3.強くなれる理由(強化魔法)
「……ちょっと、提案がある」
「提案?」
僕が聞き返すと、スピエルちゃんは遠くの方を指さした。
「……あそこに、オークがいる」
「え?……あー、確かに見えなくもないような……」
オークってのは、確か3〜4mもする、決して小さくはないサイズのバケモンな訳だけど、僕の目には豆粒ほどの大きさにしか見えない。
目もいいなんて、スピエルちゃんは流石だなぁ。
「……あれを、今から倒してもらう」
「僕に死ねと!?」
「……大丈夫。今のナルにぃなら一瞬」
「あそこに行くだけで1時間はかかるよ!」
お、落ち着け。スピエルちゃんは天才だ。全ステータスがFというのがどれくらいの弱さか、実感として分からなくてもオークと戦えば死ぬということくらいわかるはずだ。そしてスピエルちゃんはそれを分かっててそんな無茶振りをするような子ではない。
落ち着いて状況を確認してみよう。確かスピエルちゃんが普通の女の子になりたいって言って相談を受けて、僕がそれに答えた。するとスピエルちゃんが提案があるといい……オークを倒せと言ってきた。
これらのことを総合して考えるとつまり……やっぱ死ねってことか!?
いや、そうだ。僕はついさっきまで死のうとしていたじゃないか。きっとスピエルちゃんはそれを察してこんなことを言ってくれたんだ。きっとそうだ。幼女の命令で死ねるならむしろ本望!!
「……落ち着いて。ダッシュであのオークに飛び込んで、拳を顔面に当てればいいだけ」
「はは、随分簡単に言ってくれるね」
僕はこれから死ぬ。でもせっかくのスピエルちゃんからの命令だ。あのオークに1発お見舞いしてやるのもいいかもしれないな。
そう覚悟を決め、僕は拳に力を入れて地面を蹴った。
次の瞬間、物凄い爆音と衝撃波が僕を襲った。
「え、なに!?なにごと!?!?」
せっかく人が覚悟を決めて死のうとしていたのに、なんなんだ急に……。
キョロキョロと周囲を見渡すと……あれ?なんか景色が違うような……。
「……オーク討伐、おめでとう」
ぱち、ぱち、ぱち、とだいぶローテンポな拍手とともに、そんな声が聞こえた。言うまでもなくスピエルちゃんの声だ。
「いや、なに言ってんのスピエルちゃん。それより今の爆発はなに!?」
「……ナルにぃが、やった」
「え?」
スピエルちゃんに言われて、視線の先を追うと、オークの死体が転がっていた。
次いで自分の手を見る。血だ。僕の手から出たものじゃない、返り血だ。
「いやわからん。全然わかんない。どういうこと?なにが起こったの?」
状況はとりあえず確認できたけどまったく理解できない。え、なにこれ。
「……だから、わたしが強化魔法をかけたの」
「だからって何!?聞いてないけど!?先に言って欲しかったなぁ!」
「……え、分かるでしょ?」
「いやわかんないけど!?愛か!?愛が足りないのか!?」
聞けば、別に僕の愛が足りなかったから察せなかったわけではなく、どうやら普通の人は魔法をかけられたら魔力を感じるから分かるらしい。
「なるほどね。僕は魔力がないから、魔力を感じられないんだよ」
「……あぁ、なるほど。それは不便」
「あんまりそれで困ったことないけどね」
さて、とスピエルちゃんが一呼吸置く。
ほとんど表情の変わらないスピエルちゃんだけど、僕にはわかる。これは真剣な話をする時の顔だ。
「……今から2人で、隣の国にいく。そこでやり直す。わたしは普通の女の子として。ナルにぃは、強者として」
なるほど。僕を強化魔法で強くして、その僕の影に隠れて普通の女の子としてやり直そうってことか!流石スピエルちゃんは天才だなぁ。
「……もし、嫌だったら、今のうちに言って」
「嫌だなんてとんでもないよ!スピエルちゃんの為になる事をできる日がくるなんて思ってもなかったしね」
「……じゃあ、よろしく」
この時の僕は知らなかった。
憧れは理解から程遠いものであり、『普通』に憧れるというのは『普通』を知らないことであると。