2話 国境と境界線
隣国、テネヴィス帝国から次々と魔物が国境を侵攻してくる。
この現状を憂いたパルト公国の最高権力者、公爵によって数万人の男たちの中から選抜されたのが他ならぬ彼……勇者リスタだった。珍しい銀の髪が目立つ、美丈夫と言って差し支えない風貌の男だ。
大柄で力強く、背丈ほども大きな獲物を一振りするだけで魔物一掃し地面を割るような、文句の付けようがない実力の持ち主でもあった。
さらには、個性も役割もバラバラなこのパーティーをまとめあげるカリスマ性も持ち合わせている。
強くて頼れる、さらには気のいい彼。非の打ち所が無いような、勇者という職にふさわしい人物だ。
……そのはずだったのだが。
先日から随分機嫌の悪そうな彼は、じっとりとした声をこちらに向ける。
「聞けば、最近の魔物たちは知恵を付け、俺たちがいない隙を狙って警備軍を襲っているそうじゃないか。このままではジリ貧だ」
大剣を下ろし、私たちの中で一番背の高い彼は続ける。鋭い緑の目は変わらず私を射抜いている。……睨まれているようだ。
居心地が悪くて目を逸らす。しかし、彼は尚も私を責める視線を止めなかった。
「魔物を仕留め損ねることで、魔王……あの国の皇帝が力をつけているとも限らないぞ」
刺すようなセリフに、思わず俯く。
テネヴィス帝国の魔王の名は誰もが聞いたことがある。魔物や異形の種族を束ね従え、影の帝国を作らんとすべく我が国に侵攻をかけてくる邪悪な存在。
肩書きは皇帝でありながら、その恐ろしい実力と風貌からついた通り名が「魔王」だという。
彼が無視できない存在なのは確かだ。しかし、だからと言って。武器を失い戦意を喪失した敵の背中を斬れというんだろうか。
魔物とはいえ意思のある生き物だ。それを許せば私たちの行いは戦闘ではなく、虐殺になってしまいはしないか。
何度も訴えたのに、近頃のリスタは耳を貸さない。少なくとも、パーティーを結成した当初は「一理ある、参考にしよう」と全員の意見を取り入れて纏めてくれていたのに。
そんな思いを込めて顔を上げリスタの輝く銀髪を見つめても、彼は我関せずといった様子で鼻を鳴らすばかり。向こうの方で、ヴィヴィが困った顔をしている。
ぴん、と空気が張り詰めたように感じたその時だった。
「まあまあ、そう言わないでください。被害が出なかったんだから良いでしょう、リスタ様」
厳しい目をした勇者を宥めようとしたのは、リスタの従者であるユースだった。
ざんばらの赤毛が、彼が頷く度にふわふわと跳ねる。重騎士として重い鎧に身を包んだ彼が、おっとりとした口調でリスタに話しかける。
が、
「ユース! マルクに毒されるな」
またしても厳しい声が飛んだ。酷い言い草だ、毒される、なんて。俯いて盾と鎧に隠れてしまったユースを、なんだか申し訳ない気持ちで見つめる。
「そ、そんなつもりは……」
彼の弱々しい声を遮って、ライオットが立ち上がった。
「おい、揉めている場合ではないぞ。帰還して公爵殿に報告だ」
女僧侶ヴィヴィ、魔法使いライオット、重騎士ユース、そして選ばれし勇者のリスタ。……それから、騎士である私。
私たちは五人でパーティーを組み、少数精鋭の遊撃部隊として国境に襲い来る魔物を討伐する役目を請け負っていた。
各々が実力を発揮する、最高のパーティーだった、はずなのに。
リスタが無言で立ち上がった。大剣を軽々と担ぎ、さっさと内地へと歩いていく。ユースが慌ててそれに続き、ライオットも何も言わず早々と歩き出す。
ヴィヴィがこちらを向いて戸惑った瞬間、さっきよりも厳しいリスタの叱責が飛んだ。
肩を竦めて子うさぎのように駆けていく彼女の小さな背を追いかけるべく足を動かすと、
「あの、勇者様方!」
背後から女性の声がした。
その声を受けて立ち止まったのは私だけだった。振り向けば、そこには先程守った村の娘たちが数人立っている。
向こうからはさっさとしろ、という目でリスタが見てくるが、守るべき民を無下にするなどできない。
そんなことをしては騎士の精神に反する。私は自分に出来る最上級の笑顔を作って、彼女らに応えた。
「ご無事でしたか、レディたち」
歩み寄り、そして地面に跪く。顔を見上げると、ご婦人がほんのりと顔を赤らめた
「ぇ、ええ。お陰様で……」
熱っぽい目を交わすよう目を伏せると、後ろにいた少女たちが飛び跳ねて存在を主張した。
「騎士様、」
「マルク様!」
口々に彼女たちが私を呼び、手を差し出す。
「どうかいつまでも私たちをお守りください!」
その言葉と共に、小さな花束が差し出された。背の低く、目立たない花をより集めて作られた質素なそれを、私は潰してしまわないように受け取る。
「勿論。私がこの国の騎士である限り……あなた達を、絶対に守り抜きましょう」
そう返事をすると、少女が黄色い声をあげる。彼女達がくれた花束からは、愛しい平和の香りがした。
あぁ。ずっと、このままで居られたら良かったのに。
「あいつさえ、居なければ」
彼が憎々しげにそう呟いたのを、私は知らなかったのだ。




