opening
これは、名も無き剣士の物語である。
ピシャリ。
一滴の冷たい雨の雫が頬に落ちて弾けた。男は暫く薄暗い分厚い雲で覆われた空を見上げたままだった。
雨が小雨から土砂降りに変わる頃、男は傷だらけの青銅の鎧に包まれた大きな身体に力を込めて立ち上がった。仰向けに倒れていた地面のすぐ側には、鞘に刺さった立派な剣と、表情も隠れるほど全面の覆われた兜が転がっていた。男はそれらを拾い上げ、辺りを見渡した。沈みかけの太陽の方角には雪に覆われた山脈、その反対側は見渡す限りの草原が広がり、地平線の彼方には森が見える。
「一体、俺は誰なんだ。」
男は自身の名、過去の記憶すら忘れていた。剣を鞘から出し雨空に掲げる。目に入る雫を拭いながら剣身の根元に目をやる。
ータレス帝国ー
記憶の無い彼だが、文字は頭の中に入ってきた。何故読めたのかは特に気にもならなかった。
「タレス...帝国。」
男には勿論何処の国なのか検討もつかない。剣を鞘に仕舞うと、もう一度辺りを見渡した。想像もつかないほど高い山脈を見上げると、踵を返し草原の果てにある森に向かって歩き始めた。
ー長い旅になりそうだ。
次回から本格的にスタートします。