03.姉、トレーニングを開始する
ボクササイズコースを見学に行ったはずが、興味を示しておだてられ、いつの間にか姉はアマチュアデビューを目指して本格的なトレーニングを始めることになった。
一般に、体重を絞って階級を落とした方が勝率は高くなるとされている。
姉のベスト体重は2つの階級の境界域にあり、通常なら階級を下げるところなのであるが。
「どうしよっかなー。階級下げる減量ってキツそうだしなー」
入門3日目なのでそろそろ飽き始めるころかと思っていたのだが、姉は予想外にやる気を継続させていた。
姉がボクシングを本格的に始めると聞いて、父は卒倒しそうなくらい驚いたものの、一時間ほどでなんとかリカバリーした。
「私がボクシングをすることに反対?」
「反対……というか、娘が人に殴られたりするのを喜ぶ親はあまりいないと思うよ」
「そっかー。まあ、そうだよね」
と、姉は神妙にうなずいた。
「でも大丈夫。多分、わたしは打たれないから」
「その自信に何か根拠はあるのかい?」
「動体視力がすごくいいんだって! 今までの男女選手全員の中で、もしかしたら一番かもって」
「ほう……」
うーん。さすがにそれは、どうなんだろう。
姉の興味を持続させてレッスン料を取り続けるための、お世辞も交じっているんじゃないだろうか。
「そういえば、お前が小さいときにお母さんが詳細な性能テストをしていたから、見せてもらったら参考になるんじゃないのかな」
「性能テスト?」
「そう。この子の将来性を見極めて、得意な資質を伸ばして苦手を克服させるって張り切って」
「あー、あれか」
姉は微妙な表情をしてみせた。
「実験動物の観察日誌みたいなファイルでしょ? 股下何センチ、歩幅何センチ、平均歩行速度」
そんなものがあったんだ。知らなかった……。
僕の分はあるんだろうか。
「ああ……。お前の時にはお母さん、ちょっと反省してね。科学的データみたいなものとは、違う記録をつけていたみたいだけど」
「わたし、それ見たことあるよ。大学のカリキュラム表みたいなものと、タスク管理シートみたいなチェック表のやつでしょう?」
そうだったのか。どうやら初期状態の僕は綿密な育成計画に従ってプログラムでも組むように育てられていたらしい。
父が書斎に移動すると、姉は腕立て伏せと腹筋とスクワットと、その他いろいろな運動を開始した。
「あんたもボクシング始めてみたらどう? 少しはモテるかもよ?」
と姉に言われたが、
結構です。
と、即答した。
このあと、姉はどんどんその謎の性能を開花させ、果てしなく調子に乗っていくのであった。