02.姉、ボクシングジムの門をたたく
姉は手あたり次第いろいろなダイエット方法を検索して、それを少しずつかじっては投げ捨てた。
一つ一つのダイエットは長く続かなかったものの、絶えず何かを試しているために少しずつやせた。
姉は「ちょっと」と言っていたが、実は今年度に入ってベスト体重から10キロは確実に太っていた。
元来太り続けることには向いていない体質の持ち主だったから、そのままどんどん体重を増やし続けていたら、もしかしたら将来的には糖尿病を発症していたかもしれない。
ゴールデンウィークの間に急激に太ったぶんの5キログラムほどは、5月末までには落ちていた。
糖分入りの清涼飲料水を控えて水道水に変え、北大への通学を地下鉄から自転車に変えた。
朝バナナダイエットを始めると言い出して毎朝4本のバナナを平らげては4日目には飽きてやめた。
プルプルソニックという何かのパチモンみたいな腹筋ベルトを大学の友人からもらい受けたものの、これも3日で飽きた。
ウェルネスの無料体験に申し込んでみて「ちょっと考えてみます」と言って帰ってきた姉は、また小ずるいことを思いついた。
「こういう無料体験レッスンを渡り歩いていけば、タダでちょっとずつやせられるよね!」
ホットヨガ、無料体験
「ちょっと考えてみます」
カービーダンス 無料体験
「ちょっと考えてみます」
クラーク・スポーツクラブ 無料体験
「ちょっと考えてみます」
こうして姉はさらに1週間で1キロの体重を落とたものの、残りはなかなか減らなかった。
母に作らせた豆腐とちりめんじゃことレタスのサラダをもっしゃもっしゃと食べながら、姉はホットペッパービューティーを行儀悪く広げ、食卓テーブルに小魚の死骸をばらまいていた。
6月の末になっても漂泊を続けていた姉は、やがて一軒の老舗ボクシングジムに流れ着いた。
阿刀田ボクシングジム。
かつてアリョーシャ槇原やキム・スンフンなどの有名選手を輩出したこともある北の名門なのだと、姉は今日ききかじったばかりの受け売りの知識をなぜか自慢そうに母に話した。
母はさして関心がなさそうにそれを聞いていたが、
「……ボクササイズコースじゃなかったの?」
と、文庫本を読む手を止めて姉に尋ねた。
「サンドバッグよりどうせなら人を殴ってみたいと思ったからスパーリング体験をさせてもらったんだけど、君には光るセンスと才能があるって言われたんだよねー」
人を殴ってみたかった……。もはや言ってることが犯罪者予備軍のそれである。
しかしまあ、姉にボクサーとしての才能があるというのはどうやら本当のことらしかった。