2 すれ違い
「次から次へと一体どうなってるんだ!?」
ルドウィン城の城壁で王子の側近のカイが堪らずに愚痴を溢した。
前回のロック鳥はほんの挨拶と言わんばかりに、今回は次から次に空からの怪鳥の襲撃が続いていた。
また、空以外にも海にはクラーケンが出現し、ここ数日間漁船や貿易船を出すことが出来ず、いよいよ国の食料、貿易にも影響を及ぼし始めていた。
空と海からの災害を目の当たりにし、カイは頭を抱えた。
「嘆いている暇があったら、一匹でも多く魔物を倒せ!」
そんなカイを横からマンフリードが叱責する。
マンフリードは剣を構えると、剣先を空に突き立て、弓部隊に向け空の敵を打ち落とすよう攻撃の合図を送った。
「放て!!」
マンフリードの掛け声に、空の敵に向かって一斉に弓が放たれる。
何本かの弓が命中し、空で飛び回っている怪鳥が一羽また一羽と撃ち落とされていく。
前回のロック鳥程大きさと頑丈さはない今回の空の敵に対し、マンフリードは僅かに安堵のため息を吐いた。
(これなら、何とか城の兵士でも倒すことが出来そうだ)
空の敵への攻撃命令を維持したまま、マンフリードは要塞の遥か下に見える海に視線を送った。
海側ではクラーケンに対してイーサンが指揮するハミルトン騎士団が奮闘していた。
騎士団は船上でクラーケンとギリギリの距離を保ちながら、攻撃を仕掛けていた。
グサリ、と団員の放った槍がクラーケンの片目に突き刺さった。
『ヴォォォッッ!!』
呻き声を上げながら、クラーケンは船ごと真っ二つにしようと堪らずに無我夢中で脚を振り下ろした。
「攻撃!!」
クラーケンの脚が船体に着く直前、イーサンの号令で剣を構えた騎士達が一斉にクラーケンの脚に飛び掛かる。
騎士達の剣の切れ味は鋭く、クラーケンの身体は見事に切り裂かれていった。
騎士達の一矢乱れぬ見事な動きでクラーケンは確実にダメージを受け続けた。
イーサンの的確な指揮と騎士達の素早い動きは、一緒に戦っているボルド国兵士も思わず見入ってしまう程見事なものだった。
「これがハミルトン騎士団か」
ダメージを受け悶絶する強敵であるクラーケンの様子を遠目で確認し、大陸最強と謳われるハミルトン騎士団の強さを目の当たりにしたマンフリードから、思わず感嘆の声が洩れる。
マンフリードが海の戦いに視線を向けていたその時。
マンフリードに向かって弓攻撃から逃れた一匹の怪鳥が猛烈な勢いで突進してきた。
(しまった!)
マンフリードは咄嗟に攻撃をかわそうと剣を構えるが、間に合うはずはなく、これから受けるであろう衝撃に身構えた。
「させません!」
ふいにマンフリードの目の前に小さな人影が立ちはだかった。
「マチルダ!!」
目の前の光景にマンフリードが目を見開く。
マチルダは突進してくる怪鳥の大きなくちばしを真正面から両手でむんずと掴み、力のまま怪鳥の大きな身体を空に持ち上げぐるぐると怪鳥ごと腕を振り回し始めた。
「マンフリード様を傷付けようとするなんて許しません!」
怒りを露にマチルダが両手にぐっと力を入れる。
バキッ、と怪鳥のくちばしが割れる歪な音が聞こえ、固唾を飲んで様子を見守っていたカイが思わず
「ひぇっ」
と怪鳥に対し同情的な声を漏らした。
マチルダはそのまま勢いを付けると、海のクラーケン目掛けて怪鳥を投げ飛ばした。
ゴチィィン----!!
ハミルトン騎士団と奮闘中のクラーケンの頭上に、猛烈な勢いで城から振り落とされた怪鳥がぶつかり、激しい衝突音が海に轟いた。
予期せぬ突然の激しい衝撃に見舞われたクラーケンは目を回し、何が起きたか訳が分からないまま怪鳥と共に海に沈んでいった。
唐突なクラーケンの退場にハミルトン騎士団も呆気に取られる。
「……よし、戦闘終了!」
「お、おおっ……!!」
直ぐに事態を把握したイーサンの勝ちどきの声に、騎士達は我に返ると気を取り直して勝利を喜んだのだった。
かくして、マチルダの登場で魔物の襲撃は割りと早く片付いた。
◇
「いやぁ、さっきのマチルダ様、凄かったですねぇ~」
戦いの後、城内の損傷箇所のチェックを行うマンフリードの後でカイが興奮気味に先程の戦闘を振り返っていた。
「……」
マンフリードはそれには答えず、黙々と城内を見て回る。
カイは相変わらずな真面目っぷり全開のマンフリードを気にすることなく話を続けた。
「マチルダ様はもう我がボルド国には無くてはならぬ存在ですね。戦っている時のマチルダ様は美しく勇猛で、俺にはまるで戦の女神のように見えましたよ。そう、ボルド国の守護神様だ!」
カイは先程のマチルダを思い出し、キラキラと目を輝かせながら、マチルダを崇拝するかのように胸の前で手を合わせた。
「守護神、か……」
カイを尻目にマンフリードはポツリと呟いた。
過去の戦果も相まって、ここ最近の魔物の襲撃を食い止めているのはハミルトン騎士団とマチルダによるものが大きい。
今のカイのように城の兵士達を始め、国民もマチルダをそのような存在として崇め始めている節があった。
しかし、マンフリードとしては自国の戦いに他国の人間を巻き込んでいる事実が正直許せなかった。
これではまるで当初のハミルトン家の申し出通り、マチルダの怪力目的で嫁入りさせようとしているようで。
怪力のせいで何処にも嫁ぎ先がないマチルダを、弱小国ならむしろ怪力ごとマチルダを受け入れるであろうと、イーサンの目論見通りに結局はなっているようで。
(不甲斐ない……っ)
己に惚れているマチルダをいいように利用しているような気がして、マンフリードは行き場のない悔しさにギリっと奥歯を噛み締めた。