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2 マチルダの誕生日会

 

 公爵家の夫人が亡くなった悲しみは続き、屋敷は長い間、暗い雰囲気に包まれていた。


 マチルダが1歳になる頃、この重苦しい雰囲気をなんとか解消しようと、ジョージはもうすぐ1歳を迎えるマチルダの誕生日を、屋敷で盛大に祝うことにした。

 屋敷の人間は久しぶりの明るい話題に、ジョージの思惑通り、徐々に活気を取り戻していった。

 屋敷中が準備で慌ただしくなり始めた頃、5歳になったイーサンが騎士団の練習に混じる兄弟達に、声をかけた。


「マチルダの1歳の誕生日祝いに何を贈る?」


 今までは自分が一番末っ子だったので、下に兄妹が出来たことが何よりもうれしく、イーサンはこの兄弟の中で誰よりもマチルダを可愛がっていた。

 イーサンの質問に7歳の次男のマックスがう~ん、と頭をひねった。


「俺なら頑丈な盾とか、槍が欲しいけど……」


「マチルダは女の子だよ。もっと可愛らしいものとかの方がいいと思うけど」


 マックスの返答にすかさずイーサンが突っ込む。


「うぐっ! じゃあ、アルフレド兄さんなら何をあげる?」


 マックスがアルフレドに話題を振ると、アルフレドは興味が無さそうに、冷たく言い放った。


「マチルダの誕生日なんて、僕にとっては嬉しくもめでたくもないから、プレゼントなんて贈る気にもなれないな」


 アルフレドは首に下げているネックレスをギュッと握り締め、時間の無駄だといわんばかりに再び訓練に戻った。


「……だってさ」


 マックスが肩を竦めてイーサンを見る。


「俺も女の子へのプレゼントなんて何を贈ればいいか分からないから、今回はパスするよ」


 アルフレドの後を追いかけるようにマックスも訓練に戻っていった。


 その場に取り残されたイーサンは兄達に非難の声をあげ、頬をぷくっと膨らませた。


「皆、冷たいな。まぁ、マチルダには僕がついているからいっか」


 イーサンは訓練用の木刀をその場に放り投げると愛しいマチルダの元へと足を向けたのだった。



 ◇



 マチルダの誕生日当日、ハミルトン家は朝から慌ただしく、活気に満ちていた。

 ごく親しい一族だけを招待したものの、由緒あるハミルトン家の親族というだけあって、国でも名の知れた有力な貴族達が、ここハミルトン家に一様に集まることとなり、使用人達の張り切りようも並々ならぬものだった。


 イーサンは本日主役のマチルダの部屋を何時ものように訪れた。


「マチルダ、支度は出来た?」


 乳母であるハミルトン家の侍女長を務めるミリアがまだ言葉を上手く話せないマチルダの代わりに、幼い兄に優しく答えた。


「たった今支度が整いました。イーサン様、可愛らしい妹君をご堪能下さい」


 ミリアは自身が後ろに下がると、ミリアの身体で隠れていたマチルダをイーサンの前に披露した。


 大きな背もたれのある高級な椅子に、ちょこんとピンクの華やかなシフォンのベビードレスを着て座っているマチルダを目にし、イーサンがキラキラと瞳を輝かせた。


「うわぁ、可愛い!! まるでお人形さんのようだよ!!」


「あぅ」


 イーサンの賛辞の言葉を何となく感じ取ったマチルダは、嬉しそうに短く返事をした。


「可愛い!! もうホントに可愛い!!」


「イーサン様、そろそろその辺で……」


 ハアハアと呼吸を荒くし、延々に続きそうなイーサンのマチルダへの賛辞を、やんわりと仕事の出来る侍女、ミリアが制止した。


「後の賛辞はパーティーまで取っておきましょう。イーサン様もお支度がまだのようですので、急がれた方がいいですよ。何せ、今日のマチルダ様のエスコート役ですから」


「……分かった」


 名残惜しそうに、しかし、エスコート役という大役のワードを聞いて、イーサンはマチルダの手をギュッと握ると、ブンブンと上下に振りながら、


「マチルダ、後で迎えに来るからね」


 と優しく言葉をかけると、「支度を急がなければ」と、いそいそと嬉しそうに部屋を後にした。


 一瞬の慌ただしさに、ミリアはやれやれとため息をついた。


「愛されてますね、マチルダ様」


 ミリアがマチルダに笑顔を向けると同時に、再び部屋の扉が開かれた。


「マチルダ~、支度は出来たかな~?」


 いつもの威厳は何処へやら、緩みきった顔をした公爵家の当主、ジョージ・ハミルトンがひょっこりと顔を覗かせた。


 幼いイーサンのように軽く対応出来ない相手の登場に、今から始まるであろう、マチルダへの長い賛辞の予感に、ミリアはぐっと腹を括ったのだった。



 ◇



 昼近くに、マチルダの誕生日会が始まった。

 大広間でのダンスに、ガーデンでの立食会と、パーティーは盛大に執り行われた。一族だけが集っている為、宮廷でのパーティーとは違い、和気あいあいと、とても和やかな雰囲気のもと、パーティーは大いに盛り上がった。


 イーサンからのプレゼントである大きなクマのぬいぐるみを腕に抱え、マチルダはご機嫌な様子で、大広間の豪奢な椅子に、父親であるジョージと肩を並べて座っていた。


 パーティーが始まってから次々と招待客がジョージとマチルダに挨拶を行っていたが、暫く経って、マチルダに疲労が見え始めた頃、ジョージは挨拶の列を止め、余興の掛け声を上げた。


「皆、パーティーを楽しんでいるようで何よりだ。これより、一族の皆に我がハミルトン家が誇る、最強騎士団の鍛練風景をお見せしよう!」


 ジョージの言葉に会場からはおお、と歓喜の声が上がった。


「世界最強騎士団の鍛練風景をみられるなんて、なんて贅沢な」


「娘の結婚相手に相応しい騎士を選別できるかも」


 人々は口々に期待の声を上げ、ジョージの腕に抱かれたマチルダと共に鍛練場へと足を運んだ。


 広大な鍛練場には、鎧を纏った騎士たちが、二人一組となり、剣と盾を手に持ち、打ち合いの稽古を行っていた。


 激しくぶつかる金属音が鍛練場に響き渡る。


 招待客達は、騎士達の力強いぶつかり合いを目の当たりにし、大いに興奮し再び歓喜に沸いた。


 中でも皆の目を引いたのは、騎士団に混じって訓練している、長男のアルフレドと次男のマックスの幼い兄弟の姿だった。


 アルフレド9歳、マックス7歳という幼さではあるが、二人共に将来を期待させるのは充分な腕前を披露していた。


 アルフレドの素早い剣裁きに、パワフルなマックスの一撃。

 兄弟とはいえ、其々で剣には全く異なった特徴が出ていた。


「これは、将来が楽しみなお二人ですな」


「ハミルトン家の次の代も安泰だ」


 

 ジョージは一族の言葉を聞いて、ふっとほくそ笑んだ。マチルダの誕生パーティーで、マチルダのお祝いと同時に、妻が亡くなってもハミルトン家の磐石な体制は揺るがないということを、一族に知らしめようというジョージの思惑が見事に成功したからだ。


 最愛の妻の死は、ジョージにとってもとても辛いものであったが、一方で歴史あるハミルトン家を背負ってる者として、いつまでも屋敷の雰囲気を陰鬱なものにしているわけにもいかなかった。


 本来の目的が完遂されたことで、ジョージはホッとし、腕の中のマチルダに意識を戻す。


「あぅ!」


 マチルダは、騎士団の練習風景を目を輝かせ、夢中で眺めていた。

 そして、兄弟達に向かって手を伸ばし、側に行きたいと必死で合図を出しているように見えた。


「マチルダも騎士に興味があるのか? 流石、ハミルトン家の血を引く者だな」


 ジョージは嬉しそうにマチルダを兄弟のもとへと連れて行った。


「!」


 マチルダが近付いてきたことで、アルフレドは険しい表情になり、打ち合いの手を止めた。


 そんなこととは露知らず、単純で能天気なマックスは手を止めたアルフレドを、自分との打ち合いで疲れてしまったのだと思い、得意気にふふん、と鼻を鳴らした。


「マチルダ、俺の腕前に興奮したか。俺は兄上よりもパワーがあるからな。将来、俺が騎士団のナンバーワンだ!!」


 ワッハッハ、とマックスが剣をブンブンと振り回しながら、豪快に大口で笑った。


「あぅ」


「兄さん達の所に行きたいのか?」


 マックスの高笑いに反応し、マチルダが身体をバタつかせたので、ジョージは芝生の上にそっとマチルダを降ろした。

 よちよち歩きが出来るようになったマチルダは、両手を前に出し、バランスを取りながらマックスのに向かって歩みを進めた。


 それを見たマックスは剣と盾を後ろに置き、片膝をついて両手を広げ、マチルダを受け止める姿勢を作る。

 周囲の者達はその光景を微笑ましく見守っていた。


「来い、マチルダ」


 マックスが呼びかけ、マチルダがマックスの元に到達する直後、人々は信じられない光景を目撃することとなる。


「だー!」


 稽古風景に触発されたマチルダは、自身も目の前の強い兄と稽古をしたくて勇んで歩み寄った。

 兄の胸元まで入り込むと、マチルダは兄の真似をし、剣をなぎ払う素振りで右拳を兄の胸元目掛けて振り払った。


 ドォン――――!!


「ぐふっ!!」


 マックスの身体に強い衝撃が走り、マックスは後ろにそびえ立つ木までキレイに吹っ飛んだ。


「えっ?」


 その場にいたアルフレドとジョージは目の前の光景が信じられず、吹き飛ばされたマックスと、きゃっきゃと手を上げて喜んでいるマチルダを交互に見た。


「えっ? まさか、マチルダがやったのか?」


 ジョージがようやく事態を把握し、間の抜けた声で呟いた。


「――そうだよ。マチルダは凄い力持ちなんだ」


 ジョージの脇から、いつの間にか近くに来ていたイーサンがひょっこりと顔を出し、まるで自分のことのように得意気に答えた。


「……何だって? お前、いつから気付いていた?」


 イーサンにアルフレドが険しい表情で詰めよった。


「マチルダが這い這いする頃位からだよ。マチルダが這い這いの邪魔になる大きな椅子とか、置物とか簡単に片手でどかしたりしてたから、それからこっそり、色んな重いものを用意して、マチルダに持たせたりして試してみたんだ」


 悪びれもなくイーサンは、何でもないことのように、さらりと答えた。


「何で教えてくれなかったんだ?」


 ジョージがイーサンの肩に手を置き、顔を覗き込んだ。


「聞かれなかったから。あと、僕だけ知っている方が面白いと思って」


 ニッコリと笑顔で答えるイーサンに、ジョージはイーサンの腹黒な性分を垣間見た気がした。


「ふ、ふざけるな!!」


 ジョージ達の背後から吹っ飛ばされたマックスが、プライドを傷付けられ、真っ赤な顔でマチルダに向かって、指をさして怒鳴った。


「俺は油断しただけだからな!! ちゃんとやり合ったら絶対に吹っ飛ばされることはないんだからな!!」


 マックスは捨て台詞を吐き、「ちくしょー! 」 と叫びながら、その場を逃げるように去って行った。


 ジョージとイーサンは、同情するようにマックスの後ろ姿を見送っていた。

 一方、アルフレドは、マチルダを鋭い目で睨み付け、剣を持つ拳を握りしめ、ワナワナと震えていた。


(やっぱり、この怪物を産んだせいで、母上は死んでしまったんだ。こいつが、母上の身体の栄養を全て奪って、力に変えたんだ!! じゃなければ、母上があんなに急激に衰える訳がないんだ!!)


 アルフレドのマチルダに対する負の感情は大きくなるばかりであった。




 そのパーティー以降、ジョージはマチルダの今後を心配し、一族にマチルダの怪力の能力は決して他に公言しないよう、一族の長として戒厳令を出した。


 マチルダを取り巻く兄弟達の関係も三者三様で、パーティー以来、次男のマックスは何かにつけてマチルダをライバル視し、事あるごとにマチルダに力比べの勝負を挑むようになり、長男のアルフレドは益々マチルダに対しての当たりがキツくなった。三男のイーサンはそんな兄達からマチルダを守っては、マチルダを独占するように可愛がっていた。



 それから月日は流れ、マチルダ7歳の年に事件は起きた。


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