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6 別れ

「くそ、思ったよりも早かったな!」


 警鐘の音を聴きながら、マンフリードが窓から外へと視線を移す。

 城には既におびただしい数の怪鳥が空を舞っていた。


 いつにも増して多い魔物の襲来に、マンフリードが危機感を募らせる。


(魔物達め、今日で片を付ける気か--)


「マチルダ、お前はここでイーサンが来るのを待っていてくれ! ここは高層階に位置するから襲撃を受けることはない。私は直ぐに指揮を執りに向かう!」


「は、はい……」


(私が今マンフリード様に付いていった所で返って足手まといになってしまう……)


 マチルダは何も出来ない歯痒さに奥歯をギリッと噛み締めた。


 マンフリードが部屋を出ようとしたその時だった。



 ガシャーン!!



 マチルダの寝室のガラス窓をぶち破り、大きな銀色の狼が姿を現した。


 ガラスの破片が光りに反射してキラキラと床に落ちていく様を、マンフリードは驚きと同時に視界に捉えていた。


「なっ!? ここは高層階だぞ!?」


 思わずマンフリードの口から驚嘆の声が漏れる。

 目の前の銀色の狼は、割れたガラスの上を歯牙にもかけない様子でゆっくりと足を進めた。

 狼の視線の先には突然の事態に固まるマチルダの姿があった。


「マチルダ!!」


 マンフリードが素早く腰の剣を抜き、ベッドに佇むマチルダの前に駆けつける。

 そして、直ぐ様マチルダを狼の視線から隠すように自身の背に隠した。


『お前に用はない。そこを退け』


 銀色の狼がマンフリードに向かって口を開いた。


「言葉をっ……!」


 マンフリードが再び驚きに目を見開く。


『マチルダ、この城は今日で堕ちる。俺と一緒にここを去ろう』


 狼がマンフリードを無視してマチルダへと語りかけた。


 呼び掛けられ、マンフリードの背中越しにマチルダは目の前の狼を覗き見た。


 銀色の毛に覆われた身体と妖しく光る金色の瞳がマチルダに注がれる。


「……ルディ? ルディなのですか?」

『ああ』

「マチルダ? 知り合いか……? いや、銀色の狼……」


 魔物の襲来でうやむやになっていた先程のマチルダとの会話をマンフリードは思い出した。


「お前がマチルダの力を奪った犯人かっ!?」

『ふん、それがどうした? それが分かった所で今のお前に何が出来る? マチルダはこんな小さな国に治まるような人間じゃないんだ。小国の王子風情が俺達の邪魔をするな』


 マンフリードを見下す態度と口調のルディにマチルダは堪えきれずに口を開いた。


「やめて、ルディ! マンフリード様に失礼なことを言わないで下さい!」

「マチルダ……」


 マンフリードが前を警戒しながらも、後ろで悔しさに小さく震えるマチルダに視線を向ける。


「マンフリード様もボルド王国も私にとってはとても大切な人と場所です。マンフリード様は怪力のせいで母国では誰からも相手にして貰えなかった私を唯一女として見てくれたのです……」


 マチルダは声を震わせながら、縋るような気持ちでマンフリードの背中の服をギュッと握り締めた。


『……ダメだ、マチルダ。お前の望みはそんな小さなものではなかった筈だ。今のお前を化物と呼ぶものなどいない。今ならアイツはお前を受け入れる』

「アイツ……?」


 ルディの言葉にマンフリードが訝しそうに眉を潜めた。


『弱小王国の王子などに最早用はない。お前はマチルダにとっての障害だ! 邪魔者は消えろ!』


 そう言うと同時に突然ルディがマンフリードに向かって鋭い爪と牙を剥き出し襲いかかって来た。


 咄嗟の状況にマンフリードの剣を振る手が遅れる。


「ダメ---!!」



 ザシュッ!



 衣服が破れる音が寝室にやけに鈍く響いた。

 マンフリードの目の前にマンフリードを庇って右腕に傷を負ったマチルダの姿がまるでスローモーションの様に映った。


 破れた服の隙間からポタリと血が床へと溢れ落ちた。


『マチルダ!!』


 ルディが慌てて後退する。


「マチルダ!!」


 それと同時に寝室の扉が乱暴に開かれ、血相を変えたイーサンがマチルダに駆け寄った。


 イーサンは直ぐ様、剣先をマチルダの目の前にいた狼に突きつけた。


「貴様! よくもマチルダの身体に傷をつけたな!」


 今にも射殺しそうな視線でイーサンは狼を睨み付けた。


「イーサンお兄様、私は大丈夫です……」


 マチルダが傷を押さえながらイーサンへと声を掛けた。そして、先程から固まったように動かないマンフリードへと恐る恐る視線を向けた。


「あ……」


 マンフリードを見たマチルダは思わず声を洩らした。


 マンフリードはまるで自分が傷付いたかのように、酷く苦しそうな表情でマチルダを見下ろしていた。


 ズキン、とマチルダの心臓が痛みで音を立てた。


(ああ、まただ。また私はマンフリード様にこのような悲しそうな顔をさせてしまった。)


「マン、フリード様……」


 喉が張り付いたように上手く声が出せない。


(決して彼の前で傷付かない、と約束したのに)


 それでも再び縋るように、マチルダはマンフリードへと血に染まった手を伸ばそうとした。


「……イーサン」


 それを遮るようにマンフリードが感情を押し殺した声でイーサンに声を掛けた。


「……分かりました」


 マンフリードの言葉にイーサンはゆっくりと頷くと、呆然としているマチルダに対し、素早く自身のマント破き、マチルダの傷付いた腕にそれを巻き付けた。そして流れるような仕草でマチルダを横抱きにし、足早にその場を去ろうと足を進めた。


「イーサンお兄様!? 何を?」

『マチルダ!』


 ルディが我に返り、マチルダへと意識を戻すとルディの目の前にマンフリードが剣を向け立ち塞がった。


「お前のお望み通り、マチルダはこの城を出て祖国に戻る」

「えっ……!?」


 マンフリードの言葉に驚いたのはマチルダだった。

 そんなマチルダにマンフリードは静かに口を開いた。


「ここに来る前にイーサンと約束を交わしたんだ。次に魔物が襲来した時、マチルダとハミルトン騎士団を連れてこの国から出ていって欲しいと」


「そんなっ……」


 マンフリードの言葉にマチルダは言葉を失う。

 突然の状況にルディは興味深そうにマンフリードの言葉に耳を傾けた。


「ここ最近ずっと感じていたことだ。自国の争いにヴィゴーレ王国の人間を巻き込んでしまっていいのかと」

「それは、だって私はもうマンフリード様の婚約者で、私にとってもこの国は既に自分の国で……」


 マチルダの言葉を否定するようにマンフリードはゆっくりと首を振った。


「私は最初、この国のためにマチルダの力ごとマチルダを受け入れて欲しいと言ったイーサンの言葉に嫌悪感を抱いた。争いの道具としてマチルダを利用するのはこの国の王子として許せなかった。だが、蓋を開けてみればいつも戦闘の中心にはマチルダがいて、結果、マチルダのお陰で国は護られた。私は国を護る処か力が無い故に自分の信念も貫けない情けない人間だと痛感するしかなかった……」



 マンフリードは自虐的に微笑んでマチルダに視線を向けた。


「その狼の言う通りだ。『弱小王国の王子』にマチルダは相応しくない」

「あっ……」


 イーサンに横抱きにされているマチルダの目から堪えきれず涙がボロボロと溢れ出した。


「このまま崩壊寸前の城にお前を置いておくことは出来ない。婚約は解消する。……今度こそ幸せになってくれ、マチルダ」


 マンフリードの言葉にショックが大きすぎてマチルダは何も言うことが出来なかった。いや、何も話すことが出来なかった。

 ただただ自分がマンフリードを酷く傷付け、苦しめていたのだと気付いてしまった。


 彼はとても優しくて、人一倍責任感の強い人間なのだ。誰かを犠牲にして成り立つ王国に納得するような人物ではないとマチルダは知っていた。

 マチルダ自らが望んだとしても彼はそれを作り出す環境事態が許せないのだ。

 マチルダを戦いに駆り出してしまう弱い国に、自分に。


「………」


 マンフリードの真意に今頃になってようやく気付いたマチルダは、己の情けなさに声も無く泣き続けた。


 城の外でドーン! と衝撃音が聞こえ、城が僅かに揺れた。


「ここにいては危険だ。城の外へ出るぞマチルダ」


 声を押し殺し涙を流す妹の心情を気遣い、イーサンはマチルダの身体を強く抱き締めた。

 そのまま部屋を飛び出す間際、イーサンはチラリとマンフリードに視線を投げた。


「………」


 マンフリードは揺れる城の中、無言で二人を見送っていた。





 二人のやり取りを静かに見守っていたルディだったが、マチルダがいなくなったことでマンフリードに再び声を掛けた。


『俺が出る幕でもなかったってことか。あんたは元々近いうちにマチルダとの婚約を解消する気だったんだな』


 マンフリードはそれには答えず、マチルダのいなくなった先を見つめていた。


『マチルダが国に戻るなら茶番は終わりだ』


 ルディの言葉にようやくマンフリードがピクリと反応した。


「どういうことだ?」

『最初からこうなるように俺が魔物にこの国を襲わせたのさ。マチルダを何時までもこの国に置いておく気はなかったからな。マチルダを溺愛する家族のことだ。嫁ぎ先の国で魔物の襲来が激化すればいずれ婚約をなかったことにし、自国に呼び戻すだろうと思っていた。それでもマチルダがお前に固執し、国を出ようとしなかったら障害となるお前を始末しようと思っていた』


 ルディの話を聞きながらマンフリードは手元の剣を一層強く握ってルディへと突き立てた。


「何故そこまでする必要があった? 先程から貴様が言っているマチルダの願いとはなんだ?」

『ふん、最後に教えてやるよ。力が失くなった今のマチルダならヴィゴーレ王国のゴア第二王子が必ず婚約を申し込む。やっとマチルダは幼い頃から夢見ていた大国の王妃になれるんだ』

「……そういうことか」


 ルディの言葉に力なくマンフリードは突き立てていた剣を降ろした。


 そんなマンフリードを尻目にルディはヒョイと先程侵入した窓の枠にヒョイと飛び乗ると、外に向かって遠吠えをした。


 それを合図に魔物達がピタリと襲撃を止める。


『ひとつだけ良いことを教えてやろう。マチルダがこの国にいなくなった今、魔物が襲ってくることはもうない。満身創痍のこの城が持ち直すかはお前の頑張り次第と言うところだな』


 自分が城を破壊させた張本人だと言うのに、ルディはマンフリードを励ますような言葉を掛け、最早興味が失せたというようにさっと窓から身を投げ出した。


 その場に一人取り残されたマンフリードは窓の外から見える半壊した城をぼんやりと眺めながら、マチルダを乗せ出港した船に想いを馳せたのだった。



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