7話 つかの間の休息
あの後。
皇帝が手を叩けば、一瞬で可愛らしい姿の召使いが幾人も出てきて私を取り囲んだ。一見可愛らしい少女メイドたちに見えたが、よく見れば彼女らにも角や尻尾、羽がある。……魔族の娘たちだろうか。
「まずは湯浴みをお願い致します。お着替えはここに」
「なにかご入用でしたら呼んでくださいね、お客人」
そう言われて、あれよあれよという間に浴場に押し込まれた。介添を、と一人が申し出てくれたが、丁重に断った。
まだ、性別を偽っていることはバレていない……はずだ。隠していることが露呈すれば、それだけで不利になる。慎重に事を運ばなくては。
竜があしらわれただだっ広い浴槽に浸かると、自然とため息が出た。汚れが落とされ、冷えきっていた体が芯まで温まる。
……しかし、こうして手の内を見せる理由はなんだろう。皇帝の圧倒的な強さや能力差を見せつける、という目的ならば既に嫌という程味わった。それにしても、果たしてここまでの歓待を受ける筋合いはあっただろうか。
湯で充ちた浴槽で体を動かすと、小さな水音が遠く反響した。本当に、どこまで広いのだろう。それから、ここは山の上なのにこの豊かな水はどこから?
考えて、直ぐに思い当たった。彼……皇帝のたゆまぬ魔力からなるものだろう。
本当に、これを見ていると彼は無尽蔵の魔力を持っているのではないか、なんてありえないことを考えてしまう。自分は魔法適性がないからあまり理解していないが、こんなに魔法を使い続けでもしたら、常人の魔力量ならばとっくに限界を迎えて死んでいるだろう。
以前、ライオットとヴィヴィが言っていた覚えがある。魔力量を超える量の魔法を使うと、耐えきれずに体が壊れてしまう、と。だから、魔法一辺倒で立ち回るのは難しいのだ、と。
色々なことを考えていると、ふと昨夜のことを思い出す。
「……皆は、どうしているだろう」
私が居なくなったことに、もう気付いただろうか。心配させてやしないか。……それとも、はたまた。パーティー自分が居なくなってスッキリしているのだろうか。
そうだとしたら、寂しいなあ。
……考え込むとのぼせそうになったので、慌てて湯から上がった。
用意された着替えは、上等な生地で出来た男性用の黒い軍服だった。驚く程に私の体にぴったりで、どうやって用意したのかついつい首を傾げてしまう。
慣れない装飾に戸惑いつつそれを身に纏うと、今度はメイドたちが連れ立って私を案内してくれた。
長い廊下を辿って着いた先は食堂だった。
これまた黒いクロスが引かれた長いテーブルがしつらえてある。とても一人用だとは思えない。用意されていた椅子に座ると、竜種の羽が生えた少女達が次々と皿を運んできてくれる。
「召し上がってください、客人」
「わが皇帝の思し召しですので、どうぞご遠慮なく」
……本当に一食分なのだろうか、と思うほどの皿の行列だ。しかし、空腹には逆らえない。湯気の立つかぐわしい香りの料理の前では、どうやっても食指が動いた。
「……いただきます」
そう言ってナイフとフォークを手に取ると、給仕をしてくれていたメイドのうちのひとりが立ち止まって、振り向いた。
「ええ、どうぞ! 料理長が腕によりをかけましたのよ」
ピンク色の髪をしたとりわけ若い少女が、嬉しそうに微笑む。スカートの隙間からは、なんの種族が分からないが鱗のある尻尾が覗いていた。可愛らしい、なんて場違いなことを考えつつ、目の前の皿を見つめる。
肉料理だ。本当は魚の方が好みだが、力が足りない今は有難い。
香草と食べたことの無いソースの香りがする、不思議だが魅力的な味だった。何の肉だろうか。
次々配膳されるのは、サラダ、卵料理、パン、スープ。どれもパルトの味付けとは違うものの美味しくて、気付けば綺麗に平らげてしまった。ひと皿ひと皿の量はそこまで多くなく、腹八分目に収まったのもありがたい。
「まあ、良い食べっぷり! 私、料理長に報告してきますわね」
先程の少女が皿を下げに来て、空になったそれらを見て歓声を上げた。やっぱり、可愛らしい。彼女が背を向けて去ろうとするから、慌てて呼び止める。
「待って。……エプロンのリボンが解けているようだ」
すると、振り向いた彼女が一瞬にして頬を染めた。髪色と同じくらい鮮やかなピンクだ。
「……あら? あら! いけない、私ったらこんなドジを! すぐに結び直して……きゃあ!」
くるり、と回転して背中を確認した彼女が……見事に自分の尻尾を踏み抜いて、滑って、バランスを崩した。
「っ、おっと」
咄嗟に立ち上がり、腕を伸ばして受け止める。幸い、皿を割ったり何かをひっくり返して汚したりすることなく彼女の体を支えられた。
なんというか、彼女は随分そそっかしいらしい。放っておけないような気分になり、彼女を腕の中に抱いたまま声をかける。
「大丈夫? 手伝おうか」
ピンクの髪の少女をゆっくりと立たせたあと、背中側に回って膝をつく。解けたリボンを結び直していると、困惑の声が降ってきた。スカートから覗く尻尾が、落ち着かない様子でびたんびたんと地面を打っている。
「はわ、あの、すみません……! お客様に無礼を、こんなこと……料理長に叱られてしまいます」
「黙っておけばバレないよ。ほら、できた」
ちょうちょ結びになったリボンから手を離し、安心させるように微笑みかける。と、彼女はピンクに染まった頬に両手を当てて、目を伏せ、困ったような表情を作り……
「ありがとう……あの、失礼します!」
そのまま走り去ってしまった。
下げられなかった皿と共に、私は一人取り残される。嵐のような娘だな、と思った。
それにしても。この城に身を置いているということは、あの少女も皇帝イゾルデの直属の部下だったりするのだろうか。だとしたら、相当な実力者が、抜きん出た個性の持ち主だろう。人は見かけに寄らないな、と思いつつ、グラスに注がれた水を飲み干した。




