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2 二人の出会い

お見合い編です。


マンフリードは朝からソワソワと落ちつかない様子で、ヴィゴーレ王国からの船の到着を待っていた。


「ちょっと殿下、少しは落ち着いて下さいよ。見ているこっちまで緊張してくるじゃないですか」


 先程からベランダと部屋を行ったり来たりするマンフリードの様子に見兼ねたカイが、非難の声を上げた。


「うるさい! これが落ち着いていられるか! あのハミルトン家が来るのだぞ。しかも、私と縁談相手のマチルダ令嬢を引き連れてな。その令嬢とハミルトン家の機嫌を損ねようものなら、わが国はあっという間に滅ぼされ兼ねない!」


 マンフリードは整えた髪をぐしゃぐしゃと乱暴に掻き回した。


「あ~あ、折角整えてたのに。まぁ、ワイルドな男性を好む女性もおられるので、案外そっちの方がご令嬢の心を掴むかも知れませんけどね」


 嫌味を含んだカイの言葉にマンフリードはムッとしながらも、幾分冷静さを取り戻すと、自身で乱した髪の毛を静かに手で整え直した。

 そんなマンフリードの様子にカイは苦笑しながらも温かい気持ちで見守っていた。


 (弱小国のせいで中々いい縁談話がなかったからなぁ……)


 生真面目すぎるマンフリードは、幼い頃からひたすらに自国の発展のためにその身を捧げ続けていた。


 数年前この国で希少な魔石が発見されると、この小さな国は途端に他国から襲撃を受け始めた。

 優しいが気弱で戦うことを知らなかったこの国の王は、まだ成人したばかりのマンフリードにこの国の政権を押し付けると、自分はちゃっかりと城の外れの別塔に引きこもり、全ての重責を息子に投げ捨てるように託した王は、気楽な隠居らいふを送り始めた。

 王妃を始め、周りの者はそんな無責任で自分勝手な王に呆れ果てた。

 しかし、マンフリードだけは違った。

 この事態を重く受け、国家存続の危機を感じたマンフリードは、国を任されるとすぐに要塞の着手に乗り出した。


 成人して間もないマンフリードがその身を削り、一身に国を背負ってここまでやってきた。

 マンフリードのお陰でこの国は弱小王国と他国から揶揄されながらも未だに存続できている。


 彼ももう22歳であり、いつ結婚してもおかしくない歳だ。

 相手国の思惑はどうあれ、ようやくマンフリードに縁談話が持ち上がったのだ。


 (これは応援しなくてどうする!)


 マンフリードと幼馴染みで彼をずっと側で支えてきたカイは、密かにこの縁談が上手く行くよう願っていた。



 --カンカンカンカン



 数刻後。

 ようやく待ち望んでいた来訪者を報せる鐘の音が、ルドウィン城に鳴り響いた。


 マンフリードとカイは鐘の音と同時に互いに視線を合わせると、急いで部屋を後にした。



 ***



「イーサンお兄様、とても立派で素敵なお城ですね。私、ここで上手くやっていけるでしょうか……」



 ハミルトン家所有の豪華な船のデッキの先頭にちょこんと佇む可憐な令嬢マチルダは、小高い丘の上に建つヴィゴーレ王国に比べて小さいながらも荘厳な佇まいのお城と、城の周囲を守るように取り囲むモノリス要塞を眺めながら、4歳年の離れた兄で、ハミルトン家の三男イーサンに、不安気に声を掛けた。


 俯き、心配そうに上目遣いにこちらを見上げる妹の可愛らしさに、兄バカなイーサンはキュンキュンする気持ちを抑えそっと優しく愛しの妹の肩を抱いて答えた。


「大丈夫。ここならお前の力も必ず役に立つ筈だ。そして、必ずマンフリード殿下はお前を妻として受け入れるだろう」


 力強く励ます兄の言葉に、マチルダの不安な気持ちは少しだけ和らいだ。


「はい、私今度こそお嫁に行けるように頑張ります!」


 マチルダは気合いと共にデッキの手すりに置いていた両手にグッと力を込めた。


 バキッ!!


 重い音が聞こえると同時に、マチルダが手を置いていた金属の手すりが海の外側へと大きく傾いた。

 手すりに身体を寄せていたイーサンは、バランスを崩し、そのまま海へと落ちそうになった。


「うわぁぁっっ!」


 イーサンは情けない声を上げつつ、騎士団で鍛えた強靭な肉体を駆使し、「ふぬっ!」と、気合いで無理やり体勢を立て直すと、その勢いのままデッキの中央まで慌てて避難した。


「そーゆー所ね。そーゆーのホント気をつけてね」

「も、申し訳ありませんでした。お兄様」


 イーサンは胸の前で両手を組んで、申し訳なさに身体を縮め、涙目で平謝りする妹に向かって何度も釘を差したのだった。



 ***



「開門しますっ!」


 門番の掛け声と共に砦の塀と城を繋ぐ跳ね橋が降ろされた。


 ギギギギ--


 跳ね橋を支える鎖が橋の重さに金属の軋む音が城内に響き渡る。


 城門入り口に、ボルド王国王子のマンフリードを筆頭に、城の者達が一同に揃って大国からの訪問者を歓迎した。


「お初にお目にかかります。この城の主である国王に代わり挨拶をさせて頂きます。第一王子のマンフリード・ルドウィンと申します」


 マンフリードがイーサンとマチルダに恭しく頭を垂れ、挨拶の言葉を述べた。


「このような歓迎をしていただき、ボルド王国の私どもに対するお心遣い、とても感謝致します。しかし、私も父の代理として来ているだけなのでどうか固い挨拶は抜きにして気楽に行きましょう」


 柔らかな笑顔を向けるフランクな態度のイーサンに、お城の侍女達がきゃあ、と黄色い歓声を上げた。


 (流石です。お兄様)


 どこに行っても黄色い歓声を浴びる兄を、マチルダは誇らしげに見つめた。


 (私も自分の務めをきちんと果たさなくてはっ!)


 そして再び心の中で気合いを入れた。


「それでは城内を案内させて頂きます。マチルダ嬢、お手をどうぞ」


 マンフリードがエスコートするためにマチルダに手を伸ばす。


「は、はい」


 マチルダは緊張する心を落ち着かせる為、短く深呼吸をした。

 そしてフッと息を吐くと、力を入れ過ぎないよう細心の注意を払って、そっとマンフリードの手に自身の手を乗せた。


 マンフリードの手に触れた瞬間、マチルダは小さく驚いた。


 (まあ、何て硬くてゴツゴツした手なのでしょう。日頃から剣の鍛練をされているのかしら)


 目の前のマンフリードに対して、兄達とも違う異性の匂いを感じ取ったマチルダの指先が、戸惑いで僅かに震える。

 それに気付いたマンフリードは、固まるマチルダの指先を、労るように優しくそっと握り締めた。

 握られたマンフリードの手の温もりに、マチルダの心臓がドクリと大きな音を立て揺れた。

 くすぐったいような、どうしたら良いのか感情に動かされ、反射的にマチルダが目の前のマンフリードに視線を向けると、繋がれた手の先で、マンフリードがマチルダに優しい微笑みを向けていた。


 ドキン--


 マチルダの心臓が再び甘く疼いた。


 (ああ、何でしょうか、この感覚は。今まで出会った殿方には感じたことのない感覚です。この方のお顔のせいでしょうか? とても精悍なお顔をされています。野性的な黒髪と意思の強そうな赤い瞳がとても男らしくて素敵です! ああ、私、呼吸をするのが少し苦しくなってきました)


 初めてのときめきに、顔を真っ赤に染めて戸惑うマチルダの姿が微笑ましく、マンフリードの顔にも思わず柔らかな笑みが浮かんだ。


 (どんな令嬢が来るかと思っていたが、とても可愛くて純情そうな娘じゃないか。しかし令嬢に問題がないのなら、やはり狙いは鉱脈か……?)


 目の前のマチルダにおかしな所はないと感じたマンフリードは、相手の真意を探ろうと、 ハミルトン公爵代理であるイーサンにチラリと視線を向けた。


 (ああ、まるで獲物を狩るような鋭い眼差し。……上品な中に潜む野性的な一面も素敵です)


 イーサンに対して警戒するような眼差しを向けるマンフリードのピリッとした緊迫の表情ですらも、マチルダの目には魅力的に映ったのだった。




 ***




 お茶会が始まった。


 以前行ったゴア王子とのお茶会に比べると、庭の規模は小さかったが、高台に建ち城下に海が広がる庭園の風景は、溜め息が出るほど絶景であった。


 お茶会の席にはマンフリードとマチルダが向かい合って座り、マチルダの隣には公爵代理のイーサンがにこやかな笑顔を浮かべ座っていた。

 一方、マンフリードの後ろでは、側近であるカイと外交官のレジーがイーサンとは対照的に、神妙な面持ちでお茶会の様子を見守っていた。


「王と王妃についてですが、恥ずかしながら我が城内の事情により、この場に姿を現すことが出来ないことを、まずはこの場を借りてお詫び申し上げます。」



 大国から遥々海を渡ってやって来た縁談相手の訪問に対して、城の主である王と王妃が出席しない非礼にマンフリードは頭を下げ丁寧に詫びた。


「いえいえ、一応この城の事情も全て知った上でこの話を持ち掛けたのです。私共としては、この国を実質支えているマンフリード殿下がいてくれるだけで充分ですので、どうかお気に病まずに」


 情けない両親に代わって、正式の場で謝罪するマンフリードの真摯な態度にイーサンも本音で言葉を返した。


 (この王子様は大分苦労人でいらっしゃる……)


 彼の善良な人柄を瞬時に感じ取ったイーサンは、前のめりに本題へと話題を移した。


「さて、私から殿下にお願いがございます」


 イーサンの一言にボルド王国側の人間に緊張が走る。


「先の書状で書いた通りでございますが、どうか我がハミルトン公爵家の長女マチルダを、我が妹を、是非ともこのボルド王国を統べるマンフリード殿下の妃として、嫁がせて貰えないでしょうか」


 余計な前置きなく、いきなり本題を切り出したイーサンに対して、マンフリードは虚を衝かれたように一瞬言葉を失った。

 しかし、直ぐに気持ちを立て直すと、ストレートな物言いのイーサンに合わせるように、遠慮なく心の内を吐き出した。


「……その件についてですが、なぜ世界にも名高いハミルトン公爵家が、大切なご令嬢の相手としてよりにもよってこの国を選ばれたのですか? この城の事情を知っているのなら、我が国が世界からどう見られているかもお分かりでしょう。わざわざ天下に名高いハミルトン家の価値を下げることはないでしょう」


 マンフリードは、相手の真意を引き出す為、本来なら絶対的に嫌う自国を卑下するような物言いを敢えて使った。

 そして、あくまで自分には結婚相手としての価値がないことを前提として話すマンフリードに、後ろで控えているカイが苦い表情になる。


 世界に名高い公爵家の令嬢を嫁にして欲しいと言われた時点で、他の王族や貴族であれば、圧倒的な権力と後ろ楯が手に入ると手放しで喜ぶ話を、この弱小国の王子は生真面目な性格も相まって、何か裏があるのではないかと慎重に相手の腹を探っている。


 そんな用心深いマンフリードだからこそ、短期間に要塞を築き上げ、不安定なこの国を今日まで支えてこれたのだろう。


 (やはりマチルダの相手は彼しかしない)


 真面目で誠実なマンフリードの人となりを見たイーサンは、心の中で『合格』という文字を浮かべるといよいよ話の核心に触れ始めた。


「実に言いにくいことではあるのですが……」


 イーサンは先程から、隣で気まずそうに俯くマチルダにチラリと視線を送った。

 イーサンのその言葉で、テーブルの下で握られていたマチルダの手がピクリと揺れる。

 相手側に緊張が走るのを感じたマンフリードは、固唾を飲んで次に続く言葉を待った。


「マチルダは幼い頃から人と違った所がありまして、それが原因でヴィゴーレ王国では嫁の貰い手が失くなってしまったのです」


「……はっ?」


 思いも寄らなかった話の内容に、マンフリードから思わず間の抜けたような声が漏れる。

 その脇に立っていたカイとレジーも妙な話の展開に怪訝な表情で互いの顔を合わせた。


「えーと、つまり早い話が、……うん。マチルダ、マンフリード殿下に直接お見せして差し上げなさい」


 説明が面倒だったのかイーサンが手っ取り早くマチルダに指示を送った。


「はい、お兄様」


 イーサンの呼び掛けに、マチルダは淑やかな仕草で静かに椅子から立ち上がった。

 それから何かを探すように周囲を軽く見回すと、庭に飾られていた大きなライオンのオブジェに目を止めた。

 目標物を捉えたマチルダは、オブジェの前まで素早く足を運んだ。

 自分の行動を固唾を飲んで見守っているマンフリード達の視線を感じてマチルダの心の中は緊張と不安で大きく揺れていたが、そんな自分を落ち着かせるためマチルダは一度静かに目を閉じた。

 数秒後、気持ちが整ったマチルダは、遠慮がちにライオンの像にそっと手を回した。


「……ライオンがお好きで?」


 マチルダを目で追っていたカイが、マチルダの奇妙な行動に思わず声を洩らした。


 皆がマチルダの行動に注目している中、マチルダは像に回した両腕に僅かに力を込めた。


「ふんっ!」


 それから淑女らしからぬ声を上げると、地面に埋まっていた像の土台がミシリと地面から剥がれ始めた。


「なっ!?」


 マンフリードやカイ、リジーをはじめ、周りに控えていた使用人達は信じられない光景にあんぐりと口を開いて固まった。


 マチルダは更に力を入れると、まるで畑の野菜を引っこ抜くように、ズボッとライオン像を土台ごと地面から取り出した。

 ライオン像の全体が顕になり、マチルダは己の力をマンフリードに示すため、引っこ抜いたライオン像を自身の頭上までふんぬと、持ち上げて見せた。

 そして、これで良いかと確認するようにチラリとイーサンへと視線を流した。

 マチルダの合図を受け止めたイーサンは、一度唾をごくりと飲み込むと、言葉を失い固まっているマンフリードに向かって、


「マチルダは怪力の持ち主なんです」


 と告げたのだった。


次はマチルダの怪力炸裂回となります。

ここまで読んで頂きありがとうございました。

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