奪還
それからしばらくして、スラム街の様子は急変していた。街の中では謎の病が流行り、何人もの人が眠ったまま目を覚ましていない。しまいには、メリーさんの子供の赤ちゃんやムーおじさんまでもがその病に侵されはじめていた。メリーさんは看病しているが状況はよくならないようだ。森へ狩に出かけたライラたちも帰ってこないという。噂によればこの街の周辺の森は下級の魔物しか出現しないはずなのだが、最近になって上位の魔物が多数目撃されているようである。
街は絶望にあふれていた。ジュエルもみんなのことを助けようと栄えている中央の街へ薬を探しに行ったが、同じく謎の病が流行っていて、かつての活気は無くなっていたという。
「どうしてこんなことに…。何にも力になってあげられない。」
ジュエルは弱々しい声でそう言う。
俺には心当たりがあった。街がこんな状況になってしまったのか"あの事件"があってからであると…。間違いなく、あの鎧の騎士がジュエルのネックレスを奪っていってからだ。この街の人たちにはしばらくお世話になった恩がある。
「やるか…。」
そう俺は小さく呟いた。
それから俺は、しばらくネックレスの在りかの情報を集めて回った。盗みのプロにとってはそれはいとも容易かった。盗みを行う際に最も大事なこと、それは情報収集だ。一つのミスも許されないこの仕事において、情報はどんな最強の武器よりも力になる。それがどこにあり、誰が守り、どんな警備があるか、どこからなら逃げられるか。俺は焦りながらも念入りに情報を集めて回った。
ここは王室だ。玉座に座った王が世話係に指の手入れをさせながら、あの騎士と会話している。
「ことは順調に進んでいるか?」
王は言う。
「はい。近日中には連合の方から使いをよこし、例の物を受け取りに来るそうです。」
騎士は言う。
「わかった。」
王はそう言い。世話係に少し手をあげ世話係を下げさせた。
世話係は部屋を出た後に、ニヤリと悪い笑みを浮かべていた…。
数日後…。
俺は計画を実行する時、誰にも何も伝えずスラム街を出た。ジュエルに言えば、無理にでも彼女は着いて来ようとするからだ。ジュエルはそういう子だ。しかし、この仕事は一人の方が動きやすい。昔から俺は一人でやってきた。今回もいつも通りやればいいだけのこと。
ネックレスは街の中央の城にある。城にはこの街を守る城壁に配備されていた人数よりも多くの兵士が配備されていた。おそらくほとんどの兵士を城の警備に当てているのだろう。俺はその兵士の一人になり変装し、城内に入っていく。この人数だとおそらく一人一人の顔など覚えいないだろう。容易に場内まで侵入することができた。ネックレスの在りかは、何度か城内に潜入した際に、本体を確認してはいなかったかが大方予想は着いていた。
目的の場所に着く。そこは城の地下だった。そこだけやけに人の出入りが少ないのだ。それなのに地下への入り口に兵士が2人配備されている。おそらくここだろうと俺の勘がいっている。
俺は兵士の近くの灯りの火を消す、辺りが暗闇に包まれる。兵士は何事かと周りを警戒する。しかし、彼らに極限まで気配を消した俺をとらえることは出来ない。暗闇に紛れて2人の兵士の横を堂々と通り、地下へと向かう。
地下の廊下を進んでいくと一つの扉に辿り着く。扉は閉まっているが鍵穴のようなものはない。横には石版のようなものがある。男はポケットから手袋を取り出し、その手袋をはめ石板に触る。
「指紋認証。OK。魔力の反応はありません。声紋認証を行います。」
どこからか機械じみた声がする。
「ひらけごま。」
俺は王様の声を再現して言葉を発する。
「声紋認証。OK。魔力の反応はありません。」
機械じみた声と一緒に扉がひらく。
彼は世話係として城内に侵入した際にあらかじめ王様の指紋と声を盗んでいた。
扉の奥はさらに廊下になっていた。廊下を進んでいくとそこには大きな部屋があり、中央には石の箱があった。しかし、箱というにはあまりに歪で切れ目がなく、まるでただの正方形の石のようだった。おそらくコレだろう。俺はゆっくりと箱に近づいて、箱の様子をじっくりと観察する。すると小さい鍵穴のようなものがあった。俺はそこにポケットから取り出した二本の針でピッキングをする。鍵が開いた。するとその正方形の石はルービックキューブのようにくるくると回転しながら開いた。そこには、宙に浮かぶネックレスがあった。しかし、そこに浮くネックレスの周りから俺は不吉なものを感じ取る。
「コレじゃあ。まるで、ここから取り出すことを前提に作られて無いみたいだな。」
俺はそう呟いた。
ネックレスは呪いに覆われていた。ネックレスをそこから持ち出す者を殺す呪いだ。
男はしばらくその場で考えた後、おもむろにネックレスの周りの空間をこねるようにして慎重に触っている。男は呪いを開けていた。男に魔術の心得はない。しかし、男の経験からどうすれば鍵を外せるのか身体がわかるのだ。しばらくして男は、
「よし。」
と言ってネックレスを手に取る。
呪いを開けたのだ。
その時、後ろからあの冷たい声がする。
「やっとあのお方からお前を殺す許しが出た。宝を盗まれるわけにはいかないそうだ。」
鎧の騎士は冷たい声でそう言った。
鎧の騎士は目にもとまらぬ速さで剣撃を放つ、しかし男はそれをヒラリと交わす、騎士は続けて剣撃を放つがそれも当たらない。男は弱い。ジュエルの軽いジャブ1発でノックダウンするほどに弱い。男の戦闘力は1ぐらいなはずだった。しかし、騎士の攻撃は男には当たらない。男は逃げていたのだ。これは戦闘ではなく、男にとっては宝を盗んだ時点で逃走なのだ。男は一流の泥棒である。逃げることに関してなら捉えられるはずもない。
次第に鎧の騎士から疲労が見え始めてきた。そこを俺は見逃さなかった。俺は隙を廊下への入り口に逃げようとする。しかし、後ろからの雷撃によりそれは断たれてしまう。
「魔法か…。」
俺はそう呟いた。俺は魔法をはじめて見たため完全にまわいを読み違えてしまった。
しかも、不幸なことに今の雷撃で廊下への出口は壊れ、逃走経路は完全に断たれてしまった。男は鎧の騎士が逃走経路を無意識に意識しているのを利用して攻撃から逃げていたのだ。しかし、逃走経路が断たれたことで男の勝機は0になった。
次第に騎士の攻撃が当たりだす、男は致命傷は交わしているが確実に傷を負っている。
「くそっ。ここまでか。」
男の意識が飛びかけたところを騎士の大剣が仕留めようとしたその時。
ドカーン
廊下への出口を塞いでいた瓦礫が吹っ飛んだ。
騎士の手が止まる。
廊下への出口には鎧を身につけ、腰には剣を携えた女が一人、仁王立ちしていた。
「見つけたぞ!この"こそどろ野郎"!!」
どこかで聞いたような声が聞こえてきた…