EP1 幼女召喚
学校のチャイムが鳴り、今日の授業が全て終わったことを告げる。町内放送が小学生の下校時刻を知らせていた。
ランドセルを背負った子供たちが、大人に見守られ下校していく。その中には、浮かない顔で歩く少女の姿があった。
「ただいま。お母さん。」
少女が自宅に着いたことを母親に告げる。母親はテレビをぼんやりと眺めていた。
「あら。おかえり、コトハ。」
森雛 言葉。それが彼女の名前だ。小学4年生の綺麗な黒髪の女の子。母親の観ていたニュース番組が、彼女の目に映っていた。
誰かが死んだ。病気が流行している。どこかで争いが起きている。そんな見聞きしていると具合が悪くなってしまうような話題が、生まれて10年も経っていない少女に流れ込んでくる。
「…………。」
コトハはそれを見て一筋涙を流していた。非常に心優しく、真面目な少女だった。そして静かに2階にある自室へと上がっていった。
「コトハ〜?ご飯の時間には
降りてくんのよ〜?」
遠くからコトハの返事が聞こえてきた。コトハの返事を耳に入れながら、母親は激安スーパーの話題になったテレビに前のめりになっていた。
「はぁ……。」
コトハは不幸に襲われる人たちを想い、自分の身内のことのように心を痛め続けていた。普段から真面目に親や先生の言うことを聞き、何も問題のない少女のコトハ。
ひとつ問題があるとすれば、彼女は優しすぎるのだった…。自分に何か出来ることはないのか。人を助けられないのかと常に考えていた。
コンビニの募金箱にはいつもお釣りを募金していた。それでも、彼女はこんなことしか出来ないと心を痛めるばかりであった。
「私には……何も出来ることは
ないのかな……。」
部屋の片隅で膝を抱えながら丸くなるコトハ。
その時だった。彼女の体が急に光輝き始めたのだ…!
「えっ……!?なにこれ……!?」
激しい光に包まれたコトハは、自室から姿を消した…。
…コトハが住む世界とは別の世界。その世界では、ひとりの魔導師が最強の存在を召喚するようにと、魔王に命じられていた。
「うぅ……魔王様ムチャぶりにも
程があるんだよな……。」
「そんなフワッとした注文じゃ、
何呼んだら良いのか分からない
じゃないか……。」
「でも、なんとしても最強の
存在を呼ばなければ、俺は
魔王様に殺される……。」
魔導師はただでさえ青い顔をさらに青くしながら、必死で召喚を試みようとしていた。
「あぁ〜……神様仏様お願いします……。
最強の存在をどうかわたくしめの
前に呼んでください〜……うぅ〜……
お願いしますお願いします……。」
必死に頭を何度も下げながら、魔導師は気弱な声で神に懇願していた。その願いが通じたのかどうか、魔導師の描いた魔法陣の上では激しいエネルギー反応が巻き起こっていた…!
「おぉっ!?こ、こんな反応は
初めてだ!?く、来るぞ!?
最強の存在が来るッ!!」
激しい雷鳴が辺りに弾け、魔導師の視界は白くなった。白い空間は、ゆっくりと薄暗い魔王城の一室に戻っていく。
魔導師の前には小さな女の子が立っていた。
いきなり召喚されたにも関わらず、その少女は目の前にいた魔導師を見ると頭を下げて挨拶してきた。
「こ、こんにちは。私、
森雛 言葉と言います……。」
「こ、こんにちは……。お、俺は
魔道師のドヘターレです……。」
「えーっと……。君は
最強の存在なんですか?」
どう見ても最強とは程遠い容姿のコトハに、魔導師は最後の望みを託しながらそう尋ねた。
「い、いえ違います……。
私はただの小学生です……。
小学校に通っています……。」
「ちが……!?」
その言葉を聞いた魔導師はショックで項垂れた。そんなドへターレの様子を見て、コトハは彼の頭をよしよしと撫で始めた。
「だ、大丈夫ですか……?」
(あ、あっれぇ〜?なにこれぇ?
すんごい気持ちいい〜……!!)
力が湧き、活力に満ち溢れるドヘターレ。次こそは召喚が成功する。そんな予感をビンビン感じていた。
「あ、ごめんね。コトハちゃん。
君のこと間違って呼んじゃった……。
もう帰って良いよ……?」
「あ、あの……。帰って良いと
言われてもどうやって帰れば……。」
「帰りたいな〜……って
思えば帰れるよ?」
「あ、そうなんですか。
教えてくださって
ありがとうございます……。」
コトハは深々とお辞儀をする。それを見て思わずドヘターレもお辞儀をしながら敬語で返してしまう。
「いえいえ、今回は本当に
どうもすみませんでした……。
親御さんにもよろしく
お伝え下さい……。」
「はい……。ドヘターレさんも
お体に気を付けて……。
じゃあ、さようなら……。」
「はい、さようなら〜。」
「……いやぁ、すんごい
良い子だったなぁ……。
あんな子が存在するなんて……。」
そう告げるとコトハは元の世界へ帰っていった。ドヘターレは彼女の振る舞いにとても感動していた。
気を取り直し、ドヘターレは次こそは最強の存在を呼ぼうと張り切っていた。
「あの子に頭を撫でられたら、
力が溢れてもうなんでも
出来そうなパワーに
満ちているんだ……!!」
「今度こそ呼ぶぞ!!
最強の存在を……!!
うおおおおおおおっ!!」
召喚の反応はさらに激しさを増し、激しい轟音と光に包まれ、今度こそ最強の存在を呼び寄せようとしていた…!