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短編集

冬の日の朝

作者: 朝倉神社

 スマホのアラームの音に、強制的に意識を覚醒させられたボクは右手を伸ばしてスマホの画面をタッチした。布団から伸ばした途端にすぅっと冷たい空気が布団の中に進入する。

 ぶるるっと体を震わせると、もう一度手を伸ばしてファンヒーターのスイッチを押した。ぶおぉっと暖かな風が出ている音が聞こえてきてホッとする。これで少し待てば、部屋全体が温まるはずだ。


 アラームの一回目は、ファンヒーターのスイッチを入れるためのものだ。入タイマーがついていればと都度思うけれども、夏場であっても二度寝のためにわざわざ早めにアラームをセットしているので、まあ良いかと思う。ふとんの中で体を縮めて暖を取ろうともがくけれども、一度目覚めた後は布団の中にいても布団の中のぽかぽかは戻ってこない。特に足先が冷えていてどうしようもないのだ。


 まどろみの中で気持ちよく二度寝を堪能していると、スヌーズ機能が二度目の朝を知らせてくれた。布団から出るのは億劫だけれども、部屋もそこそこ暖まっている。できることなら休みたいと思うけども、高校生のボクは毎日学校に通わなければならないのだ。


 意を決して布団から体を起こしてカーテンを開ける。冬の日の朝は起きても真っ暗なままなので、なんとなくまだ夜という感じがするので、寝てても良いんじゃないかと思ってしまう。家を出てしばらくしてようやく日が昇ってくるくらいだ。


 トイレ、歯磨き、着替えと朝の身支度をさっさと済ませる。父親はすでに仕事に行っているし、兄は2年前から実家を出て遠くの大学に通っている。そして低血圧の母は、ボクが小学生の頃からネボスケさんなので、朝は大体1人だ。簡単なトーストと牛乳、バナナという毎日同じメニューの朝食をもさもさと音を立てないように食べると、そろそろ家を出る時間が迫っていた。


 学校までは電車を使っていくけども、一本乗り過ごせば満員電車に揉まれることになるので、ちょっと早起きをしてでも、座って乗れる電車を選択している。学生服の上にコート、マフラー、手袋と完全防備で外へ出る。


 冷たい空気がほほを撫で、やっぱり家に帰ろうかと一瞬考える。日本には四季があることが魅力的に語られることもあるけれど、冬はなくても良いんじゃないかと三季で十分じゃないかと寒がりのボクは常々考えている。マンションを出る頃には、ようやく空が白み初めて朝が近いことを知らせてくれる。


 代わり映えの無いいつもの景色、なんの面白みもない住宅街を抜けて駅まで歩く。徒歩15分ほどの距離があるので、自転車を使ってもいいのだけれども、ボクは歩くことを好んだ。寒い中自転車に乗ると、空気が冷たいを通り越して痛いのだ。それだったら例え寒い時間を長く味わうことになっても歩くほうがマシだと思う。

 もちろん、休日には山登りに出かけることもあるくらい歩くことも好きなのだけれども。


 徐々に明るくなっていく空に、ほんの少し気温も上がってきたように思えて意識が目覚めていく。狭い路地を抜けて、小さな横断歩道が見えてきた。すでに青信号になっているけども、あわてて走ろうとは思わない。たぶん、横断歩道に差し掛かる頃には、信号は変わるけれども急ぐ必要は無い。


 ゆっくりとマイペースに歩いていると、案の定青信号は点滅を始めて到着した頃には赤へと変わる。車通りの多い道ではないので、別に渡ってしまっても良いだろうと思いながらも、念のために押しボタン信号を押して左右を確認する。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 何て事のない朝の風景。4・5階の低いビルや電信柱が立ち並び、まばらな間隔で車が通り過ぎる毎朝見ている景色がまるで絵画のように思えた。


 濃紺から白、白から赤へ変わる柔らかなキャンパス。

 半分ほど顔を出した太陽が、一筋の光でビルの壁を染め上げ。

 電信柱の影が地面へと伸びる。

 空に浮かぶ雲も紅やオレンジや朱色と様々な赤に彩られている。


 自然の景観が好きで、時々登山に行くけども、街中の景色に感動をしたのは初めてのことだった。それも、いつも見慣れている光景のはずなのに、ボクの心は鷲づかみにされていた。街中であっても、自然の織り成す世界だろうか。雲の形、太陽の位置、ほんの少し時間が変われば見ることのできない景色だからこその、儚さに美しさを見出しているのかもしれない。

 信号はすでに青に変わっていたけれども、ボクはその場から動けなかった。ただただ、見惚れていた。


 視界の端を自転車が真横を通り過ぎ、ふわりとラベンダーの香りが鼻孔をくすぐった。ボクの絵画の中で、自転車は急ブレーキをかけて一つの構成要素となった。

 悪くは無いと思って見ていたけども、自転車に乗った女性は絵の一部で居続けるはずも無く自由に動く。その動きを目で追っていると、カゴの中のカバンから大きなカメラを取り出した。


 どうやらボクと同じ景色に感動したらしい。そう考えると少しうれしくなった。彼女はカメラを覗き込むと、ファインダーから視線をはずして、もう一度景色を肉眼で確認する。小首を傾げると、カメラを戻して自転車ごと一歩ずつ後退する。後ろに下がりながら、景色を確認して、カメラを構える。


 二度、三度、繰り返した彼女はちょうどボクの真横まで戻ってきた。ファインダーを覗き込む彼女がパシャとようやくシャッターを押した。


-そうだよな。ここからが一番だよな。


 さっきまでシャッターを押している様子の無かった彼女が、ボクが感動した景色を納めたことに満足げに心の中で一人ごちた。彼女はまだカメラを構えたままだった。左手でレンズを調整しながら、カメラを構える姿はプロっぽくてかっこよかった。


 ニット帽から茶色のストレートヘアが伸び、白のダウンコートを着ている彼女は近くに通う女子大生だろうかと想像する。ボクはいつの間にか、感動していた景色をそっちのけで彼女の方を見ていた。彼女のカメラはデジタルカメラではないのだろう。角度を決め、焦点を合わせて、渾身のタイミングでシャッターを押す。たった一枚にできる限りの時間をかけて。


 彼女は満足したのか、ファインダーから目を離して肉眼で景色を確認する。ボクも彼女の視線を追いかけるように朝焼けを見る。日の出はあっという間に過ぎていく。僕達が心奪われた絵はいつの間にか姿を変えていた。残念だなと思って、正面へと顔を向けると彼女と目が合った。


「あっという間だったね」


 一瞬、ボクに話しかけているのだと分からなかった。誰にでも話しかけられるような社交性を持ち合わせていないボクには、見ず知らずの他人に、気軽に話しかけるという発想がなかったから。

 彼女はカメラを構えるために、はずしていた手袋を再びつけると、はぁ、と息を吹きかけた。白い吐息が彼女の手を温めると、ボクの心も一緒に解けた。


「写真、もらえませんか?」


 普段のボクからは考えられない言葉が自然と出てきた。彼女は一瞬驚いたように、目を細めると「いいわよ」と優しい声で答えてくれた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


高校生のボクと、女子大生の彼女。

二人が恋愛に発展するかどうかはわかりませんが、

同じ景色を見て感動を共有できるというのは良いものです。


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