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残酷な世界

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 -


 カツンカツンと廊下に足音が響き渡る。グランツ王国王城の暗い廊下に人影が二つ、手を繋ぎ歩いていた。

 黒髪茶眼。赤いラインの目立つ淡白いコートを来た身長百五十程の少女……山寺ミコに、金髪碧眼。スーツのような黒服を身にまとった身長百六十五程の女性……ミケル・スターク。


(ミコ様。……今何をお考えなのでしょう。)


 ミケルは手を繋ぎ隣を歩くミコを横目で見ていた。落ち込んでいるように見えるミコの顔に疲れがあるのは当然として、それだけではない何かも感じられたのだ。思い当たる節は数多く有れど、その心境を正確に把握するなど、流石にミケルでも不可能であった。


(やはり、身に余る経験でしたか……。心労も大きいでしょう。)


「ミケルさん……。」


 目をつむろうとしたミケルを見ずにミコは話しかけた。不安そうでどこか諦めも含まれたような声色は、ミケルがすぐにミコの顔色を伺おうとする程のものだった。


「はい。いかがなさいました?」


「……。」


 足を止めてから一拍開けて返事をしたミケル。その碧色の瞳を見たミコは、途端に開きかけた口を閉じてしまう。


「やっぱり、何でもないです。」


 にへらと無理に笑ったミコはまた歩き始め、それに従いミケルも歩みを再開する。


「……。さようですか。」


 ミケルは何を言うでもなくミコの意思に従った。無理に聞き出す事を躊躇ためらわれたのだ。再び足音が廊下に響き渡る中、ミコはただくちびるをかみしめていた。


(聞けるわけない……。言えるはずがない……。)


 なおも反響する足音がどこか物悲しく聞こえるのはきっと、自身の選んだ道へのどうしようもない後悔が故。

 唇をかみしめた痛みで泣く事をこらえるミコに話しかけようとしたミケル。しかし、開きかけた口を閉じミコのペースに合わせて歩くだけであった。


 --

 -


 ミコの部屋前に到着した二人は足を止めると、ミコが振り返りミケルに向く。


「ミケルさん。今日はありがとうございました。」


 顔に浮かぶ疲れを隠すようににへらと笑うミコは軽く頭を下げる。少し赤くなっている目をミケルは見逃さず、しかし、それに対して何も言わなかった。


「いえ。ミコ様もお疲れでしょう。今日は早くお休みください。」


「……はい。」


 少し不安そうに返事をしたミコはしかし、無理矢理にでも笑顔を作るとミケルに言う。


「おやすみなさい。ミケルさん。」


 ガチャりと扉を開け入って行こうとするミコ。その時、ミケルはずっと閉じていた口をようやく開いた。


「ミコ様。私はミコ様の護衛でもありますが、主とするのは世話役です。残念ながら信用してくださいと言えるほどの実力も、その悩みを受け止めきれるほどの度量も不確かなものです。ただ確かなのは……私は何があってもミコ様の世話役であり、この世界で一番近くに居続ける存在である事。すなわち味方です。その事だけはお忘れなきようお願い致します。」


 扉を押し開く途中であったミコは、ミケルの発言に目を見開くとあふれ出そうになる涙をこらえるために奥歯を噛みしめる。


 ---そういう時は泣くのじゃ。ミケルが抱き締めてくれるじゃろう。理解しようとしてくれるじゃろう。思いを抱え込まぬようにな。


 ミコの頭を過るは先日グランツ王より言われた言葉。自らの後ろにいる人物がどれほど自分の支えになるのか教えてくれた言葉。ミコはすぐに言ってしまいたい思いに駆られる。


「はぃ……。」


 しかし、ミコは震える声で短く返事をしただけであった。そっと扉を閉じたミコを見送ったミケルは、ミコの部屋前からだいぶ離れた後に目をつむり軽くため息を吐く。


(あとは……。)


 その碧色へきしょくの瞳で見据えるは暗い廊下の奥。今度は大きなため息を吐き出し足早に歩き始めるミケル。カツンカツンと廊下に反響する足音は心なしか、気だるそうに聞こえた。


(ミケルさん……行った、かな。)


 扉に寄りかかり口を抑えていたミコは、泣き出しそうなのをこらえながら下手な深呼吸をする。


 ---それは毒じゃ。積もれば積もる程主を苦しめる。ええの?辛い時は泣くのじゃ。きっとミケルが助けてくれるじゃろう。

 ---私は何があってもミコ様の世話役であり、この世界で一番近くに居続ける存在である事。すなわち味方です。その事だけはお忘れなきようお願い致します。


 先程からグランツ王の言葉とミケルの言葉が何度も頭を過る。耐えきれずその場でしゃがみこむミコは、ひっくひっくとしゃくりあげながら静かに泣き始めた。

 先程、ミケルへ聞こうとしたものが頭を過る。それは周囲の期待の目を裏切り、自身の存在意義を消してしまいかねないもの。口にしてはならないそれをミコは言いかけたのだ。


(言えるはずがないんだ……!これだけは……。絶対に!)


 暗い部屋の中、小さくなって泣くミコのその姿は皮肉な事に、この世界に来る前と酷似していた。


 --

 -


 王の執務室。その最奥の椅子には当然王が座っていた。王冠を被り、真っ赤なマントで身を包む身長百九十程の白髪の老人……グランツ・モーゼル。正面の扉を睨みつけるその鋭い瞳には威厳があり、部屋の雰囲気を普段の何倍も重くしていた。


 コンコンと扉が叩かれる。異様なほど室内によく響くそれは、グランツ王にその時を知らせる。


「入れ。」


 固く閉ざされた口がようやく開かれる。発せられた言葉は酷く短く、しかし簡潔であった。


「失礼致します。」


 静かな声が扉の奥から発せられる。ギギィとゆっくり開く扉。徐々に見え来るは入室する者の姿。

 黒髪赤眼。青白い肌が品良く見える執事服のような黒服を身にまとう男性……リン・グレラット。

 橙色の瞳に褐色の肌。丸太の様に太い筋肉が全身をおおう大柄の男性……スコット・ナーガ。

 全身を覆う黒布から緑色の瞳だけが覗く、忍者の様な成りをした細身の男性……ビリド・スタッカー。

 王の右腕であるリンを先頭に、精鋭第一・第二部隊長のスコットとビリドが後から続く形で入室する。重苦しい雰囲気の中、ガチャンと静かに閉まったはずの扉の音が異様に響く。


「「我が君。ただいま戻りました。」」


 スコットとビリドが口をそろえて床にひざをつく中、リンは定位置であるグランツ王から机をはさんで斜め前に移動し振り返る。


「……うむ。ご苦労。無事で何よりじゃ。まずは'楽にしろ'。」


 グランツ王の一言。それを聞いたスコットとビリドは体の傷がえて行くのを感じる。軽くなった体と心。それは任務より帰ってきた二人へグランツ王からの最初の褒美であった。


「感謝する。」「……ありがたき幸せ。」


 感謝をはっきりと口にするスコットと、ボソリと呟くようにいうビリド。明らかに普段と様子の違うビリドにグランツ王は気づいていたが、あえて触れずにずっと気になっていた事を顔を上げた二人にたずねる。


「して、五代目の英雄……ひよっこと世話役は何をしておるのじゃ?」


 そう、皆がそろうこの場でグランツ王は誰よりも先にミコに用があった。それは面倒くさがりなグランツ王が、王冠を被り赤いマントを羽織って待つほどのことであった。しかし、その時になったというのに肝心のミコが居ないのだ。当然、出鼻をくじかれた思いであった。

 顔を伏せたビリドを横目で見たスコットは、一拍開けてから声を発する。


此度こたびの件、やはりヤマデラ殿の身に余る負荷が伴うものであった。本人は何でもないように振る舞うが、心身の疲労は誰の目にも明ら」


「長い。つまり?」


「ヤマデラ殿は疲れて部屋に戻られた。」


「……ふむ。」


 端的にまとめられたそれを残念そうに聞いたグランツ王は、頭の王冠に手を伸ばした。


「やめじゃやめ!!」


 被っていた王冠と身にまとっていた赤いマントを放り捨てるグランツ王。'空間移動'を駆使して放り捨てられたそれらを回収するリンを他所にグランツ王は足を組み、腕置きに肘を立て頬杖をつく。


「やはりひよっこにはちときつかったのかの。」


 背後にてリンが投げ捨てられた王冠とマントを片付ける中、ぐっと奥歯を噛みしめるスコットは、右手を固く握り締めながら悔しそうに口を開く。


「……俺が油断したがために、二度もビリドに殺されかけた。」


 震えるスコットの右手は不甲斐ない自身に対する怒りの現れであった。ビリドの手の内など自分が一番理解しているはずなのにこの様である。国を代表する部隊の隊長などと立つ瀬がなかった。


「ふむ。それは王命を二度も破ろうとしたという事でいいんじゃな?」


 重苦しいグランツ王の言葉。そう、スコットの発言は王命に背いた自身の行動の告白でもあったのだ。


「……破ろうとしたのではない。……俺は破ったのだ。」


 奥歯を噛みしめるスコットは、「くっ」と笑いを我慢するような声を聞いてはそっと顔を上げる。その橙色の瞳に、ニヤニヤと笑うグランツ王が映ると途端に肩の力が拔ける。


「……我が君も人が悪い。」


「くく、とがめなど出来んよ。わしも主の立場ならば悩む。そして、主はわしより優しかった。それだけじゃ。」


「そんな事は……。……いや、助かる。」


 グランツ王の思いを素直に受け止めたスコットは再び頭を下げる。その目は若干であるがうるんでいた。もちろんその様な顔を王に見せるわけには行かない。しばしの間スコットが顔を上げる事はなかった。


(主のことじゃ。……どうせ自分で自分に罰を与えるのじゃろう?それも常人には耐え難い罰を、の。)


 呆れまで含まれたため息を吐くグランツ王は、視線をスコットからやけに大人しいビリドに向ける。


「して、どうじゃった?ビリド。二度も好機がありながら逃すとは、今の態度含め主らしくない。」


 ニヤニヤと嬉しそうに笑うグランツ王は、先程から黙っているビリドへ向けて口を開く。ビリドは緑色の目を不機嫌そうに細めたまま言い訳を並べるかのようにしゃべりだす。


「……。別に、殺さなかったのは、英雄あれに可能性を見出したからなんかじゃない。……これ、報告書。読めば英雄あれのヤバさが分かるよ。普段の僕なら絶対に殺すようなものさ。」


 ビリドが懐から取り出すは封に包まれた紙。グランツ王がそれを開くと、三枚の紙に渡ってミコのスキルの詳細や、起こり得る事故からその危険度、更には緊急時にミコが取るであろうとされる行動から思考回路まで。いかにミコが不安定で危うい存在かびっしりとまとめられていた。


「魔力無限で全属適性。おまけに何十と出せる爆発する物理無効の兵士つき。英雄あれの力は強大なんて言葉で片付けられるほど可愛いものじゃない。脆弱ぜいじゃくな肉体に不安定な精神。幼いが故、戦闘に慣れないが故の思考回路。どこをとっても暴走する可能性が極めて高いのは明白。正直、一秒でも早く息の根を止めたいくらいさ。」


「ふむ……。」


 手元にあるビリドの用意した資料に目を通しながらうなってしまうグランツ王。今まで数多くの魔族と相対し、実力者の首を数え切れないほど刈っているビリドがこれ程まで危険視しているのである。ミコの危うさを理解しない者はこの場に居なかった。


「じゃが、疑問じゃ。そこまで危険とするのになぜ殺さなんじゃ?主が情に動くやつとは思えん。」


「……僕にだって情で動く時があるさ。」


 ぷいっとそっぽを向いたビリドはわずかに気落ちしていた。


「だから王命を全う出来なかったのは僕の……。」


 一度、唇を噛みしめたビリドは少しの葛藤かっとうの後、言いづらそうに口を開く。


「僕の……落ち度さ。」


「……ほ。」


 ビリドが自身の失敗を認めて頭を下げるという、あまりの珍しさに目を丸めてしまうグランツ王。


「……。そういう事だから。処罰は勝手に決めて。報告する事は全部そこに書いてる。後は……スコットにでも聞いて。」


 スッと音もなく立ち上がったビリドは、グランツ王に背を向けると静かに扉から出て行った。しばらくの間、沈黙が続くと目を丸めたまんまのグランツ王がようやく口を開く。


「わしは夢でも見ているのかの?」


「ご安心ください。現実のようです。」


 自身の手で頬をつねり痛みを感じたリンは、すぐさまグランツ王へ報告する。


「ぅ、うむ……。」


 納得が行かないと言わんばかりに眉をひそめるグランツ王。その手で自身の頬をつねると当然痛い。


「……ぅむぅ。」


 納得がいかないと言わんばかりのため息が室内に響く。それは、ビリドの態度がいかに普段と異なっているのかをありありと示していた。


「……はぁ。」


 ガチャリと王の執務室から出たビリドは、その緑色の瞳を丁度訪れたミケルへと向ける。


「やぁ!世話役さん。……英雄あれからそんなに離れて大丈夫なのかい?これから自由だけど……僕。」


 ヘラっと笑うビリドを見てミケルは軽く黙礼するだけで、そのまま横を通り過ぎてしまった。


「はは、人気者だねぇ。僕は。ま、いいさ。その感情が一番醜くて、一番好きだからね。」


 全身を黒く染める中、ビリドはそのように軽口を叩いて見せた。


「世話役として……感謝はしております。」


「……は?」


 思っていた反応と違い、体が黒く染まり行くビリドは短く聞き返した。暗い廊下でその緑色の瞳がわずかな怒りに染まっていた。


「死線を踏む恐怖から学ぶ事は多いものです。……この世界の嫌な面にこれほど早く触れたミコ様はきっと、素晴らしい英雄となるでしょう。」


 ミケルはそれだけを言い残すと、コンコンと扉を叩き王の執務室へと入って行った。


「……は。」


 あとに残されたビリドは、その緑色の瞳を怒りではない何か別な感情で染める。執務室前の廊下から緑色の瞳が消えて行く。


「つまんないの……。」


 ぼそりと、声を残して。


 --

 -


「失礼致します。」


 王の執務室へ入ったミケルは、王の目を受けて即座にその場で膝をつく。


「我が君。私の勝手な判断で英雄様をお部屋へお連れしてしまい申しわ」


「よい。その勝手な判断が主の仕事じゃ。」


 早速面倒くさいと言わんばかりに手をひらひらと振るグランツ王。


「……ですが。」


「わしはひよっこの支援に全力でかかれと命じたはずじゃ。ひよっこのための判断じゃ。それをわしが指摘するほど理不尽な事はないじゃろうて。それとも、謝らねばならぬ程わしは怖いかの?」


「……。お答えしかねます。」


「正直でよろしい!くっはははっっ!!!」


 リンからの視線が痛いのか、ミケルはそろぉっと目を流してしまう。そんなミケルに笑ってしまうグランツ王はしばらくして口を開く。


「確かにひよっこには用があった。王としての。……じゃが、もうよい。今はそんな気になれんのじゃ。」


「……?」


 ビリドの出した報告書を見ながらグランツ王はため息を吐いた。ミケルはその姿を怪訝に思いながらも、グランツ王の視線がスコットへ向かったのを見ると静かに頭を下げた。


「さて、スコット。ビリドはひよっこを危険と、この紙いっぱいに訴えてきよる。……主はどうじゃ?」


 スコットの返事を今か今かと待っているグランツ王。しかし、スコットは頭を下げたまま顔を上げなかった。

 目をつむり口をつぐむスコットの頭を過るは、額を貫かれ脱力した少女の姿。いつの間にか出現した何体もの光り輝く兵士。馬車の揺れに身を任せ呆然としていた少女の姿。国中に広がった無限の魔力をうなずかせる広域魔法。ミケルと手を繋ぎ暗い廊下を歩いて行く小さな背中。そしてビリドの見解。


 同情と事実の間で揺れていたスコットは、一拍、その重い口を開き始めた。


「暴走しても危険性は低いと思っている。確かにヤマデラ殿の力は異常だ。……だが優しさを感じる。それは俺だけじゃなく、民衆も、我が君も感じたはずだ。……あの力が牙となり襲い来るとは。……人を殺めるような力には……思えない。」


 危険性を知ってるはずのスコットが答えるそれは評価ではなく、そうであって欲しいという願いに近かった。だが、精鋭第一・第二の部隊長から危険と判断された少女の始末など想像に難くない。願いでもなんでもそう言うしかないのである。


「わしもそう思いたい。……すまんのスコット。質問を変えるのじゃが……ひよっこの無限の魔力に何体でも出せる光の兵士。……主はこれをどう評価する。」


「……。危険性は……」


 既にすみへ追いやられてるスコットを更に追い詰めるが如くグランツ王が変えた質問。それはスコットが一番聞かれたくないものであり、グランツ王が一番したくない質問であった。


(分かりきったこの質問になんの意味があろうか。ただ、ほんの少し、その判断をするのに'仕方ない'と割り切れるものが欲しいだけじゃろうに……。)


 下唇を噛むスコットを見ながらグランツ王は自身の弱さを恨む。王たる者が、それがなければ子供一人処分する事を躊躇ためらってしまうのだ。


(ない、そう言えたのならどれほどの苦しみから逃れる事が出来ようか……!)


 口を開いては声を出さずに噛みしめるスコット。兵士の爆発がどれほどの威力か身を持って理解しているが故に、それが十も出せると知った時に少しでも厳しいと思ったが故に。その危険性は誰が見ても明らかなものであった。


「ひよっこが出す兵士の増え方は今の所天井知らず。今出せる全ての兵士の進撃による人的被害は軽く百を超えるそうじゃ。それに暴走したひよっこを含めると、未知数。分かるの?スコット。」


 グランツ王は報告書を机上に投げ捨てるように置き、背もたれに寄りかかる。重いため息がその紙に書いてある報告の重大さを語る。脱力した体とは反対に、怒り握りしめる拳は今にも机を叩いてしまいそうであった。

 ギリッとスコットが歯ぎしりをするとその音が執務室に響き渡る。擁護ようごのしようがなかった。何も言えずにいるスコットを前にグランツ王は握った拳をゆるめ、大きなため息を吐いた。


「残念な事にわしは王。この国を守り導く義務がある。感情のまま動きたいがそれも出来ん。」


 立ち上がったグランツ王は、台座に置かれた王冠を手に取った。


「わしはひよっこに言った。この世界が、周りの大人が主の親代わりじゃと。生まれて数日で親に殺される子があろうか。……酷い話じゃ。」


 王冠を静かに台座へ戻したグランツ王はスコットとミケルへ向けて口を開く。


「皆、疲れておるじゃろう。今日のところはゆっくり休め。ひよっこについては後日、またゆっくり話すとしよう。」


「……失礼。」


 グランツ王の言葉にうなずくスコット。この場で即決じゃないだけまだマシだと思いこの場を離れようとした。それは諦めからではない。少しでも多くミコが生きる事のできる可能性を模索するためだった。それなのにミケルは頭を下げたまま動かなかった。


「ミケル・スターク。いかがなさいました?」


 赤い瞳を細めたリン。王が下がれと言っているにも関わらず、一言も発さず、ただ頭を下げたまま動かないミケルが何を考えているのか不明であったためだ。


「……いえ。失礼致しました。」


 何事もなかったかのようにグランツ王に軽く頭を下げるミケル。軽くため息を吐いたスコットも黙礼すると、二人は王の執務室より退出する。


「……はぁ。」


 二人を見送ったグランツ王は重苦しいため息を吐くと、ビリドの用意した報告書を見る。


「しかし、帝国……。やはり魔物を作っておったか。」


 ビリドの用意した三枚の紙。ピラリとめくるとそこにはもう二枚の紙があった。一枚には四つ角に丸いマークが記された帝国の地図。もう一枚には細かな説明がびっしりと書かれていた。


「帝国の地図と四つ角に丸印。……そこに魔物を作る施設があると?ビリド様は一体どこからこの様な情報を……。」


 偵察からの報告にもないそれをビリドは掴んだのだ。リンも思わず感嘆の声をもらしてしまう。


「さぁの。とにかく、奴の情報が間違った事はない。……事実だろうの。どれもこれも。」


 大きくため息を吐いてしまうグランツ王は、ギシッと背もたれに身を任せ天井を向く。


「どうするかの。……これ以上犠牲が増える前になんとかしたいのじゃが。」


 グランツ王がちらりとリンを見ると、リンはぷぃと目線をそらす。


「なぜそらす。」


「いえ。」


 ジトッとしたグランツ王の目に、口をつぐんでしまうリン。


「ま、主は一応非戦闘員じゃしの。そんな事はさせんわい。」


 カラカラと笑うグランツ王はため息を吐くと少し考える。


「とりあえず、偵察に連絡を入れておいてくれ。この丸の場所で一体何が行われているのか。」


「承知致しました。他に伝えておく事は何か」


「いい。」


「失礼致します。」


 綺麗な礼をしたリン、ビリドの資料を持たずに王の執務室から出て行ってしまう。そこから分かるのは、報告書の内容を既に覚えたのだろうということ。


「主が本気を出せば……暴走したひよっこを止めるのなんて訳ないじゃろうに。」


 呆れて思わず口にしてしまったグランツ王。しかしそれは意味のないこと。たとえ英雄を止めれたとしても、被害が出てしまった後ではそれ以上の被害を止めたに過ぎないのだから。英雄の暴走が生み出す第一の被害がどれほどのものか、想像すらしたくないのだ。


「まったく。ひよっこに、もう一人の転移者。それに加え帝国の疑惑ときた。」


 立ち上がるグランツ王は、最後に窓の外を見てため息を吐いた。


「今年、わしはきっと死ぬんじゃろうの。」


 一度目を閉じたグランツ王は隣の寝室につながる扉を開くと、王の執務室の明かりを消した。


「その前にハゲるのが先じゃの。」


 苦笑とともに扉は閉められ、王の執務室に残る者はいなくなくった。

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