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4 計画実行

 ある日の夜。


 マチルダは何となく眠れず、一人こっそりと中庭へと足を運んでいた。


 魔物の襲撃が頻繁となり、城の兵達の疲労も顕著に見え始めた頃。

 そんな兵達をマンフリードは労い、鼓舞し続けていたが、マチルダの目にはマンフリードが一番疲弊しているように思えてならなかった。


 マチルダはマンフリードが本当はマチルダに戦って欲しくないことは知っている。

 初めて出会った時に彼の気持ちは聞いている。


(マンフリード様は優しい人だから)


 自分の大切な人や国が傷付くのが堪えられない、とそう言っていた。


 だからマチルダは戦いに参加する時は、決して彼の前で一滴の血も流さず戦おう、と心に決めている。

 自分は傷付いていない、心配ない、とマンフリードに伝えたくていつも戦い後は彼に微笑みかける。


 しかしここ数日間、微笑みを返すマンフリードの顔は酷く悲しそうに見えた。


 マチルダが戦えば戦うほどそれは顕著になっていくようで。


「私は戦うべきではないのでしょうか……」


 中庭の噴水の前に来たマチルダはポツリと呟くと、のろのろとベンチへと腰降ろした。


「でも私が戦わなかったら、もっとボルド国は、ルドウィン城は被害が大きかったに違いありません。傷付く者が多かったに違いありません。何よりマンフリード様が傷付き倒れたかもしれません」


 不安に揺れる感情のままに、マチルダは一人言葉を洩らした。

  脳裏にマンフリードが傷付き倒れる姿が過り、恐怖にマチルダはブルッと背筋を震わせた。


「そんなこと、堪えられません!」


 マチルダは嫌な想像を掻き消すように、激しく頭を振った。

 マチルダにとってマンフリードは勿論、自分を温かく受け入れてくれたこの国が、この城が、もう充分にかけがえのない存在として大切なものとなっていた。


 大好きな人達を守るためならこの力を存分に使って構わない。


「もっと、強くなればいい……」


 もっと力を。

 マンフリードが心配することのない圧倒的な力を。

 マチルダが両手をぐっと強く握りしめる。


「そうですわ」


 うん、と自分を納得させるようにマチルダは大きく頷いた。


 ようやく本来のポジティブさを取り戻した脳筋なマチルダは、新たな決意を胸に顔を上げた。


 その時だった。


「!」


 自分の左隣に何者かの気配を感じとったマチルダは反射的に顔をそちらへと向けた。


 さっきまで一人で座っていたはずのベンチの横に、ひっそりと一人の青年が座っていた。

 青年は静かな眼差しでじっとマチルダを見つめていた。


 そしてとても自然な様子で、親しい友人に語り掛けるように、マチルダに向かって口を開いた。


「久しぶりだな、マチルダ」


 マチルダの琥珀色の瞳に、目の前の青年を通してかつての彼の姿が映し出された。


 褐色の肌に月の光を受けてキラキラと輝く銀色の髪。そして、力強く闇夜に映える黄金の瞳。


 つい先日、夢に出てきたあの少年。


「ルディ……」


 マチルダから青年の名前がポロリと零れ落ちた。



 ◇



 自分の名前が数年振りに再会した大切な友人から呼ばれたことで、ルディは嬉しさに顔を綻ばせた。


「うん、久しぶり。マチルダ」


 ドクン--


 喜ぶルディの感情とは裏腹にマチルダは先日見た夢を思い出し、不安に心がざわついた。


「どうして……ここに?」


 マチルダの夢の中で、数年振りに現れた少年が、まるで何かを告げる予知夢のように今、目の前に現れた。

 それが何を意味しているのか、どうか嫌な考えが当たらないようにとマチルダは密かに心の中で祈った。


「やっとあの時の約束を果たしに来たよ。待たせて悪かったな」


 申し訳なさそうにルディがマチルダの頬にソッと手を添える。


 ドクン--


 不安が的中し、マチルダの心臓が再び大きく嫌な音を立てる。


「ルディ、違うのです…っ! あの頃、貴方に語った私の夢はもうっ……」


 頬に触れたルディの手を掴みながら、震える声で必死に訴えるマチルダの身体を、突如として奇妙な感覚が襲ってきた。


「えっ? な、に……」


 マチルダの視界がグニャリと歪み、身体から力が抜けていく感覚に見舞われた。

 焦ったマチルダは、倒れまいとして咄嗟に目の前のルディにしがみついた。

 ルディはそんなマチルダの身体を支えるように背中に腕を回すと、力強くマチルダを抱き締めながら呪文のような言葉を呟き始めた。


 その直後、ルディとマチルダの足元に紫色の魔法陣が浮かび上がり、二人の身体が紫色の結界で覆われた。

 結界の中でルディは、マチルダの身体から力を全て奪い取るため、魔力増幅材として持ち込んだ魔石を取り出し、自分の左胸に魔石を押し付けると己の身体に魔石を取り込み始めた。


 数年間魔力を蓄積してきた魔石の力とマチルダの力が拮抗し、力を奪う容れ物として造り上げてきたルディの身体にも大きな負荷がかかっていた。

ルディの口端をツーっと一筋の血が伝う。


「くっ……。やっぱり思った以上にお前の力は凄いな……」


 ルディは強大なエネルギーに当てられ、乱暴に口元の血を拭った。そして、魔石の魔力が尽き始め、自身の魔力が徐々に抜かれていく感覚に顔を歪めた。


「だ、め。や……めて、ルディ……。私は今のままでいい、のです……」


 ルディが今何をしているかを察したマチルダが必死でルディの行為を止めようと訴える。


 マチルダの心からの懇願を、苦しさから出た言葉だと受け取ったルディは、その苦しみから早く解放してやろうと魔法陣に更なる力を注ぎ込んだ。


「大丈夫だ、マチルダ。辛いのは一瞬で、っもう終わる……」


 そう言うと、魔法陣から一際大きな光が放たれる。


「あぁぁぁっ!!」


 途端マチルダの身体に強烈な刺激が走った。マチルダは悲鳴を上げながらそのままルディの腕の中でくたりと意識を失った。


「ハァ……。ごめん、マチルダ」


 ルディもようやく辛さから解放され、安堵の息と共に気絶したマチルダに向かって謝罪の言葉を掛けた。

 足元の魔法陣が静かに消えていく中、ルディは身体に取り込んでいた魔石を掌の上に取り出した。

マチルダの力を吸い取った魔石は今にも破裂しそうな勢いでシュウシュウと蒸気のような煙を纏わせていた。

 ルディは魔石をそっと握り締めると、用意していた容器の中に慎重に納めた。


 それから自分の腕の中で意識を失ったマチルダを軽々と横抱きに抱え上げると、マチルダの耳元へそっと唇を寄せ優しい声で静かに囁いた。


「どうか幸せになって、マチルダ」


 その後ルディはマチルダを寝室へ運ぶと、自分は再び姿を消したのだった。




 ◆◇◆




「お前の夢って何?」


 少年の頃のルディがマチルダに尋ねた。


「私の夢ですか? ……お父様は私が立派な淑女になって、このヴィゴーレ王国のお城の王子様と結婚して欲しいと仰られていましたので、畏れ多いとは存じておりますが、ハミルトン家の繁栄の為にもそうなったらいいなぁと思っております」


 恥ずかしさに赤らむ頬を両手で押さえながら、マチルダは自らの夢を目の前の少年に語って聞かせた。


「あ、ですが、私の一番の願いはお母様を生き返らせてもらうことですよ!」


 『闘技場の優勝者は何でも願いが叶う』とルディから聞いたマチルダは試合の前日、ルディとそんな他愛もない話をして夜を過ごしていた。


「ふ~ん、お前の願いが叶うといいな」


 出会ったばかりの素性も不明な怪しい少年に対して、素直に自分の夢を教えてくれたマチルダに、ルディは心からの言葉を掛けた。

 そんなルディの言葉に、照れ臭そうにマチルダがふふと無邪気な笑顔を向けた。


 亡くなった母親を生き返らせるのは不可能なことであると知っているルディは、その事実を知って悲しむ少女の姿を思い浮かべ、自分の中に沸き上がる苦い感情を不思議な思いで受け止めていた。


 そして、翌日闘技場でのマチルダの活躍を目にしたルディは彼女の強さに一層興味が湧いた。


 本来、ルディは闘技場に捕まっている魔物の解放と魔物を捉えた人間への報復のため闘技場に潜伏していたのだが、そんな目的も忘れる程にルディはマチルダの活躍から目が離せなかった。



 何故、ルディが捕らえられた魔物を解放し、人間へ報復をしようとしていたのか。


 それは、ルディ自身が半分魔物の血を引いていたからに他ならない。

 自分以外の魔物に対し、特に仲間意識は持っていなかったが、魔物をいい様に利用している人間を野放しにしておく程ルディも寛容ではなかった。




 ◆




 ルディは人間の母親と狼男の父親から産まれた半分魔物の血を引く人狼だった。


 狼男と知らずに関係を持ち、情事後に男の正体を知った母親は次第に大きくなっていくお腹と共に徐々に精神が蝕まれ始め、ルディを産んだ時には既に心は壊れていた。


 ルディを自分の子供と認めることが出来ず、幼いルディに散々暴力と暴言を振るった。

 当然父親は母親と一夜の関係を持った後で姿を消していたし、ルディは暴力を振るう母親から逃れようのない幼少期を過ごした。



 そんなある日。

遂に母親の暴力に耐えられず感情が爆発した夜のこと。

 その日は満月だった。


 ルディの身体に異変が起きた。

 自分の身体が銀色の毛に覆われ、裂けた口からは大きな牙が覗いていた。

 そして何より、内側から漲るとてつもない力を感じた。


 自分が人狼であると初めて自覚した瞬間だった。


 自分の姿を見た母親が一層発狂し、自分に向けて包丁を振りかざしてきたので、無我夢中でルディは母親から逃げた。


 空に浮かぶ月に導かれるように、ルディはひたすら大地を駆けた。不思議なほど足が軽くて、何処までも駆けることが出来た。

 そして魔物の血に引き寄せられるように、多くの魔物が生息するボルド王国の鉱脈へと足を踏み入れた。



 鉱脈に住む魔物は人狼の自分とは違い、人語を話すことは無かったが、魔物の血が入っているからかなんと無く意志疎通を計ることは出来た。


 ルディは幼いながらに鉱脈にいるどの魔物よりも魔力が強く、彼が山の主になるにはあまり時間はかからなかった。


 ルディは山の主として魔物を統括することは出来たものの、幼い頃より母親から虐げられていたことが原因で感情が失われ、人にも魔物にも全く興味が持てなくなっていた。


 それから月日は流れ、いつしか鉱脈に人が足を踏み入れるようになり、山でしか取れない稀少な魔石が発見されると、いよいよ活発に人が山に出入りするようになってきた。


 人間は弱いが知恵が利く。


 そのうちに魔石を利用し始める輩が現れ、山に住む魔物を捉えるものも出始めた。


 人が魔物を悪用し、少しずつ世界は争いが増え始めた。


 ルディは世の中の争いには興味はなかった。

 ただ静かに過ごしたかった。


 だからこれ以上自分の住む世界に人間が踏み込むことが許せなかった。


 その手始めに魔物を悪用する組織を探し出し、壊滅させてしまおうと、アジトへと単身乗り込んだ。


 しかしルディはそこで彼の人生を変える運命の少女と出会ってしまった。


 闘技場で己の境遇に決して悲観することなく、堂々と戦う凛々しく美しい少女にルディはあっという間に惹かれていった。

 出会ったときから、ルディに対して真っ直ぐに接してくれた初めての人間。


 そんな彼女を救うべく彼女を傷付けた張本人である兄が闘技場に姿を現した。

 そこで彼女が兄から化け物と呼ばれ、虐げられていた事実を知り、ルディの中で益々マチルダに対して強い共感心と使命感のようなものが生まれた。


(マチルダだけは幸せにしなくては--)


 今までマチルダを苦しめてきたであろう兄達をその場でズタズタに引き裂いてやろうかとも思ったが、マチルダは兄達を憎んでいないことが分かり、ルディは沸き立つ衝動を何とか堪えて、状況を静かに見守った。


『力を無くして欲しい』


 母親の蘇生が無理だと知ったマチルダはショックを受けながらも次の希望を兄に向かって話していた。

 もういいんだ、自分が悪かったと兄は自分を責めマチルダは兄の謝罪を涙ながらに受け入れていた。


 ルディはそんなマチルダに変わって一つの決意をした。


(うん、分かったよマチルダ。お前を苦しめ続けたその力がいらないというなら、それだけでも俺が取り除いてやろう)


 そしてルディはマチルダの前から姿を消した。





(魔石を利用すればきっとマチルダの力を封印することが出来るはずだ)


 ルディは魔石を利用して魔物を悪用する人間の姿を思い浮かべ、一つの可能性を見出だした。


(確かこの国のお城に魔塔と言われ、魔石を研究している施設があると聞いたことがある……)


 魔塔の存在を思い出したルディの足は、いつしかお城へと向かっていた。




 それから彼は数年間の間、人生において唯一無二の友達の願いを叶える為、魔塔で研究を重ねることとなるのだった。


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