
少女はジッとこちらを見つめている。
「犬はいいのかい」
「うん」
そして二人で、もう片方の手の果物を、分け合って食べて、一緒に歩き出した。やがていつの間にか、町の中央らしい、市場に着いたようだった。