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シャリーの落日

(2)セタがトルハの謀略により失脚した頃、アイリスではシャリーが、トゥーロの出した大赦令を取り消す命令を出すため、トゥーロの解任決議案を貴族議会に提出し、新たな宰相としてジョン・ラッセルと名付けられた王子を担ぎ出した。

勿論傀儡政権であるジョンを人質にしてジョン派を封じ込める稚拙な作戦である。

それにもう少したてば、シャリーにも娘が生まれる。ジョンを宰相に封じておけば彼は王にはなれない。

そう考えたシャリーは議会の即決により、ジョンを担ぎ上げたのだ。

シャリーの苦肉の策である。

知謀の宰相トゥーロを自らの愚策により野に放ち、敵に回してしまったシャリーには取れる手段はそう多くなかった。

大赦令のせいで各地で起きる奴隷達の反抗や奴隷主人による傷害事件も、シャリーにはもはや止める事も出来ない。

下手に止めれば傷害教唆の罪で500ディルスの慰謝料が国庫から消える事は明白だからだ。最初は愚かにも暴動を鎮圧したのである。

そしたらトルハの口添えで知恵をつけた6万人の解放奴隷から損害賠償を請求され、即決裁判で国庫の金を差し押さえられてしまった。

解放奴隷は、階級は市民だから暴動鎮圧は人権侵害となるのだ。

それ以来、なるに任せている。

下手に手を出せば今度はシャリーの私領が差し押さえられてしまうからだ。

こうしてミストリアの領地の半分は解放奴隷によって合法的に接収されてしまった。

因みに領土の名義はシャリーの第一子となりえる少女に捧げられている。

ジョンの叔母で宮廷占者の、リュギーア・レナンスの占いにより、女の子であるのは分かっていた。

誕生すればジョンについで、王位継承権2位となるはずである。

事前に行われた国民投票により、ミューファ・レナンス姫と名付けられたミストリアのアイドル的な存在だ。

ミューファの関連商品は、税収だけで3万ディルス弱となる。

ミューファの乳母に内定している者が、彼女の資産を管理しており、着実に資産を増やしていた。

占者が味方にいるので、賭けの類は大勝を続け、ミューファ軍は貴族有志で構成された4千人のエルフと、3千頭の馬を金に任せて所持していた。

名義は議会であるので、シャリーは直接命令を下せない。

取り敢えずは議場の警護を担当していた。

ちなみにリュギーアは叔母といっても4歳なので、周囲からはレナという愛称で呼ばれていた。

もう一人いる叔母はラーゼルン西方の大陸ミレイド公国の太守、ミレイレアである。こちらは12歳であった。

国名は音楽を奨励する国なので音符にちなんで命名されている。

当然公旗は五線譜であった。

ミレイレア本人の執筆した小説の収入だけで680万ディルスの純益を導き出す芸術の都であった。

ミストリアの伝説の芸術家アリスはミレイドの出身であった。

そしてミクリュリア大草原のバルランと呼ばれる玉蜀黍はミストリアの食料自給率の98%を占めていたのだ。

万が一ミレイレアが反乱を起こしたらミストリアの国民は全員餓えて死ぬであろう。

それ故にミレイドに対して強い事がいえなくなり、かの国は中立国の体をなしていた。

軍隊は騎馬隊が5千騎。歩兵が3万、海軍が500トン級戦艦600隻という桁外れの人数である。

水兵は5万人ほどだ。

この軍事力を背景にして、ゴブリンやトロールを自国から追い払い、名声をはくしていた。

シャリーは勿論ミレイレアに、トゥーロ討伐を命令したのである。

しかしミラル・カッペンを処刑して以来ジョン派はトルハとか言う奴隷の謀略により詐取されたラーゼルン島に逃げ込んでしまい、今や人口2万人。

名将ドルクレンの指揮下にある軍隊は解放奴隷の義勇兵8百人。

農民4千人の大国で、戦争でもしない限り、とても落とせそうにない。

しかも2万人も労働力を失ったルーシーとミレイドの経済的打撃は凄まじく、とても他の領地へ侵攻する余裕はなかった。

ミレイレアは2万人の歩兵を募兵しただけで様子を見ることにして、自らはルーシーに向かった。

シャリーはその頃、側にいた召使を殴り倒しながら喚いていた。

反逆者トゥーロの所在が分からぬことが、シャリーを情緒不安定にしているらしい。

殴られた召使はその後ジョン派に寝返ったらしいが、ついに出世することはなかった。

「トゥーロめ。奴はまだジョンを奪回するべくルーシーにて機会を伺っているはずだ。探し出して見せしめに晒し首にしろ」

こう、強がってみたが今のシャリーには兵を養うすべもない。

すでに殆ど全ての兵士はシャリーに勝ち目はないと見るやジョン派となってシャリーの命令を拒否したのだ。

兵士の言い分はこうである。

「労働の報酬が支払われる見込みがない以上契約は打ち切られたという事になる。貴方の為に働く言われはない。食料は食わせてもらっているし、正式に解任されていないから通常の雑務はこなしてやるが」

こうあからさまに叛意を表明されても止める事も正式に解任する事もできなかった。

そんな事をすればミストリアは内部崩壊してしまう。

いや既に崩壊しかかっていた。

健在なのはミューファ軍のみである。

しかしそんな状況でも、シャリーにはいいアイデアも浮かばない。

シャリーは仕方なく謝礼を出してアイデアを募集する事にした。

「あのドワーフを退治する名案はないか?金貨3枚の賞金を出すぞ」

このあたりの庶民との金銭感覚の違いも人心がシャリーから離れる遠因となっていたのだが本人は本気で気が付いていないらしい。

今時金貨3枚など、その日の宿代にもならないのにだ。(1ディルス150円の設定)

大抵のミストリア人は喜ぶどころか馬鹿にされていると思うのではないか?

ドルクレンの命令で、あえて城に残り、シャリー派の様子を偵察していたドワーフの曹長カインは忠告しようと一瞬思った。

ミストリアに滅亡されるのもそれはそれで困るからだ。

然しシャリーは元々ドワーフが嫌いであった。

直接の原因は宝石として珍重されているメデューサ・ハーフの瞳狩りの被害に自分の養子である秘蔵っ子のミュィリーグ・シャムシランがあい、片目を奪われたせいらしい。

逆上したシャリーはペクダール大帝国の全てのドワーフを皆殺しにして祝杯を挙げた。

この戦いがペレトンとトルハを奴隷に落とした、瞳狩りの乱である。

勿論この戦いがきっかけで、シャリーとトゥーロは仲が悪くなったのだ。

ドワーフに組したメデューサ・エルフ(髪は緑髪)も捕虜にされ、瞳狩りの被害にあっているのだが、不覚にもシャリーは知らなかった様だ。

しかもこの戦いにトゥーロとドルクレンは参加しているが虐殺命令は出していない。

それゆえ、ドワーフの俺が忠告しても逆効果である。

ミラル・カッペンの二の舞いは御免こうむる。

カインは落日のミストリアと心中する気は毛頭なかった。

シャリーは瞳狩りを行った時は自分の養女に危害が加わるとは思わなかったらしいとカインは誤解していた。

「おい。民衆は強欲だ。最低でも千ディルスは出してやった方が良いぞ。もっともボンビーなお前には3ディルスしか出せないか?ぎゃははは」

カインは、嘲り尽くした態度で大笑いした。

もはやこの国の殆どの者がシャリーを王とは認めていない。

トゥーロの出した大赦令のせいでジョン生誕2日にして失脚寸前の幽霊王と化したシャリーは万策尽きて総選挙に打って出る事にした。

この国の王位と重要議題は、形骸化しているとはいえ、議会の決議によって決められている。

選挙に打って出ればまだ勝ち目があるとシャリーは信じているのだ。

厄介な事に宰相はシャリーの独断では、解任できない。

やれば国民の反発は凄まじく、今のシャリーでは抑えられないであろう。

「解散総選挙を宣言するか?もしそれでジョン派が圧勝してしまったら」

決断はしても不安は尽きないらしい。

そしてその不安心理に漬け込む家臣がいるのだ。

「解任されていない宰相を殺せば慰謝料を請求され、セタの二の舞いになりますぞ。それでも良いのか?」

隠れジョン派の公爵、パッテリンがシャリーに叛意を悟られぬようにトゥーロを援護する。

この表現ならあの傲慢なシャリーもトゥーロに対する追撃の手を緩めざるを得ないだろう。

然し予想に反してシャリーは強行であった。

「反逆者を放置せよというのか?」

シャリーは冷たい声を出した。部下は慌ててシャリーに媚びる。

「総選挙はどうでしょう?」

シャリーの質問は無視してパッテリンが提案した。

「この機会に議会のジョン派を一掃してしまうのです。そうすればトゥーロ討伐の命令が堂々と出せ、あの薄汚いドワーフは捕まるでしょう。国民は大赦令に激怒しているはずです。必ず勝てます」

無責任にシャリーを煽った。

シャリーはおそらく気が付いていない筈だ。

大赦令により、国民の半分に当たる600万人の奴隷に選挙権が生まれているという事実に。元奴隷は結局、かっての雇い主に正規労働者の4分の一の低賃金で即日再雇用されることになったが、それでも当然選挙権は残るのである。

シャリーがこれに気付かず、愚かにも総選挙をやってくれればジョン派が貴族議会の第一党を占めるのは確実だ。

「そうだな。天は正義の味方だ」

叛徒の思惑には気付かず、シャリーは決断した。

シャリーは確実に謀略の好きなジョン派の陰謀に巻き込まれつつあった。

堅物なシャリーはトルハの手の中で弄ばれている。

「わらわは之より解散総選挙を告示する。出馬を希望する奴隷以外の階級は王室書記官のマイケルも申し出ると良い」

この言葉でシャリーの権力は完全に崩壊した。

総選挙はジョン生誕1月と決まったがシャリーはセタ・ブレーメンを筆頭に総議席の半分に当たる50人を擁立できただけであった。

セタはトゥーロの手に落ちているのでおそらく偽者であろうが。

それに比べてジョン派は解放奴隷の票を見込んだ元奴隷のトルハ、ペレトンを旗印に100人が立候補を申し出てマイケルに承認された。

その殆どが、トルハに煽られた解放奴隷である。

不覚にも、これを予期していなかったシャリーは、案の定烈火のごとく怒り狂い、マイケルを詰問した。

「お前は何故奴隷などに被選挙権を認めるのだ。私の命令が理解出来ないとでもいうのか?」之に対してマイケルは空とぼけて言った。

マイケルもジョン派である。

金の払えない王に付く馬鹿な奴は世界中探したって一握りだけだろう。

「そうは言ってもこの国の何処に奴隷がいるのです?市民が立候補を表明しただけなのに拒否するわけには行きません」

とぼけてマイケルが言った。

シャリーの脳裏に不安がよぎる。

こいつもトゥーロの手先なのか?

「あの腐れドワーフを宰相にしたあたりから、あんなの負けは決まっていたんだ」

これにシャリーが噛み付く。

「理由はどうあれお前の行動は私を裏切っているのだぞ?」

之に対してマイケルも言い返した。

「忠誠を要求するなら給料払ってください。国と部下は貴方の私有物ではない」

「この裏切り者」

シャリーは恫喝してマイケルに飛び掛った。

マイケルはあっさりと蹴倒すと言い放つ。

「力で男にかなうと思うのか?契約不履行の罪で情欲に餓えた男共のいる牢獄に放り込まれたくなければ大人しくしていろ」

シャリーの顔が屈辱に歪んだ。

給料を払えないのは事実だが、王たる身で何故このような屈辱的な言われ方をされねばならない?

「貴様の官職を剥ぎ、追放する。首だ」

当然怒りに任せてクビを言い渡したシャリーにマイケルが言った。

「クビにするなら退職金。払えないだろ?なら貧乏人の癖に偉そうなこと抜かしているんじゃねえ」

こうなると兵士のほうが立場は上だ。

金がなければ首に出来ぬ考え方は、資本主義社会では主流である。

よって金が滞ると途端に、膨大な余剰社員を抱えて倒産するまで何も出来なくなるので、すぐに首を切れる派遣労働者が注目を浴びる事となった。

しかしそれも人権問題で廃止の方向に向かったら、資本家は如何すれば良いと言うのだ?

派遣の惨状は分かるが、もう少し資本家の立場を考慮せねば共倒れになるだけだろう。

それはともかく、この時差別的発言で慰謝料を請求するチャンスが2度訪れたが、既に逆上しているシャリーは気付いていなかった。

「なに。奴隷などに投票する者などいるものか」

シャリーはこの期に及んで、トゥーロ一党を甘く見ていた。

こうなっては早々と辞職するしかないだろうが・・・。

そして四面楚歌の状況でそれでも行われた総選挙は予想どうり、奴隷票の取り込みに案の定失敗したシャリーは、98議席をジョン派に奪われ、敗北した。

トゥーロは騒乱の一応の責任を取って辞任。

シャリー派の顔を立てて温厚堅実の美少女ミレイレアが議会の全会一致で宰相に就任した。

シャリーは最後の切り札としてこのミレイレアを使って形勢の立て直しを図る心算なのだ。

早速ミレイレアはシャリーに形勢逆転の策を講じ始めた。

「まずはジョン派に抵抗する為の軍資金の1090万ディルスを2割の金利でお貸しいたしましょう。之で兵士の給料を払い、姉上への忠誠心を呼び戻すのです。兵士さえ味方につければあからさまに姉上を解任する事はできません。そうして時間を稼ぎ、トゥーロ派の分裂するのを待つかふただび総選挙に打って出るかすればよいでしょう。

今は着実に力の回復を待ち、持久戦に持ち込むべきです。兵が権力です。兵士さえ押さえていれば後はどうとでもなります」

ミレイレアは矢継ぎ早に改革案を提案した。

シャリーもこの案なら依存はない。

「それと私領から臨時税を取り立て、財政基盤を強化して国庫に蓄え、領地間の交易を再会して失業者を救済して陛下の人徳を世に知らしめればいならずしてトゥーロを打ち破る事ができるでしょう」

之は的確な戦略である。

こうすれば確実にトゥーロは自滅していく。

ただしトゥーロが何もしなければであるが。

「大変です。貴族議員のトルハがシャリー様の解任決議案を提出いたしました。即日投票で可決される見込みです」

シャリーの公務室に駆け込んだ、シャリーに最後まで忠誠を尽くしていた部下の一人が報告をしたのだ。

やはりトゥーロはシャリーに反撃の時を与えるほど甘くないか。

というよりあれはトルハの策だな。

シャリーを解任する心算なら私を宰相にせずにトゥーロが留任しておいて、解任してしまえばすむだろう。

どう言う心算なのだ?

ミレイレアは最後の手段を進言する。

「姉上。こうなってはご病気を理由に解任決議を延期させるしかありません。トゥーロ派とトルハは意見の違いがあるようです。いま少し待てば必ずジョン派は分裂します。その間隙を縫って再起を図りましょう」

「病気だと?何日引き伸ばせる」

シャリーは尋ねた。

「王抜きの強行採決に走るでしょうな」

諦めたようにミレイレアが言った。

所詮気休めの発言に過ぎないのだ。

シャリーが王座を捨てる気があるなら大政奉還と言う手もあるのだが。

「要するに私が解任されるのは防ぎようがないと言うのだな?」

ミレイレアが答える。

「後3日あれば情勢も変わったのですが。」ミレイレアは残念そうに呟いた。

「シャリー様。ミレイドにいらっしゃいませえんか?国賓待遇でお世話させていただきます」ミレイレアはシャリーの心情を察して亡命を唆した。

「いや良い。流石に部下の世話になるわけにもいくまい」

自分の妹まで信じられなくなっているらしいシャリーは慌ててその申し出を却下した。

そんな時、最後まで忠誠を貫いているフリをしたシャリーの手下が何事か呟いた。

要約するとこうである。

「シャリー様。只今貴方の解任決議案が可決いたしました。ルーシーとミストリアの王位はジョン様に禅譲されることになります。3日間の猶予期間を得てシャリーには退位していただく」

ジョン派の最長老マーキュリー・ストラップ伯爵がシャリーへの嫌がらせに報告にやって来たのだ。

シャリーはマーキュリーを見ると露骨に嫌な顔をするが上機嫌の彼は気付かない。

「分かった」

シャリーは意外にあっさりと受諾した。

受諾しなければジョン派の兵士に軟禁されるだけだ。

ミレイレアは憤怒の表情でマーキュリーに宣告した。

「覚えておけ。切り札はこっちが握っているのだ。私はミレイドを領有しているのだぞ。ミレイドなしでミストリアがやっていけるか見物だな」

それはミレイドからのバルランの輸出を停止する宣言であった。彼女は本気で怒っている。「姉上。私はミレイドに帰ります。貴方を裏切ったミストリアに壮烈な復讐をして見せましょう」

ミレイレアは後難を避け、さっさと帰ってしまった。

そんな時トルハと数名の部下に脅しつけられながらセタがシャリーに面会を求めてきた。

「王様。無官のセタ・ブレーメンが無礼にも謁見を願っておりますが叩き出しましょうか?」シャリー派のグランパス・エーデルホッへ公爵が、こちらはあからさまにジョン派を憎んでいるふりをしていた。

エルフである彼は、何故かミュィリーグの同族のペクダール人を虐待する、シャリーを見限り、隠れジョン派の一人となっている。

一応シャリーの最も信頼する側近だ。

役職は徴税司令官である。

この国では、宰相に並ぶ重職だ。

「王。セタが余計な事をするから大赦令への同情が強まり、ややこしい事態を招いているのです。この上はセタを処刑して見せしめにし、トゥーロ派の攻撃対象を消去するのがよろしいでしょう」

この論理ならシャリーは恐らくはセタを庇うであろう。

そうすれば大赦令を出したトゥーロの名声が高まるだけである。

もし、諫言を受け入れてセタを処刑してしまったらあの狡猾なトルハが今度はセタを不当に処刑したシャリーを断罪するだけだ。

「今ならまだ間に合います。セタを処刑するべきです。そしてあのトルハとか言う奴隷は官職を餌に宮廷に誘き出し、忙殺するのがよろしいでしょう」

之ほど傍目には主君を諌める忠臣に見える謀略をパッテリンは知らなかった。

シャリーの眉毛がピクリと動いた。

「セタは我が忠臣。見捨てるわけにはいかん。奴隷などに策略とはいえ官職を与えるなどとよくそのような恥さらしな忠言を出来るものだな。お前には謹慎を命じる。150年間領地から出るなよ」

「王。トルハを侮ってはなりませんぞ」

あくまで忠義者の芝居を続けるグランパスにシャリーはうんざりした様だ。

「資産の流入は禁じる。全て焼き払え」

シャリーはこの命令により、グランパスを飢え死にさせるつもりらしかったが彼は命令を逆手に取った。

徴税官を解任されていない以上領地で仕事をせねばならない。

そのための書類は流入を禁じられているので命令どうり焼かねばならない。

そう曲解したグランパスはそれを実行した後領地から使者を名乗り出たトルハを立ててその旨を通告した。

この時捕虜のセタを連れて来ている。

「何?グランパスが裏切っただと?」

荘厳華麗な執務室で、シャリーは命令どうり行動しただけのグランパスを裏切り者と罵った。謁見を許されたセタも同席している。

セタは当然トルハを名指して言った。

「あの奴隷娘の陰謀に決まっています。あの奴隷め。宿屋の給仕娘に取り立ててやった恩をあだで返しやがって」

セタは背後にトゥーロの従僕が控えているのも忘れて怒号した。

勿論セタは、シャリー派の部下が抑えている筈のジョン奪回を企てるトルハの謀略に利用されているのだ。

トゥーロ達はあの後、グランパスの領地で、反乱の意志を示した彼と意気投合してこの策を練ったらしい。

やたら逆上しやすいセタが同席している事はトルハの計画に好都合であった。

事情を知らないシャリー派の部下達はそう思った。

然し口には出さない。

シャリーの負けは決まっているからだ。

「人聞きの悪い。命令を出したのはシャリー様ではありませんか。我が主はシャリー様の忠臣でイエスマンであります。ミラル・カッペンの二の舞いにはなりたくありませんからね」

そう言うとトルハは金縛りの呪文でシャリーを押さえつけ、従僕も飛び掛ってシャリーをあっさりと捕虜にしてしまった。

「セタ。お前も私を裏切ったのか?」

怒り狂うシャリーに、この状況ではどう抗弁しても助からないと諦めたセタは隙を見ると、出入り口に向かって逃げ出した。

敵も味方も、もはやセタなどには構っていない。

トルハは味方の兵を8名側に置くと、居並ぶ家臣に厳命した。

「シャリーの命が惜しければ宝物庫の財宝全てとこの国の解放奴隷598万人とついでにジョン様をここへ連れてくるのだ。それさえもらえれば大人しくラーゼルン島に篭り、5年間は一歩も出ない。交易船以外は」

シャリーは悲鳴を上げた。

「それではわが国の産業は崩壊してしまう」

シャリーは己の命とミストリアの将来を天秤にかけた。

答えは決まっている。

出来るだけ有利な条件で交渉するのだ。

「奴隷10人と金貨6枚でどうだ?奴隷のお前などが見た事もない大金だろう?」

シャリーは下男くらいしか話相手にした事がなかったのだろう。

奴隷に与えるなら最高の栄誉なのだろうが。

「もう少し現実的な身代金を提示してくれない?もっともこちらの条件を飲まないのならクレスア島を追加するわ。それとも腕の一本も叩き落さないと自分の立場が認識できない?」トルハは哀れむ様に諭した。

「わっ分かった。金貨千枚と奴隷5千人。いや、1万人出す」

之だけ出せばさぞ満足だろうという思い上がった態度が癇に障った。

「ジョン様は?之が一番重要なんだけど?」

シャリーは悩んだ。

ジョンさえ渡せば大人しく引き上げてくれるだろうか。

「ジョンのみで妥協してくれないか?大体598万人もどうやって養う心算なのだ?奴隷をラーゼルンに運ぶ船だって1万隻は要るのだぞ」

トルハはシャリーを蹴倒すと冷酷に宣言する。

「元国王殿。このルーシーはジョン様の物だ。ジョン王の命令によりお前の領地は没収する。ジョン様を渡せぬなら反逆罪で塔に幽閉する」

シャリーは最後の抵抗を試みた。

「私が退位すればミレイドからの食料輸入が途絶えるぞ。それでもいいのか?」

シャリーはついにミレイレアと計って得た兵糧作戦を切り出した。

然しトルハは鼻で笑うと言い切った。

「こちらの分裂を期待しているなら無駄な事。その前に貴方の権力は根こそぎ奪うからな。仲間割れは政権を倒した後に起こるもの。遊びは終わりだ。兵士共。ジョン王の命令である。シャリーを塔に幽閉しろ。そしてジョン王を連れて来い」

兵士達は次々にジョンに忠誠を近い、シャリーをルーシーの中央に聳える東の塔に引っ張っていった。

「兵士諸君。君達は之よりジョン王の指揮下に入る。給料は必ず出すゆえ王に従ってほしい。取りあえずの仕事は食料危機が起こる前に臨時税を取り立て、エティルの穀倉地帯から食糧を買う事だ。手の空いている子供や女性には食料調達の命令を出す。荒野に出て食料と金貨を集め、国庫負担を少しでも軽くしろ。それから位の高い僧侶に命じて食料を降らしてもらう」

トルハはその日のうちに臨時税(一家族当たり)5ディルスを徴収して国庫に積み上げた。

民衆はぶちぶち文句を言ったが幸いにもそれ以上の行為には及ばなかった。

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