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4 王妃の真実


「よく来たわねブランシュ」

「はい、王妃様。必ずや王妃様のご期待に答えたいと思います」


 城内の一画で王妃とブランシュ伯爵令嬢が顔を合わせ、秘密裏の計画を話し合っていた。


「先程、噂の怪力令嬢にお会いしました。どんなゴリラ令嬢かと思っておりましたが、思ったよりも見た目は美しくて驚きましたわ。ですが、所詮鈍臭そうな芋娘。流行に敏感なドアール国の出身の誰よりも華がある私には到底適いませんわ。やはり私こそがマンフリード様の相手として相応しいと思いますわ」

「……そう。その調子で頑張って頂戴」


 王妃は見た目とは違い、したたかで自惚れ屋のブランシュに半ば呆れていたが、マチルダに比べればまだ許容範囲内であると考え、労いの言葉を掛けた。



 その後、ブランシュと別れた王妃は気分を変えるため、王妃の部屋の隣にひっそりと作られたコレクション部屋へと足を運んだ。

 王妃がコレクション部屋の扉を開けると、中にはたくさんの美しいドアール人形が飾られていた。


「ああ、相変わらずどれも美しい」


 王妃は幸せそうにため息をつきながら、目の前の棚に置かれた人形の一つを大事そうに腕に抱え、ヘッドドレスのついた髪の毛を丁寧に撫で付けた。

 王妃が手にしている人形は、金髪で翠色の目をした色白の人形で、ブランシュにそっくりであった。


「人形は私を裏切らない。私の寂しさを満たしてくれる……」


 王妃は自分と城を捨て、さっさと隠居した王に対する不満から、大好きだった人形への情熱が歪んだ形で現れていた。


「その人形に似た令嬢をよく探し当てましたね」


 開いたままのコレクション部屋の扉に寄りかかりながら、一人の男が不適な笑顔を浮かべていた。


「お前はっ! ?」


 王妃は人形を抱えたまま男に振り返った。

 その男――イーサンは人形達をぐるりと見渡すと、ゆっくりと王妃に近付いた。


「王妃様が人形好きとはお伺いしておりましたが、これはこれは、どれも大変美しい人形ばかりですね」


 王妃は近付いてくるイーサンを睨みつつ、ジリッと一歩、後ろに下がった。


「……私は美しいものが好きなの。洗練され、気品に満ちているこの人形達のようにマンフリードのお妃候補は美しくなくてはならない」

「やれやれ、人形とご令嬢達を一緒にされては困ります」


 困ったようにわざとらしくため息をつきながら、イーサンが放った一言に王妃はカッとなり、怒鳴り声を上げた。


「醜い妹を持つお前になど言われたくないわ!」


 マチルダを罵倒する王妃の言葉に、イーサンのこめかみにピキリと青筋が浮かぶ。


「マチルダがなんですって?」


 殺気の籠った声で聞き返すイーサンに気圧され、王妃は自分を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐きながら口を開いた。


「……マチルダに初めてあった時とても驚いたわ。何故なら……」


 王妃は言いながら、手に持っていたブランシュそっくりの人形を手元の棚に置くと、変わりに一番奥で大事そうに飾られている一体のドアール人形を手に持ち変えた。


「それは……」


 王妃の手にした人形を目にしたイーサンは驚いた。栗色の腰まである髪の毛と、琥珀色の瞳のその人形は他のどの人形達よりも一際美しい存在感を放っていた。


「私の一番大事にしているこの人形にそっくりだったから」


 王妃はうっとりとした表情でマチルダにそっくりの人形を見つめた。


「初めてマチルダを見た時は、驚きと共に嬉しさが込み上げてきたわ。だって、私の大好きな人形にそっくりの令嬢が目の前にいるんだもの。挨拶を交わした時だって、可憐な見た目と奥ゆかしい態度に、まるでこの子の生き写しかと錯覚したわ。人形を具現化したような令嬢が、私の息子の嫁になる! 私は思わず舞い上がったわ」

「え~っと? 王妃?」


 ハアハアと興奮気味に語り始めた王妃に若干引き気味になりながらも、イーサンは大人しく話を聞くことにした。


「そ・れ・な・の・にっ!!」


 ギリっと王妃が忌々しそうに奥歯を噛んだ。


「なんなの、あの怪力は!? マチルダの美しさが台無しじゃない!! 」


 大事にしている人形ごと、王妃は身体を大きく振りながら、悲痛な叫び声を上げた。


(うわ~……。何か色々と拗らせている人だな~)


 イーサンは顔には出さなかったものの、心の中でこの場から逃げ出したい衝動に駆られていた。しかし、愛しい妹の為に何とか踏ん張って耐えた。


「マチルダは美しいですよ」


 イーサンは心からそう訴えた。


「どこが……っ!?」


 二人が言い合っていたその時、


 ――カンカンカンカン!!


 異常事態を知らせる砦の鐘が、けたたましく城内に鳴り響いた。


「敵襲か!?」


 イーサンはコレクション部屋から飛び出し、廊下の窓から外の様子を確認した。

 海には敵の船は見当たらなかった。


【ピィギャャア!!】


 聞きなれない獣の声が頭上から聞こえ、反射的にイーサンは空を見上げた。


「ロック鳥!?」


 数匹の巨大な鳥が、けたたましい鳴き声をあげながら城の屋根の上を旋回していた。

 やがて巨大な鳥の一匹が、足に大きな岩を持ち、上空から城を目掛けて、勢いよく低飛行してきた。


 ドォォン!!


 ロック鳥が足に持っていた大岩を、城の一画に投げ落とし、激しい破壊音と共に城の一部が崩れ落ちた。


【ピィギャャアッ!!】


 岩を落としたロック鳥は、攻撃が成功したことに喜びの雄叫びを上げると、再び鉱山に方向を変え、飛び去っていった。

 続けて、他のロック鳥が同じように、足に挟んだ大岩を城目掛けて落としてきた。


「鳥は鉱山から来ているのか。奴らまた岩を運んでやってくるに違いない!!」


 ロック鳥の動きを把握したイーサンは、弾かれたように王妃を振り返った。


「王妃、ここにいては危険です! 取りあえず城の外に出なければなりません!」


 危険を察知した王妃であったが、顔を青くしながら首を横に振ってイーサンの提案を断った。


「だ、駄目です。ここには私の大切な人形達がいます。」

「そんなこと言っている場合ですか!」


 イーサンは強引に王妃の手を引くと、その場から急いで走り出した。


「だ、駄目!!」


 --ドォォン!!


 次の落石攻撃を受け、王妃の寝室が破壊されるも、王妃とイーサンは間一髪の所で何とか危機を脱出することができた。

 王妃はマチルダ似の人形を腕に抱えたまま、他の人形達に向かって名残惜しげに手を伸ばした。


「私の人形達~!」


 城内に王妃の悲痛な叫びが木霊(こだま)したのだった。


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