一番仲良し
「へー、クリストファー様と会ったのね」
クリストファーと初めて対面した次の日、久しぶりにキャリーと一緒の仕事をすることになった。庭で洗濯物を干しながら、クリストファーと食事をしたことを話すと、キャリーが笑いながら口を開いた。
「カッコよかったでしょ」
「はい。本当にものすごく美形ですね」
「恋しちゃった?」
「まさか」
キャリーの問いかけに思わず吹き出したが、キャリーは真面目な顔で言葉を返してきた。
「メイド達の中には、何人か本気で恋してる子がいるのよ」
「へぇ……」
あの顔なら納得だな、と考えていると、キャリーが洗濯物を手に取りながら言葉を重ねた。
「顔も良くて、真面目で、優しくて、しかも頭もいいから、本当にスゴいのよね。学園でも優秀な成績を修めているんだって」
「なんというか……完璧超人って感じですね」
「それがそうとも言えないのよねー」
「え?」
レベッカが首をかしげると、キャリーがヒソヒソと声を出した。
「あのね、クリストファー様は魔法が苦手なの」
顔が良く、頭も良く、性格もいいクリストファーの唯一の欠点、それは魔力の低さらしい。
「平民に毛が生えた程度の魔力しかないんだって」
「それはお気の毒に……」
「だからこそ、顔も良くて真面目な有力貴族なのに、婚約者がいないらしいのよね。まあもっとも、結婚の話が出ないのはお嬢様の呪いの件が大きいのかもしれないけど」
呪い、という言葉に、レベッカは下を向く。クリストファーが別れ際にウェンディへと言っていた言葉を思い出した。
『絶対に、約束は守るよ。ウェンディの呪いは――僕が必ず解いてみせるから』
あの言葉は、本当なのだろうか。
もしも、お嬢様の呪いが解けるのなら、それは――
「レベッカ?どうしたの?」
突然黙りこんだレベッカに、キャリーが不思議そうな顔をして声をかける。レベッカは慌てて誤魔化すように声を出した。
「いえ。何でもありません」
そう答えながら、洗濯かごを持ち上げる。
「キャリーさんは、これから台所で仕事ですか」
「うん。ジャガイモの皮むき。レベッカは掃除?」
「はい。お嬢様のお部屋の……終わったら、そちらを手伝いますね」
「助かるわぁ。今日は他にも仕事がいっぱいあるのよねー」
キャリーと会話しながら庭を歩いて屋敷に入ろうとしたその時、
「――ん?」
誰かの強い視線を感じた。眉をひそめながら、その場で立ち止まり、上を見上げる。そして、驚きで目を見開いた。ウェンディが部屋の窓から、じっとこちらを見つめていた。
「あ……」
レベッカと目が合ったウェンディは、慌てたように窓から離れる。
「……?」
その様子に首をかしげていると、キャリーが声をかけてきた。
「レベッカ、どうしたの?」
「あ……、すみません、今行きます!」
そう答えながら、窓から視線を外し、キャリーの元へと走った。
「失礼します」
キャリーと別れた後、掃除のために、ウェンディの部屋に入る。ウェンディはソファの上で膝を抱えるように座っていた。
「お嬢様、お掃除をしますね」
「……ん」
声をかけると、ウェンディは小さく短い返事を返してきた。
その様子が気になり、レベッカは掃除をしながらも、ウェンディへ、チラチラと視線を向けた。なんだか、今日のウェンディは元気がない。どことなくぼんやりとしていて、表情が暗い気がする。いつもはレベッカが部屋に入ってきたら、嬉しそうに駆け寄ってくるのに、今日は話しかけてもこない。
「あの、お嬢様、どうかされましたか?お身体の調子が悪いのですか?」
心配になってそう声をかけたら、ウェンディがハッとして、直後に顔をしかめた。そして、突然ソファから降りて、立ち上がった。
「……お嬢様?」
フラフラと歩いてきて、レベッカのエプロンを小さな手で掴む。
「どうされたんですか?」
レベッカはしゃがんでウェンディと視線を合わせようとするが、ウェンディはレベッカから目をそらし、なぜかモジモジし始めた。
「あの、ね……」
「はい?」
「さっき、おにわで、ベッカがおはなし、していたひと……」
「お庭……あ、キャリーさんでしょうか?」
やはり、さきほど、庭でレベッカがキャリーと会話をしていたのを見ていたらしい。
「それが、どうかされましたか?」
「……あのひとは、ベッカのおともだち?」
「……えーと、まあ、そうですね……同僚で元ルームメイトだった方なので……」
首をかしげながらそう答えると、ウェンディが不安そうな声を出した。
「……ベッカの、なかよしの、ひと?」
「……」
ウェンディはまるで迷子になったような心細そうな表情をしていた。レベッカは首をかしげながら口を開く。
「……えっと、ですね。よくお話しする、仕事仲間です」
「……そ、そう」
ウェンディがショックを受けたような顔をした。今にも泣きそうな表情だ。
レベッカはその表情に一瞬驚いたが、少し考えた後、ウェンディを安心させるように優しく微笑み、口を開いた。
「えーと……、でもですね……、今のところ、私が、一番お話しして、一番仲良くしていただいてるのは、……ウェンディ様だと思います」
その言葉に、ウェンディが一瞬ポカンとした後、唇を震わせ、顔を真っ赤にした。そして、
「そ、そう」
短くそう答えて、レベッカのエプロンから手を離す。
「それなら、いいわ」
そして、またソファへと戻り、赤い顔を隠すように本を広げた。
「――はやく、そうじをして」
誤魔化すように、そう命じる。レベッカは笑いながら、
「かしこまりました」
と返事をして掃除を再開した。
ソファの上では、本で顔を隠したウェンディが、
「んふ、んふふ」
上機嫌になった様子で、小さく笑っていた。
気がつけば、季節が移り変わり、レベッカがウェンディの世話係になってから随分と時間が過ぎた。
「ベッカ」
「はい、お嬢様」
名前を呼ばれて、振り向く。ウェンディが楽しそうに本を差し出してきた。
「おにいさまからのあたらしいほんよ。よむ?」
「ありがとうございます。どんな内容ですか?」
「えーと、おんなのこがしゅじんこうでね、ドラゴンとたたかうおはなし」
「戦闘ものですか、珍しいですね」
その頃には、ウェンディから本を借りて、仕事が終わったらそれを読んで、感想を言い合うのが一番の楽しみとなっていた。
本を受け取った時、ウェンディが思い出したように声を出した。
「あのね、おにいさまが、もうすぐ、かえってくるんだって」
「あ、学園が、長期休暇に入るんですか?」
「うん」
「それは楽しみですね」
ウェンディが嬉しそうに頷いた。
「また、おしょくじ、したいの。ベッカもいれて、さんにんで」
ウェンディの提案に、レベッカは頷いた。
「クリストファー様からお許しをいただいたら、ぜひ」
その答えに、ウェンディが喜びを隠しきれないように、小さく笑いながら顔の前で手を合わせた。
「たのしみ」




