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7 甘いひととき

 

 ホールに優雅なバイオリンの音色が流れる。


 以前、マンフリードとのダンスレッスンの際に、興奮し気絶してしまったマチルダであったが、今回、それを越えるほどの熱烈で刺激的なアプローチを終始マンフリードから受け続けていたため、マチルダのマンフリード耐性の限界値なるものが、この短時間で鍛え上げられ、ダンス程度の刺激には動じることがない程の精神力をマチルダは手に入れていた。


 二人のファーストダンスが無事に終了する。


 周囲から温かい拍手が送られるとようやくマチルダはホッと安堵の息を吐いた。


~♪


 楽団員達の奏でる音楽が、ロマンチックなものから明るく軽快なワルツへ変わると、主役の二人の踊りを観覧していた参加者達が続々とパートナーと手を取り合い、ダンスの輪に加わっていった。

 それからの会場は、あっという間に華やかなパーティーの雰囲気で満たされた。

 


  ◇



 マンフリードはダンスを終え、僅かに疲労を滲ますマチルダに、気遣うように声をかけた。


「マチルダ、ここは少し暑いから外の風にでも当たろうか」

「は、はい」


 マンフリードに手を引かれ、マチルダは促されるままその後に続いた。

 やがて二人はひっそりとバルコニーへと姿を消した。




  ◇



 バルコニーへと消えてゆく二人を王妃は檀上から静かに見つめていた。



 滅多に人前に姿を現さない王妃の元へ、招待客達がここぞとばかりに挨拶にやって来ていたが、王妃は気もそぞろに素っ気ない態度で来る人々をあしらっていた。

 

(ああ、挨拶がうっとおしい。私は綺麗に着飾ったマチルダを見ていたいのよ! お願いだから邪魔しないで! )


 クールビューティな表情の裏側で、王妃はマチルダのドレス姿に趣味全開で萌えていた。

 そんな王妃の心の中を知らない招待客の面々は王妃の冷たい態度に、トボトボと肩を落としてパーティー会場へと戻っていった。

 


 王妃の正体を知るイーサンは、その様子を遠巻きに眺めていたが、ハミルトン家の代表としての役割を思い出すと、自分を取り囲んでいる令嬢達の輪から外れ、重い腰を上げるように王妃の前へと足を運んだ。


「アネット王妃様に挨拶を申し上げます」


 挨拶にやってきたイーサンの姿に、先日の隠し部屋でのやり取りを思い出した王妃は、露骨に苦々しい表情をイーサンに向けた。

 そんな王妃の反応をある程度予想していたイーサンは、このまま回れ右をしたくなる気持ちを抑え、騎士らしく膝をつき、壇上の王妃に対して恭しく頭を下げると、丁寧に挨拶を述べた。


「マンフリード王子殿下とマチルダの婚約を認めて頂き、ハミルトン家を代表して御礼を申し上げます」

「お城(と私のコレクション部屋)を救ってもらったのだから認めるしかないでしょう。最初にも述べたけど、マチルダにも貴方達ハミルトン騎士団にも本当に心から感謝しています」


 高飛車な態度ながらも、王妃はイーサンへと素直に感謝の気持ちを伝えた。


「騎士として当然の働きをしたまでです」


 王不在の寂しさから歪んだ人形愛を持つ王妃に、若干引き気味に警戒心を抱いていたイーサンであったが、不器用ながらも素直な感情を吐露する王妃の姿に、イーサンは僅かに警戒心を緩めた。


「……ところで貴方、今日の二人の衣装をどう思うかしら?」


 自分の本性を知る数少ない相手を前にし、王妃が我慢できずにイーサンへ衣装の感想を求めてきた。

 突拍子もない王妃の質問に、イーサンは一瞬きょとんとした表情を見せたが、直ぐに今回のマチルダのドレス姿を頭に思い浮かべると、素直な感想を口にした。


「そうですね……。いつもマチルダは淡い色のドレスを好んで着ているので、あのドレスを見た時は驚きました。マンフリード殿下の髪と瞳の色に合わせて作られただけあって、マチルダには大人っぽくて着こなすにはまだ早いのではないかなと思ったのですが、ドレスを着たマチルダを見た瞬間、それは全くの杞憂であったと思い知りました。情熱的な赤を基調としながらもそこに上品なレースの黒を取り入れることで、シックさと妖艶さが上手く重なりあって、マチルダの可愛さの中に隠れていた大人の魅力が見事に引き出されていました」


 思った以上の熱量でドレスとマチルダの感想を語るイーサンに対し、質問した方の王妃の方がやや気圧され気味になりかけたが、何かのスイッチが入ったようにイーサンに負けじと、己の価値観と服に対するこだわりを捲し立て始めた。


「そうなのよ! 婚約するならマンフリードの色を使うべきと思ったのだけれど、貴方のようにマンフリードもマチルダにはまだ大人っぽい色だと中々譲らなくてね。でも、マチルダのように清純そうな子が、赤と黒のゴシック調な色を身に付けるとそこに色気が加わって、ただ可愛いだけじゃなく、小悪魔的な可愛らしさが生まれてくるの!! あのドレスを勧めたのは私よ!」

「成る程! それで今日のマチルダはあんなにも可愛かったのか! 流石アネット王妃。この短期間でマチルダの隠れた魅力に気付くなんて流石です」


 つい先刻まで、王妃の性癖に引き気味のイーサンであったが、ことマチルダの話になると、王妃のドレスうんちくに負けず劣らず、妹への賛辞が止まらなかった。



 クールな王妃の楽しそうな様子を遠巻きで眺めていた周囲の人々は、イーサンの驚異の人たらしっぷりに「流石イーサン様」と舌を巻き、羨望の眼差しを向けていた。




 * * *




 そんな王妃とイーサンのやり取りを知らないマチルダは、バルコニーで夜風に当たり、火照った身体を冷ましていた。

 しかし、先程からマンフリードと繋がれたままの手に、どうしても意識が持っていかれ、マチルダの熱は一向に冷める気配がなかった。


「マチルダ」


 一人悶々とするマチルダを余所に、いつもより僅かに熱を孕んだ様子のマンフリードが、火照るマチルダの頬を優しく指で撫でながら、夜風に当たるマチルダの顔を自分の方へと向けさせた。


「婚約の件、勝手に話を進めてすまなかった」


 自分の頬が熱いのか添えられたマンフリードの手が熱いのかマチルダには分からなかった。

 しかし、真摯な態度で謝るマンフリードに、自然とマチルダの口から言葉が洩れた。


「い、いえ。驚きはしましたけど、私はとても嬉しかったです。今も夢を見ているようで信じられません」


 動揺する自分を必死で抑え、素直に気持ちを伝えるマチルダの姿に、マンフリードの中で愛しい気持ちが次々に溢れ出る。そんな自分の感情を誤魔化すようにマンフリードは言葉を続けた。

 

「マチルダにはもう二回もこの国の危機を救ってもらった。王妃を始め、今や国民の誰もがマチルダを称え、認めている。勿論私もだ」

「……はい」


 マンフリードの言葉にマチルダは胸がいっぱいになり、大きな琥珀色の目にうっすらと涙が滲んだ。


「とても嬉しいです。こんな私でもようやく誰かの、…マンフリード様のお役に立つことが出来たのです。あの時私に戦うことを許してくれたこと、本当に感謝致します。私、これからももっとマンフリード様のお役に立ちたいです」


 感極まったマチルダは、嬉しさに潤んだ瞳でマンフリードを見つめた。


 無自覚にマンフリードを誘惑するその仕草に、マンフリードはくらりと心が揺さぶられ、思わず理性のタガが外れそうになった。


「私はマチルダがそばにいてくれるだけで充分だ」


 マンフリードは必死で理性を抑えると、やたらと自分を煽ってくるマチルダの潤んだ瞳に滲む涙を、さり気なく親指でそっと拭った。

 その後気持ちを落ち着かせると、改めてプロポーズの言葉を口にした。


「どうかこの先、私と一緒にこの国を支えてくれないか?」


 真摯なマンフリードの言葉に、マチルダの目から堪らずポロリと涙が溢れ落ちた。


「……はい、っはい! 私、マンフリード様と一緒にこの国を守っていきたいです!!」


 ブンブンと何度も何度もマチルダは首を縦に振って力一杯な様子で、マンフリードのプロポーズの言葉を受け入れた。


「ふっ」

(やっぱり仔犬みたいだ)


 マチルダの様子を見て、思わず愛らしい仔犬の姿を思い浮かべたマンフリードは、堪らず噴き出すと、それから楽しそうに笑い出した。


(マンフリード様の笑顔、とても眩しいです!)


 目映いばかりのマンフリードの笑顔に、マチルダの胸がキュウと絞られたように甘く疼く。

 その甘苦しさに上手く呼吸が出来ず、マチルダは堪らず目を瞑った。


「可愛いな……」


 自分の一挙手一投足にいちいち感情を揺さぶられるマチルダの姿に、ついにマンフリードの理性が崩される。

 普段なら絶対にしない甘い囁きを口にしながら、マンフリードは引き寄せられるようにゆっくりとマチルダへと顔を近付けた。

 

「えっ?」


 すぐそばにマンフリードの吐息を感じたマチルダは、驚いた様子で閉じていた瞳をパチリと開けた。

 マチルダの視界のすぐ先に、熱に浮かされるように欲を孕んだマンフリードの紅い瞳が映り込む。

 マンフリードの瞳の中に自分の姿を捉えたマチルダは、まるで魔法をかけられたかのようにマンフリードから目を逸らすことができず、固まった。


 マチルダの唇にマンフリードが口付けを落とす。

 初めは軽く触れるように。

 そして直ぐにもう一度、今度は長く。


「ふ……あっ」


 呼吸を止めてマンフリードのされるがままに口付けを受けていたマチルダが、酸素を求めて苦しそうに声を漏らした。


「マチルダ、可愛い」


 そんなマチルダの様子に更にスイッチが入ったマンフリードは、流れるような仕草でマチルダの顎を掬い、上を向かせると、一層深く唇を重ねた。


「んっ……」



 マチルダの人生に於いて、経験したことのない情熱的で刺激的なマンフリードからの口付けに、マチルダの全身に甘い痺れが走る。

 やがて足から力が抜けると、カクンと膝から崩れ落ちた。

 

 気絶する一歩手前のマチルダの身体を受け止めながら、マンフリードは名残惜しそうにマチルダから唇を離した。

 はぁ…と熱い吐息が互いの口元に洩れる。

 ようやく理性の戻ってきたマンフリードが、あまりにも純情なマチルダを前に、困ったような笑顔を浮かべて今後の課題を口にした。


「マチルダ、これからはもう少し私に慣れてくれ。結婚式の夜に気絶されては流石の私も我慢が出来ない。マチルダが慣れるまで私も協力は惜しまないから」

「ふ、ふぁい、すみません。……が、頑張りますっ!」

 

 マンフリードの腕に抱かれ、腰砕け状態のマチルダが、呂律の回らない言葉で返事をすると、マンフリードはマチルダの反応を楽しむように、親指でマチルダの唇を艶かしくなぞった。

 マンフリードの妖しい指の感触に、先程の刺激で敏感になっていたマチルダの身体がふるりと震える。

 自分の腕の中でされるがままのマチルダに、再び理性が振り切れたマンフリードがもう一度深い口付けを落とした。


 チュッ、チュッと何度も角度を変えながら与えられるマンフリードの甘い口付けに、マチルダは先程のマンフリードの言い付けを守ろうと、気絶しそうな意識を必死で繋ぎ止めていた。






 ◆ ◇ ◆





「ロック鳥が一匹倒されたか……」


 ボルド王国の鉱山にて一人の青年が山の下に建つルドウィン城の様子を静かに眺めていた。


 一人の女性の活躍により、ロック鳥が殺られた気配を感じ取った青年は、山に戻ってきたロック鳥二匹に向かって襲撃中止の合図を出した。



 青年はロック鳥を倒した女性のいるルドウィン城を見下ろすと、懐かしそうに女性の名を口にした。


「もう少しだ。待ってろよマチルダ」


 そう言うと青年は日が沈み、暗くなった夜空を見上げた。

 空には大きな満月が顔を出していた。

 青年は金色の瞳に満月を映すと、妖しげな微笑みを口元に浮かべたのだった。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

次作の励みになるので、面白かったら⭐️評価、ブクマもよろしくお願いします(^^)/!!

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