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3 ゴア王子の画策

 ヴィゴーレ王国の庭園にて、ゴア第二王子は一人優雅にお茶を楽しんでいた。


「ああ、なんとこの世は平和なことか。あとは私に相応しい可憐で美しい妃が見つかれば文句もないのだが」


 ゴア王子はかつて破談した一人の可憐で美しい令嬢を思い浮かべ深いため息を付いた。


「惜しい……。実に惜しいぞ、マチルダ。お前のあの忌々しい怪力さえなければお前は私の理想の花嫁であったのに……」


 ガチャリとゴア王子は乱暴にティーカップをテーブルの上の受け皿に乗せた。


 マチルダとの破談後、ゴア王子は王国でも名だたる名門貴族の令嬢達と何度もお見合いの場を設けたが、ゴア王子にとってマチルダを超える女性はいなかった。

 その為未だにゴア王子は独り身であり、時期国王候補として婚約者のいる第一王子と張り合うことも出来ずに歯痒い思いをしていた。


 マチルダと婚約していたのなら、ハミルトン家を後ろ楯に、己の地位も第一王子に張り合える程まで上がるという所で、ゴア王子は自身の理想を曲げることが出来ずに、最高の人生設計を逃してしまっていた。


「くそ、くそっ! マチルダめ! 何故お前は怪力なんだ! 何故弱小王国なんぞに行ってしまったんだ!!」


 縁談を断った自身のせいだとは露ほど感じないゴア王子は、勝手に他国へと行ったマチルダに対して恨み事を叫んだ。


 そんなゴア王子のいつもの光景に、周りの使用人達は呆れた様子でやれやれとため息を洩らしていた。


「……あれ(・・)さえ出来れば……」


 ふと、叫び疲れたゴア王子は空を仰ぎ見ながらポツリと呟いた。


 そして、(おもむろ)にガタッと席を立つと遠方から此方の様子を伺っていた使用人へと声を掛けた。


「魔塔へ行く!」


 そう言うやいなや足早にゴア王子はその場を後にした。


「見た目はいいのに、残念すぎる……」


 去っていくゴア王子の背中を見ながら使用人の誰かがそんな事を呟き、周りも静かに頷いていた。




 ◇



「ルディはいるか!?」


 バンッ、と魔塔の扉が壊れそうな程の勢いでゴア王子が乱暴に扉を開いた。




 ヴィゴーレ王国のお城では魔塔なる魔法研究機関が存在し、世界でも数少ないとされる有力な魔術師達が集まり、日夜魔法の研究に携わっていた。

 魔石が発見されてからは主に魔石の研究がメインになっており、魔塔の研究の成果により魔石の使用方法が飛躍的に上がり、魔術師の少ないこの世界でも魔力によって人々の生活は潤い、発展していた。


 その為魔石はこの世界ではとても価値があり、それを多く保有する国は豊かで栄えていた。



 ここ最近、ボルド王国で純度の高い魔石が発見され、世界中の国がその魔石が採れるボルド王国の鉱脈を欲しがり、度々国を襲撃しているとヴィゴーレ王国にも情報が入っている。



 魔石の効果で弱小国であったボルド王国が近年国の価値が上がり、他国からも注目され出した。その一端を担うのがボルド王国を統率している若き実力者であるマンフリード第一王子だとゴア王子は外交官から聞いた。

 政治に疎いゴア王子は自分には関係ない話と思い、軽く受け流していた。



(しかし、こともあろうかマチルダがそのマンフリード王子と婚約したというではないか)


 話を聞いた時、ゴア王子は大層憤慨した。


(弱小国故に魔石を狙う他国からの襲撃が堪えないと聞いた。マンフリードめ、その為にマチルダを欲したに違いない。怪力ありきのマチルダを国の用心棒として置いておく気なのだろう。

なんと性根の腐った国か。なんと卑しい王子なのだろう。ああマチルダ。もうすぐ、お前をそこから救いだしてやろう。私の妃として相応しい身体になれば直ぐにでもお前を私のものとしよう)


 独り善がりの身勝手な思考に酔いしれながら、鼻息荒くゴア王子はルディと呼ばれる研究員のリーダーに声を掛けた。



「アレは完成したか?」



 ルディと呼ばれるその男は静かにゴア王子に視線を向けると、深く被っていたフードを頭から外し、ゴア王子に向かって頭を下げた。


 フードの下から現れたルディの素顔を見る度、ゴア王子は毎回ハッと息を飲み凝視してしまう。

  彼の褐色の肌に映える肩まで伸びた銀色の髪色と金色の瞳は、この国では珍しい色をしており何処か神秘的で人間離れしていたからだ。



 一方、ルディはそんなゴア王子の様子を気にも止めない素振りで、質問に対して静かに口を開いた。


「はい、ようやく完成しました」


 ルディの言葉を聞いた後、ゴア王子は中央に位置する台の上に視線を向けた。

 台の上には、まるで宝石のように美しく輝く紫色の魔石がその存在を示すように置かれていた。


「おお、遂に……。マチルダが私の元に……」


 魔石の光を浴びながら、待ちかねたようにゴア王子は喜びに震えた。


 そんなゴア王子の様子をルディは無表情に静かに見つめていた。


 ゴア王子は逸る気持ちを抑えることなく、ルディに向かって力強く指示を出した。


「では、直ぐに計画を実行してくれ」

「承知致しました」


 ルディは抑揚のない声で答えると一瞬でゴア王子の目の前から魔石と共に姿を消した。


「……つくづく怪しい奴だ」


 ゴア王子はルディと出会った頃の事を思い出していた---。




 ◆◇◆




 マチルダのお見合いを断り、数ヵ月後。

 彼女が他国でお見合いをしたと噂を耳にしたゴア王子は大いに荒れた。


「私のお見合いがダメになったからと言って、直ぐに他所へ嫁ごうとするなんて、なんと尻の軽い女なんだ!」


 自分が断ったことは棚に上げ、勝手に傷付き、破談した相手に対して滅茶苦茶なことを言うゴア王子に対して城の人間は誰一人として彼を慰め、労ろうとするものはいなかった。


(マチルダのお見合いを断ってから何となく自分に対する使用人達の態度が冷たくなったような気がする)


 ふと、ゴア王子はそんなことを考えていた。


(まさか、裏でハミルトン公爵が手を回しているのか……?)


 一瞬そのような考えが過り、ゴア王子の背中を冷たい汗が伝った。


 ハミルトン公爵のマチルダへの溺愛っぷりは城でも有名だった。

 長いこと深窓の令嬢としてその存在を世間の目から隠していたのがその証拠だった。


 しかし、マチルダも年頃となり、いよいよ世間から彼女と結婚したいという声が多くなってきた。

 深窓の令嬢、傾国の美女。様々な憶測で噂は噂を読んでいた。


 ゴア王子もハミルトン公爵の大事な宝に大いに興味が沸いていた。

 勿論、自身の足元を固めるためにも下手な貴族連中に彼女を渡すわけにはいかない。


 ゴア王子は権力に物を言わせ、渋るハミルトン公爵を説き伏せ、苦労の末ようやくお見合いにまで漕ぎ着けたのだ。


(しかし、蓋を開けてみてどうだ)


 確かに世の男共に見せるのが憚られる程の可憐で奥ゆかしい令嬢だった。

 自分がこの令嬢をこの世界の穢れから守ってやらなくては、と不思議な庇護欲と使命感が掻き立てられた。


(それなのに、だ)


『危ない!』

『お怪我はございませんか?』


 倒れてきた銅像を軽々と支えたマチルダに始めは何が起こっているか理解出来なかった。

 しかし、事態を飲み込めるようになってきたら今度は段々と目の前の光景に腹が立ってきた。


(馬鹿にしやがって! 俺を騙そうとしたな! 何が深窓の令嬢だ! これ(・・)がバレるのが怖くて今まで隠し続けてきたんだろ!?)


『こ、この縁談は無かったことにしてもらう!』


 銅像が自分に向かって倒れてきた恐怖で足がすくむ中、ゴア王子は精一杯の虚勢を張り、マチルダに向かって破談の言葉を口にした。


 その時のマチルダの表情が今でもゴア王子の頭から離れない。


 ゴア王子は何故かそれが無性に腹立たしくて、破談後のパーティーでマチルダの怪力についてあることないことを周囲に言いふらした。


(ハミルトン公爵、マチルダよ。これでこの国でマチルダが結婚出来る相手はいなくなったぞ。誰が好き好んで暴力的で怪力持ちの女なんかと結婚するものか)


 ゴア王子の思惑通り、描いていた公爵令嬢像をぶち壊された貴族子息達はこぞって求婚状を取り下げ、遂にはマチルダへの求婚の話は、ヴィゴーレ王国で一つも無くなってしまった。


 ゴア王子が城の中でハミルトン公爵やマチルダの兄達と出会うと毎回殺気の籠った目で射殺されそうになったが、ゴア王子はプライドだけで毎回何とか耐えて見せた。


(アイツらはいつか私が上に立ったら真っ先にいびった後で処分してやる!)


 すれ違う度にそんなことを心の中でゴア王子は呟いていた。




「マチルダと結婚したいですか?」


 不意に背後からゴア王子に言葉が投げ掛けられた。

 心の中でマチルダのことを考えていたらいつしか魔搭まで来てしまっていたらしい。


 ゴア王子はハッとして声の方に振り返った。

 背後に黒いフードを被ったいかにも魔術師らしい人物が立っていた。


「今何て言った? それから王族に対しての礼儀が色々となっていないようだか?」


 ゴア王子は怪しい魔術師風の人物に対し、訝しげに聞き返した。


「これは失礼致しました」


 ゴア王子の言葉に目の前の人物がフードを外し素顔を晒した。


 突然ゴア王子の目の前に銀髪で金色の目をした端正な顔立ちの男が現れ、ゴア王子は思わず息を飲んで目の前の人物を凝視した。


(いや、それよりも話の内容だ!)


 ゴア王子は一瞬男の容姿に気を取られたが先程の言葉を思い起こし、我に返った。


「マチルダが何だって?」

「結婚したいか、とお尋ねしました」

「ふざけるな! 誰があんな怪力女なんかと……」


 マチルダを卑下する言葉に目の前の男が鋭い視線をゴア王子に向けた。

 ハミルトン家の男達同様、今にも射殺されそうな男からの視線を受け、ゴア王子は思わず口をつぐんだ。


「その怪力がなくなれば如何ですか?」

「そんなこと出来るわけがないだろう」


 相手の様子を伺いつつ、呆れたようにゴア王子は答えた。


「出来ます。私はそれをずっと研究していたのですから」


 そう言う男の瞳に力強い光が宿る。


「彼女はこの国の王子と結ばれることを願っている。私はそれを叶えるためにここにいるのです」

「……お前、マチルダとどういう関係だ?」


 ゴア王子のその質問に男は答えず、もう一度質問を返した。


「マチルダから力が消えたら貴女はマチルダと結婚し、彼女を幸せにすることが出来ますか?」


 男の真剣な表情にゴア王子も繕うことを止め、真剣に答えた。


「ああ。私と結婚すればマチルダは必ず幸せになるだろう」


『幸せにする』ではなく『幸せになる』と言うところにゴア王子の傲慢さが垣間見えた気がしたが、ルディは少し思案した後で口を開いた。


「……ならば貴女の願いを叶えましょう。それ(・・)が出来るまでにはもう少しだけ時間が必要です。それ(・・)が出来次第私がマチルダから力を奪い、貴女の元に彼女を連れてきます」


 目の前の男に警戒しつつ、しかしゴア王子はマチルダが手に入ることへの期待に心が踊るのを隠すことが出来なかった。


「よ、よーし! 貴様は怪しさ満載だがその言葉を信じよう。必ずや私の元に力を無くしたマチルダを連れて来てくれ!」

「承知しました。申し遅れましたが私はこの魔塔で長を務めておりますルディと申します」


 にこりともしないルディに対して、不満はあったものの、ルディから醸し出される得体の知れない力を感じ取ったゴア王子はこれ以上余計なことを言うのは危険と思い、口を噤んだ。


「では完成次第私に報告を!」


 それだけ言うとゴア王子はスキップするようにその場を後にした。


 ゴア王子の去った後でルディは大きなため息を吐いた。


「あんなアホ王子でも王子様だからな。まともそうな一番目の王子はもう心に決めた相手がいるみたいだし、アレでもマチルダは了承してくれるよな。まぁ、一応見た目は悪くないし。……万が一マチルダの害になりそうならアイツの人格変えてやる魔法でも作りゃいいか」


 カリカリと面倒臭そうに銀色の髪の毛を掻きながら、ルディは「あともう少し頑張るか」と呟いた。


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