10 二人の想い
ボルド王国は連日城の修復作業に追われていた。
城の兵士はこの隙を付いてやって来る他国の襲撃に駆り出されていた為、城下町の町民達が総出で城の修復に携わっていた。
マチルダの帰国以降、ルディの言った通り、魔物の襲撃はパタリと止まった。
ルディの手の平の上で転がされていたことは面白くなかったが、今のボルド王国は国民全てが国の復興に意欲的で国全体がひとつにまとまり、いい方向に働いていた。
◇
復興作業は順調に進み、残すは要塞に出来た大きな穴を塞ぐのみになった。
その穴から賊が入り込もうとしたこともあり、連日その穴付近に警備を強化し備えていた。
山から石を運ぶ作業が思った以上に時間を要し、完成まではあと三月は必要だった。
しかし、ハミルトン騎士団のお陰で城の兵達の兵力が格段に上がっており、今や心配することなく城を守れている。
なんだかんだでいい具合に修まったのだと言えるのだろう。
しかし、マンフリードは己のまだ満たされぬ欲求に自嘲気味に乾いた笑みを口許に浮かべた。
「欲張りが過ぎるな……」
要塞の修復作業を指揮しながら、マンフリードは遠い地に戻ったかつての婚約者に想いを馳せた。
最後に見たマチルダの表情がいつまでもマンフリードの頭から離れなかった。
自分を庇って傷付いたマチルダに自分は一体どういう表情を向けたのだろうか。
声を殺して泣いていたマチルダの姿が脳裏を過る。
あのルディが言っていたようにマチルダは国へ戻りゴア王子と再び婚約したのだろうか。
「婚約破棄した自分が今更そんなことを思うのは身勝手が過ぎるな」
ポツリと海の向こうを眺めながら呟いたマンフリードは未練たらしい気持ちを振りきるように頭を振った。
◇
ズシーーーン!!
賊の襲撃が頻繁に起こり、砦の修復が急がれる中、数時間の仮眠を取っていたマンフリードだったが、突然の大きな地響きに慌ててベッドから飛び起きた。
「他国の砲撃か!?」
今まで感じたことのない大きな衝撃音にマンフリードの背中を冷たい汗が伝った。
(さっきの感じだと要塞が大きく破壊されたに違いない! 兵達は無事か!?)
廊下を急ぐマンフリードに血相を変えたカイが駆けつける。
「マンフリード殿下!!」
カイも慌てふためいた様子で大分動揺している姿が伺えた。
「カイ! 砦は無事か? 兵達は?」
カイの様子に一層不安が増したマンフリードがカイの肩を掴んで揺らす。
「そ、それが……」
言葉を濁すカイに焦れたマンフリードは再び廊下を駆け出した。
◇
息を切らしながらマンフリードは修復中の砦の前までやって来た。
そこで見た光景にマンフリードは絶句した。
大きな穴が開いていた砦には穴を塞ぐように大きな岩がはめ込まれていた。
その岩の横にはいつもマンフリードの心を占めていた人物が、夜明けの朝陽に照らされて、恥ずかしそうにマンフリードに笑顔を向けて立っていた。
「嫁入り道具はこんなものでよろしいでしょうか?」
見慣れた甲冑姿の麗しの令嬢が頬についた土を拭いながらマンリフリードへと言葉を向けた。
マンフリードは目の前の光景が信じられず、ゆっくりと令嬢へと歩みを進めた。
目の前までやって来るとマンフリードは確かめるようにそっと令嬢の頬へと手を添えた。
「マンフリード様の手が汚れてしまいます」
焦った令嬢が慌ててマンフリードの手を自分から離そうとするが、その手ごとマンフリードは握り締めめ、華奢な令嬢の身体を力一杯抱き締めた。
「いいんだ。お前らしい嫁入り道具だなマチルダ」
マンフリードはマチルダを抱き締めながらそう答えた。
どうして力が戻ったのか、ゴア王子とはどうなったのか、聞きたいことは山程あったが、今は只マチルダという存在を思う存分腕の中で感じていたかった。
「足りないようでしたらまだまだ運んできます」
マチルダの求愛の言葉を受け入れてくれたマンフリードに、マチルダは高鳴る気持ちを押さえながら恐る恐るマンフリードの背中に手を回した。
「いや、もう充分だ」
マチルダを全身に感じながらマンフリードはマチルダの頭に埋めていた顔を起こし、腕の中のマチルダを見下ろした。
マチルダもマンフリードの顔が見たくて堪らず顔を上に向ける。
朝陽が砦の隙間から二人を照らした。
マンフリードの黒髪と赤い瞳がマチルダの視界にキラキラと輝いて写り込んだ。
(ああ、やはり私はマンフリード様でなければ駄目なのです)
ドキドキと鳴り止まない心臓を苦しく感じながら、目の前の端正な顔立ちのマンフリードに目を奪われ惚けたマチルダに、マンフリードが静かに顔を寄せる。
二人はまるで祝福を受けるように朝陽を浴びながら、互いの唇を重ね合わせた。
そんな二人の様子を、城の入り口でにやにやと見守るカイにイーサンが声をかけた。
「マンフリード殿下を驚かそうとした作戦は見事に成功しましたね」
「ええ、こうでもしないとマンフリード殿下は素直に自分の気持ちを押し出さないでしょうからね」
「これからは尚一層、我が妹をよろしくお願いしますよ?」
「こちらこそ。我が王国に再び嫁いで下さりありがとうございます。きっとこの国はいい国になりますよ」
二人の姿を嬉しそうに眺めながら紡がれたカイの力強い言葉に、イーサンが笑顔で頷いた。
* * *
鉱脈から取れる魔石は鉱脈を統べるルディの協力を得て、安全に採掘出来るようになり、ボルド王国は驚く程発展を遂げた。
そして城の復興と強固な砦を幾度も復旧するボルドの国民の建築技術は世界からも注目され始め、やがてボルド王国には建築技術を学ぶために多くの建築家が足を運ぶようになっていった。
いまや世界的に国の価値が上がったボルド王国には、一番の貿易相手国であるヴィゴーレ王国からハミルトン騎士団が同盟の証として正式に配備され、他国からの侵攻を決して許さない屈強な国へと変貌を遂げた。
そんなボルド王国の発展に大いに貢献したマンフリード第一王子とその妻マチルダに、待望の赤ん坊が誕生した。
城に響き渡る産まれたばかりの赤ん坊の泣き声に、落ち着かない様子で書類を眺めていたマンフリードは、勢いよく椅子から立ち上がると珍しく書類を床に散らばせて、慌てた様子で愛しい妻の元へと駆け出した。
「マチルダよくやった! 身体は無事か?」
乱れた息を整えながら、マンフリードは生まれたばかりの我が子を腕に抱くマチルダに向かって労いの言葉を掛けた。
「はい、私は大丈夫です」
出産後の疲労からか、顔色の悪いマチルダにマンフリードの表情が曇る。
「そうか。だが、無理は禁物だ。とにかく今はゆっくり休むように」
そう言いながらマンフリードは赤ん坊を抱くマチルダの手を優しく握り締めた。
「この子の性別は?」
「ふふ、性別を聞く前に駆け付けて下さったのですね」
マンフリードへ出産の報告に向かった医者に目もくれず、マチルダのもとに駆けつけたマンフリードの姿を容易に想像できたマチルダは、夫であるマンフリードへの愛しさに笑顔を浮かべた。
「この子は……」
マチルダが赤ん坊の性別を伝えようとした時、不意に窓から銀髪の青年が姿を現した。
「マチルダ、産まれたのか?」
「おいお前。窓から入るなと何度も言ってるだろう!」
ルディの登場にマンフリードが苦い表情で苦言を呈すも、ルディは意に介す様子もなく、マンフリードの言葉を聞き流すと赤ん坊に視線を移した。
「それよりもその子女の子?」
ルディがマチルダの腕に抱かれた赤ん坊を興味深そうに眺めながら尋ねた。
「私もまだ聞いていないのに、お前に先に教えるわけがないだろう。お前が我が子の性別を知ったところでどうだと言うんだ?」
親子水入らずの空間を邪魔されたマンフリードは、マチルダとの距離が近いルディを面白くなさそうにシッシと手で追い払った。
「女の子だったら俺のお嫁さんにしよーかなー、って思ってさ」
しれっと言ったルディの言葉にマチルダもマンフリードも驚きで一瞬言葉を失った。
「させるわけがないだろう!!」
バァン!と物凄い勢いで寝室の扉が開き、それと同時にイーサンがマチルダのもとにやって来た。
「何で可愛らしい姪っ子(かもしれない子)を魔物に嫁がせなきゃならないんだ!!」
「マチルダとマンフリードを見てたら人生を共にする伴侶を作るのも悪くないかなと思って。マチルダの子供なら、この先の俺の長い人生を共に歩んで行けそうだと思って。……てことでこの子は女の子?」
悪びれることなくルディがマチルダへと声を掛けるが、マンフリードとイーサンが同時に
「「ふざけるな!」」
と怒りを露にし、力ずくでルディを窓の外へと追い出した。
「また来るから」
めげた様子も見せずにしれっとルディはそう言うと、あっさりと山へと戻っていった。
「あいつ、今後は一層要注意だな……」
マンフリードはそう呟くと赤ん坊に視線を向けた。
先程までの騒々しさにもびくともしない赤ん坊にマンフリードは肝の据わっている子だな、と感心する。
うっすらと生えている髪の毛はマンフリードは譲りの黒髪で、開かれた目から見える瞳の色はマチルダ似の琥珀色だった。
可愛らしい顔をしているがどこか中性的な見た目にマンフリードにさは性別を見分けることが難しかった。
「それでこの子の性別は……?」
恐る恐るマチルダに尋ねるマンフリードにマチルダが遠慮がちに口を開いた。
イーサンも興味深々な様子で視線をマチルダへと向ける。
「……女の子です」
「「!!」」
その後生まれた赤ん坊はイーサンの強い希望で性別を隠し、騎士団の中で育てたという。
マチルダの力をその子が引き継いだかどうか、山の主である人狼がその子を嫁に貰ったかどうかはまた別の話である。
* * *
マチルダに媚薬を盛ったゴア王子のその後はどうなったかというと……
不出来な息子の余りの愚かさぶりに愛想を尽かした国王が、ハミルトン騎士団にゴア王子を無理やり入団させ、息子の再教育を名目として絶大な信頼を寄せるハミルトン公爵にその身を委ねたという。
マチルダを散々苦しめたゴア王子に対し、ハミルトン兄弟が大人しくしている訳もなく、たっぷりとゴア王子に洗礼を行ったのは云うまでもない。
天下のハミルトン騎士団の洗礼を、それはもう嫌という程味わったゴア王子は、それ以来すっかり大人しくなり、自分を支えてくれるしっかりとした令嬢と結婚し、時期国王となる第一王子にひっそりと仕えたという。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
最初の投稿から約一年。
ようやく作品を完結させることが出来てほっとしています。
作品が面白かったと思って頂けた方は、いいねや⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️評価、ブクマを付けていただけると次作の励みになりますのでよろしくお願い致します(^人^)




