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7 マチルダとハミルトン家の人々

 ヴィゴーレ王国に戻ったマチルダを待っていたのはマチルダを溺愛する父と兄達だった。


「マチルダ、イーサンから話は聞いた。 力が失くなったというのは本当か!?」


 ハミルトン伯爵が慌てた様子で寝室のベッドで休むマチルダの元へと駆け付けた。

 それに続いて長男のアルフレドと次男のマックスもマチルダの部屋に飛び込んで来た。


「マチルダ! 怪我の具合は大丈夫か!?」

「マチルダ!! お前、もう俺と力比べすることが出来ないのか!?」


 三人がほぼ同時に押しかけるようにやって来て、口々にマチルダに色々と問いただすが、ベッドで休むマチルダは、視線をぼんやりと天井へ向けているばかりで父と兄の声がまるで聴こえていないようだった。

 そんなマチルダの様子を側で見守っていたイーサンが、父と兄達に向かって見兼ねた様子で口を開いた。


「父さんも兄さん達もマチルダは今酷く疲れているんだ。もう少しそっとしといてやってくれませんか?」

「むぅ……。そ、そうか。いや、そうだな。すまないマチルダ」


 ハミルトン伯爵が寝ているマチルダの頭を小さな子供をあやすように優しくひと撫でした。

 そんな行為にも反応することなく、ぼんやりしているマチルダの様子を見て、伯爵は幾分か冷静さを取り戻し父親らしく労るように声を掛けた。


「……落ち着いた頃にまた来よう。今はゆっくりと休みなさい」


 そんな言葉とは裏腹に、マチルダに背を向けつつも名残惜しげにチラチラとマチルダを振り返る父に対し、イーサンが『いいから早く出ていってくれませんか』と無言の圧を込めた笑顔を伯爵へと向けた。

 イーサンの心情を感じ取ったハミルトン伯爵は、渋々イーサン以外の兄二人にも声を掛けた。


「アルフレド、マックス。出直すぞ」


 伯爵の呼び掛けに、父親同様、兄二人も久し振りに会う愛しい妹から離れ難いのか、お互いに何とかしてその場に残ろうと画策した。


「イーサンも長旅で疲れただろうし、今度は私がイーサンに代わってマチルダの看病をしよう」

「いや、アルフレド兄さんはこれから父上と今後の騎士団運営の話があるだろう? 俺がマチルダの側でマチルダを見守ることとしよう」

「ダメだ! お前はどーせ弱っているマチルダにつけこんであれこれと勝負を挑むに違いない」

「それを言うならアルフレド兄さんだって、ここぞとばかりにマチルダを可愛がりまくる気だろう!」


「お前達!!」


 二人の言い合いに堪り兼ねた伯爵が声を荒げて嗜めた。


「断腸の思いでマチルダの側を離れる私を見習わないか!」


 己の感情を押し殺そうと唇を強く噛み締めて、拳を強く握り締めている父親の姿に気付き、兄二人がハッと我に返った。


「父上、すみませんでした! マチルダから離れたくないのは父上も同じだというのに」

「俺達、マチルダ可愛さに己の欲だけを主張していました。父上も堪えているというのに、騎士にあるまじき行為でした!」

「……うむ、分かってくれればそれで良いのだ。今は静かに去ろう」


「「はいっ!!」」


 伯爵に向かって兄達が姿勢を正す。

 その後三人揃って寂しげな背中を見せながらすごすごと静かにマチルダの部屋から出ていった。


 パタンとドアが閉まるとイーサンがやれやれとため息を吐いた。


「まるで台風一過だ。天下のハミルトン騎士団を統率する人達のあの姿を人々が見たら何と思うだろうね」


 苦笑混じりにイーサンがマチルダへと声を掛けた。


「……イーサンお兄様ご免なさい」


 故郷に帰ってきてからようやくマチルダが口を開いた。


「マチルダが謝ることなんて何一つないさ」


 ゆっくりとベッドから上体を起こし、項垂れるマチルダの頭をイーサンはそっと腕に抱き、優しく包み込んだ。

 イーサンの優しさに触れマチルダからポツリポツリと言葉が溢れた。


「マンフリード様に誓ったのに……。決して、自分は傷付かないと……。でも私、マンフリード様の目の前で怪我を負ってしまって……」


(凄く辛そうなお顔をされていた。私は彼が最も苦しむ行為を目の前でしてしまった……)


 微かに身体を震わせながら、ポタポタとイーサンの腕にマチルダの目から涙が落ちる。


「こんな私なんて、婚約破棄されて当然です……」

「違うよ。マチルダ」


 心身共に疲弊しているマチルダの姿に、イーサンは思わずマチルダの言葉を遮って強く抱き締めた。


「マンフリード殿下は何よりもマチルダの身を案じていたんだ。力があってもなくても彼の中でそれは最初から変わっていない。彼は国や民同様、いやそれ以上に大切なマチルダを守りたかったんだよ」


 イーサンの言葉を否定するかのようにマチルダは首を横に振った。


「いいえ、イーサンお兄様。私はもうマンフリード様に合わせる顔などありません」


 マチルダは思い詰めたような表情でイーサンを見上げ、更に重い口を開いた。


「私、決めたことがありまして……」



 ◇



 ハミルトン伯爵家の応接室。


「父上、兄さん」


 先程マチルダの寝室から追い出されるように出てきた三人の元へ険しい顔のイーサンが訪ねてきた。


「イーサン、そんなに難しい顔をしてどうした? マチルダに何かあったのか?」


 伯爵が普段のイーサンからはあまり見られない困惑した表情を見て、思わず先に声を掛けた。


「マチルダが……」

「マチルダがどうした?」


 マチルダの名に反応したアルフレドがソファーから立ち上がり、イーサンへと詰め寄った。


「マチルダが修道院に入りたいと言っているのです」


 イーサンは頭を抱えながら、兄達が座るソファーへと乱暴に腰を降ろした。


「修道院だと?」


 マックスも予期せぬ話しにイーサンの言葉を聞き返す。

 イーサンは項垂れるたまま話を続けた。


「力の失くなった自分は最早騎士団にいることもできず、それならせめて修道院に入って人々の役に立てるよう慈善活動に勤めたいと……」

「……そうか。マチルダがそんなことを」


 マチルダの心情を察して伯爵が静かに頷いた。


「……父上、マチルダの修道院行きを認めるのですか?」


 マチルダの気持ちを汲み取るような姿勢の伯爵に対して、心配そうにアルフレドが問いかけた。


「マチルダは怪力だった頃の噂のせいで、最早この国では何処にも嫁ぎ先がない。ましてや、ようやく婚約までこぎつけたボルド王国のマンフリード王子からも婚約を解消されてしまった。マチルダのこの先を思えば修道院しかないと思うのも無理はない」

「そんな、それではあまりにマチルダが可哀想だ!」


 伯爵の言葉にマックスが拳を握り締め非難した。


「まぁ落ち着けマックス。実は今マチルダへ求婚の申し込みが一つきているのだ」

「求婚の?」


 伯爵の言葉に項垂れていたイーサンがピクリと反応し顔を上げた。そして、伯爵に向かって訝しそうに誰何した。


「父上、その相手とは誰ですか?」

「……ゴア第二王子だ」


 伯爵が言いにくそうにその名を息子達に告げる。


「何だと!? マチルダの縁談を真っ先に断ったバカ王子が再びマチルダに求婚の話を持ってきただと?」


 アルフレドがこめかみに青筋を立てながら伯爵に詰め寄った。


「アルフレド、言葉が乱れておるぞ」


 父親に向かって乱暴な口調で詰め寄る長男に、伯爵がやんわりと嗜める。


「……こほん、失礼しました。ついあのバカ王子の名前を聞いて頭に血が昇ってしまいました」

「お前の気持ちも充分分かるが、次期伯爵たるもの、感情的になってはいかん」

「はい、すみません」


「ゴア王子に対する失言は別にいいのか」


 ポツリとマックスが二人のやり取りに突っ込みを入れる。


「ゴア王子は怪力を知る前までは非常にマチルダを気に入っていたからな。まさかこんなに早くマチルダの情報が王子の耳に入るとは思わなかったが、怪力の失くなったマチルダなら喜んで結婚してきたいと言ってきてな」

「父上はその話を受ける気ですか?」


 射殺しそうな視線でイーサンが伯爵に真意を尋ねた。


「だから、父親に向かって殺意の籠った視線を向けるでない。……受ける気は毛頭なかったが、マチルダが修道院に行きたいと言うなら話は別だ。可愛い娘をわざわざ俗世から切り離すよりは、王家に嫁いだ方が方がマチルダは幸せに暮らせるのではないか? 勿論、ゴア王子は未熟な面が多い人物ではあるので、慎重に様子を見ていく必要はあるがね」


「何かあれば我々がゴア王子を粛清します」


 アルフレドが腰の剣をスラリと抜き、手入れの行き届いた剣が伯爵の目の前でキラリと輝いた。


「謀反になるから止めてね、絶対」


(ゴア王子よりもやっかいな問題は妹溺愛のこの兄達なんだよな~)


 伯爵は目の前で殺気を漲らせる三人の息子達を見て、心の中で大きなため息を吐いたのだった。



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