卒業パーティで婚約破棄は止めましょう~有難く引き抜きます
「フランシーヌ・アマルテア! 貴様はこのエルシーに対し、高位貴族とは思えない嫌がらせや暴言を繰り返してきた! その様な行いをする者は私の婚約者に相応しくない! 貴様との婚約は破棄とし、エルシー・スィオネを私の新しい婚約者とする!」
カリスト王国の貴族の子女が通う学園の卒業パーティの最中、第二王子のジュダスが突然大声で、婚約者のフランシーヌを断罪した。
顎を上げ、得意気な表情のジュダスの脇には、高価なドレスと装飾物を纏った可愛らしい少女が一人。男爵令嬢のエルシー・スィオネ。そしてその二人の後ろには王子の側近候補の四人も控え、フランシーヌに厳しい目を向ける。
一瞬、現状把握が遅れたフランシーヌだったが、背筋を正し、ジュダスへと礼を取る。
「……婚約破棄との事、承りました。途中退席となりますが、屋敷に戻り父へ報告いたします」
フランシーヌは心を静め、努めて冷静にジュダスへ返答をする。
「何をすました顔をしている! エルシーへの謝罪が無いではないか!」
「申し訳ございません、殿下。身に覚えのない事で、そちらの方へ謝罪は出来かねます」
ジュダスは怒りを露にするが、フランシーヌは嫌がらせや暴言など全く身に覚えが無い。そもそも交流が無い。
「何?! ふざけるな!」
「フランシーヌ様! 私っ謝って頂ければそれで…」
顔を赤くし怒声を飛ばすジュダスの脇から、瞳を潤ませ手を胸の前で組んだエルシーが口を挟んでくる。後ろの側近候補も殺気を隠さない。
「何とおっしゃられても、わたくしから謝罪する事はございません」
ほんの少しだけ眉を寄せたフランシーヌだったが、そちらに引きずられない様、平坦な声を心掛ける。公の場で、それも身に覚えのない事で男爵令嬢に頭を下げるなど、公爵家の者として出来る筈が無い。
「エルシーに謝れば、婚約破棄だけで許してやろうと思ったものを…貴様の顔など、金輪際見たくも無い! この国から出て行け!!」
怒りのままにジュダスはフランシーヌに国外追放を言い渡す。
フランシーヌは一瞬絶望感に目が眩んだが、反論を無駄と飲み込み、奥歯を嚙みしめ、震えそうになる声を押さえて口を開く。
「……殿下のお心のままに」
ゆっくりとしたカーテシーの後、踵を返し、凛とした姿で歩くフランシーヌの元に、観衆を割り女性とそれに付き従う男性二人が歩み出る。
隣国ディオネ帝国からの留学生であるアンジェラ皇女殿下とその執事のサイモン、護衛のマークだった。
「フランシーヌ様」
「アンジェラ皇女殿下……お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ございません」
微笑みながら名を呼んでくるアンジェラに、フランシーヌは少し不器用な笑みのまま礼を取る。
『いいのよ。でも、これで分かったでしょう?』
『はい。……アンジェラ様のおっしゃった通りの様でした』
すぐに帝国語に切り替えて話しかけてきたアンジェラにフランシーヌは応える。
『もう王子の事は良いわよね?』
『……はい。ハッキリと言われてしまいましたし、仕方がありません』
『では、わたくしの申し出、受けてくれるわね』
『しかし、瑕疵のついたわたくしではご面倒をおかけするかと……』
堪えていた感情が溢れてしまい、フランシーヌの目から一筋の涙が流れ落ちる。
『泣かないで。大丈夫、貴女が何も悪くないのは分かっているわ』
『アンジェラ様…ありがとうございます』
ハンカチで優しくフランシーヌの涙を拭うアンジェラに、フランシーヌはほっとした微笑みを見せる。アンジェラが信じてくれている事が何より嬉しい。
『なんなら一族で来ても良いのよ? 公爵から侯爵へ、爵位は一つ下がってしまうけれど、このままこの国に居るよりは有意義だと思うわ』
『畏れ多い事でございます』
元気付ける様に、少しおどけて喋るアンジェラに、フランシーヌから自然と笑みが零れる。
親密さが窺い知れる光景を前に、ジュダスの怪訝そうな声がかかる。
「アンジェラ皇女殿下? 何の話をしてらっしゃる?」
「あら、ジュダス殿下は帝国の言葉はお分かりにならないの? 随分と帝国は軽く見られているのね」
帝国語の会話を聞き取れなかったであろうジュダスに、アンジェラはニッコリ笑って棘を刺す。
「そっ、そんな事は…」
「ジュダス殿下は卒業後、外交を担当されるとか?」
少し慌てるジュダスに対し、アンジェラが話題を変えると咳払いを一つしたジュダスが口を開く。
「ええ。卒業後はまず、隣国に挨拶回りをする予定です」
「あらそう。マナーも言語も不自由な娘を連れて頑張ってね。帝国へは来なくて結構よ」
ジュダスからの返答に、更に笑みを深めたアンジェラはエルシーへの皮肉を混ぜつつ挨拶訪問の拒否を告げる。
「なっ、何をおっしゃいます!」
「だって、フランシーヌ様の顔を見たくないのでしょう? 彼女は帝国へ連れて行きますし、帝国の言語も理解出来ずに通訳を挟む愚物の外交官なんて、相手をする価値も無いわ」
途端に慌てだすジュダスに対し、首を傾げて自分の発言についての釘を刺す。アンジェラにとってはフランシーヌの方が重要なのだ。そして、帝国語を理解していない事への嫌味も忘れない。
「はぁ?! その者は身分を笠に嫌がらせをする様な性根の腐った者ですよ?! いわば罪人です」
フランシーヌが優先された事に気付いたジュダスは声を荒げる。自分への非難は流して誤魔化すつもりの様だ。
「罪人? どこにそんな証拠が? 裁判は?」
「そ…それは…」
アンジェラは当たり前の確認をしているだけなのだが、状況証拠のみで明確な証拠の無いジュダス達は言葉に詰まる。
「王族の気分次第で罪人が決まるの? この国の司法は死んでいるのかしら?」
「こっ、これから裁かれるのです! おいっ、衛兵! そいつを連れて行け!」
「えっ…」
顎に手を当て考えるポーズを作り、アンジェラは分かり切っている疑問を口にする。
このままでは自分が不利と考えたジュダスは、フランシーヌの拘束を衛兵に指示をするが、衛兵が戸惑っている隙にアンジェラの護衛のマークが怯えるフランシーヌを庇う様に位置を変える。
「させませんわ。そんな茶番に付き合う気はありません。時間の無駄だわ」
フランシーヌの手を握りつつ、ジュダスを軽く睨む様に、嫌悪感を隠さない顔でアンジェラは言い放つ。
「しかし、そいつはっ」
「ですから、拘束するに足る証拠は?」
それでも追いすがるジュダスに、アンジェラは証拠の提示を求める。
「ぐっ……エルシーが泣いている所から去る、フランシーヌと同じ髪色を見ました」
「……フランシーヌ様の金髪は珍しい物ではありませんわね。会場を見ただけでも四分の一は見つかりますわ」
状況証拠とも呼べない内容に、アンジェラは嘆息する。
「エルシーも、フランシーヌに厳しい言葉をぶつけられたと…」
「それはいつの事ですの? 休憩時間? 昼休み? 放課後?」
「……放課後だったと……」
暴言と言っていたものが、厳しい言葉に変わっているとは……犯人が誰かは知らないが、具体的に聞けばきっと、当たり前の事しか言われていないのだろう。アンジェラはあまりの下らなさに少し飽き始めていた。
「それなら、フランシーヌ様では無いわね」
「…何故、そんな事が言い切れるのです?」
バッサリと切り捨てると、ジュダスが不審な目を向けてきた。
「そうね、ヒントは…その娘の編入とわたくしの留学は、ほぼ同時期。そして、留学してきた半年前からずっと、フランシーヌ様はわたくしの案内役なの」
「……それが何か?」
言われた内容に、ジュダスは全くピンと来ないらしい。
フランシーヌを案内役にする事は王家の了承を得ているし、彼女も日々の報告を挙げている筈なのだけれど、ジュダスは全く気にしていなかった様だ。
「分からない? わたくしがフランシーヌ様を気に入って、学園では特にずっと側に置いていたのよ? その娘に何かする時間なんて、ある訳無いじゃない」
「………っ!」
アンジェラの言葉に、やっと思い当たったらしいジュダスや周りの側近候補は息をのむ。
「わたくしの目を掻い潜って、フランシーヌ様がその娘に嫌がらせをしていたと? そんな面倒な事、する程の価値がその娘にある?」
「なっ…! ひどいっ!」
アンジェラに扇で指し示されたエルシーは両手で顔を覆う。
肩を小刻みに震わせて泣いている風に見せているが、多分ウソ泣きだろう。顔に当たる指にだいぶ力が入っている。……気付かない後ろの側近候補者はオロオロしたり、アンジェラを睨んだりしている。第二王子の側近候補がこの程度の者達ならこの国の先行きは怪しいな、とアンジェラは心の中で嘆息する。
「この国では女性の社会進出はずっと遅れているでしょう? フランシーヌ様を埋もれさせるのは勿体無いと思いません? だからわたくし、ずうっとフランシーヌ様を口説いていたの。浮気をするような者との婚約は解消して、一緒に帝国へ行きましょうって。でも、殿下を信じていますからって、学園に在学中だけかもしれませんからって、首を縦に振ってくれなかったの。……でも、貴方からの婚約破棄宣言を受けて、やっと心を決めてくれたわ」
「……」
アンジェラは、フランシーヌを帝国へ連れて行く経緯を、ジュダスの浮気に気付いていた事等を織り交ぜて、簡単に説明する。他の生徒にも分かりやすいように。フランシーヌがジュダスを信じていた事も含めて。
「陛下にもお願いしていたのに、全く聞いてくれなかったわ。『第二王子と婚姻し、外交の中核を担う者だから手放すなどとんでもない』ってね。まあ、ジュダス殿下のお考えは全く違ったみたいだったけれどね? 『賢しい女は目障り』で、『自分の知識を鼻にかける女は不愉快』なのでしょう? 『女は男の愛を乞う為に可愛らしくあるべき』なんですものね。良かったわね。理想通りの頭の軽い、可愛らしいお相手が見つかって」
「ちが……」
自分が発した覚えのある言葉がアンジェラから紡がれ、ジュダスは反射的に否定を口にするが、言い訳を続ける前にアンジェラが遮る。
「ありがとう、枷を外してくれて。これで安心してフランシーヌ様を兄弟に紹介できるわ」
アンジェラは美しい微笑みで、ジュダスにお礼を言うと、少し動揺したジュダスが思わずといった様に口を開く。
「それは……」
「ええ、貴方にはもう関係の無い話。近隣の五か国語を操り、外交官へのもてなしやわたくしの案内役を完璧に行える、有能な婚約者を簡単に捨ててしまえる貴方にはね。ふふっ、貴方の功績の殆どがフランシーヌ様のものだった事とか…ああ、これ内緒だったわね。……ちゃんと外交の仕事に就けると良いわね」
「は……」
アンジェラの完璧な微笑みを前にして、ジュダスの顔から血の気が引いていく。自分の起こした行動について、フランシーヌが行ってきた事についてほんの少し省みる事が出来たらしい。……アンジェラには関係の無い事だが。
「とりあえず、わたくしはもうこちらに来る事は無いと思うわ。フランシーヌ様が居ないこの国で、わたくしが満足するもてなしが受けられるとも思わないし、貴方達と顔を合わせる気もないから」
「―――っ!」
帝国からの絶縁宣言とも取れる言葉に、ジュダスの顔は蒼白になり、言葉すら出てこない。エルシーが隣からジュダスの名を呼び腕に縋るも、目線を合わせる余裕さえない。
ジュダスに興味を無くしたアンジェラはフランシーヌに向き直り、腕を引いて出口へと向かう。ジュダスに対応していた時とは違う、溢れんばかりの嬉しそうな笑顔で。
「さ、フランシーヌ様。すぐに帝国に出立しましょう? 一応公爵への話も通さないといけないし、先に屋敷に行きましょうね。帝国までの着替え等があれば良いわ。大きな物は後から送れば良いし」
「ええと、父に早馬を出します。すぐに出立なのですか?」
展開の早さにフランシーヌは、何とかついて行こうと頭をフル回転させる。
「善は急げって言うじゃない? この国に何の未練も無いし、フランシーヌ様と一緒に帰れるなら何一つ問題無いわ! 国王陛下だって、学生とはいえ貴族がこんなに沢山いる中での王子殿下の発言には責任を持って下さる筈よ。皇帝陛下はいつでも迎えるとお言葉を頂いているし大丈夫!」
「アンジェラ様…」
ウキウキと楽し気に語るアンジェラに、フランシーヌもつられて笑顔になる。ジュダスに婚約破棄を突き付けられた事さえ、今は良かった事に思える。
扉から出る直前、ふと立ち止まったアンジェラが嬉しそうな笑顔のまま生徒達に向かって口を開く。
「あ、そうそう。この国に愛想が尽きた方は帝国においでなさい。いつでもお話伺いますわ。それでは皆さま、ごきげんよう」
最後に花の様な笑顔を残して、アンジェラとフランシーヌは会場から姿を消した。
◇カリスト王国の簡単なその後。
・ジュダス → 陛下と王太子に烈火の如く怒られた挙句、王位継承権剥奪され塔へ幽閉。多分その内儚くなります。
・エルシー → 諸々の嘘がバレ、ジュダスを唆した諸悪の根源とされる。尚且つ側近候補達とも交際があった事から男爵家から絶縁、強制労働地に送られる。ちなみに男爵家も煽りをくらって没落。
・側近候補4人 → エルシーに踊らされ過ぎ、且つ騒ぎに加担した為に貴族籍剥奪。各々領地の片隅に親からの情けで住む場所は提供された。
・側近候補の婚約者たち → フランシーヌの後を追い、帝国へとついて行きました。フランシーヌを見本にしていた能力の高い子達ばかりなので、帝国ウハウハです。
・アマルテア公爵家 → 王家からの平謝りを受け、全員での移動は無しに。ただし帝国へは年に2~3か月は遊びに行く。フランシーヌの兄と王太子が同級生で仲が良い為、王太子は弟のせいでちくちく虐められる。
・ディオネ帝国とカリスト王国 → フランシーヌへの国外追放は無かった事になったがそのまま帝国に移住。帝国的にはフランシーヌ+αで有能な人材が手に入ったし、アンジェラの機嫌が良いままなのでウハウハです。国交断絶も勿論無しで、そのまま続ける事になりました。