異世界
冷静さを取り戻すまでに長い時間が経っていた。未だに状況は飲み込めてはいない。しかし、俺をここに飛ばした相手もすぐに何かしようというわけでは無いらしい。周りには特に動きはない。
しばらく考えた後、危険があるかもしれないが自分から動いてみることにした。周囲の気配を敏感に探りながら移動し、ちょうど飛ばされた所から見えていた森の前に着いた頃、俺はソレに気づいた。明らかに人の気配では無い。しかし、俺の知っている動物の気配とも違う。しばらく悩んだが、気配のするほうへ向かってみることにした。普段ならこんな危険なことは絶対にしない。しかし、今自分のおかれている状況が分からないからにはは手がかりは逃したく無い。
俺は自分の気配を隠しながら気配のするほうへ向かった。
気配のもとにたどり着いた時、俺は自分の目を疑った。そこにいたのは"怪物"だ。そして、飛ばされた直後に考えてはいたが、自分ではにわかに信じがたい考えが確信へと変わっていく。そこにいた"怪物"は醜い見た目に、口に生えた不揃いの尖った牙、体は人の子供ぐらいで二足歩行をしてはいるものの明らかに人では無い。ゲームの中でそのシルエットは何回も登場してくる。そこにいたのは"ゴブリン"だった。俺は異世界に飛ばされたのだ。
俺はすぐにその場を離れた。おそらくゴブリンたちにも気付かれてはいないだろう。そんなヘマはしない。異世界に来たことは分かった。次の問題はこの世界に人がいるかどうかだ。とにかく安全な場所を見つけなければ…。
それから俺はひたすら旅をした。周囲の気配に敏感に気を配りながら自分の知らない危険な気配をひたすらに避けて人の気配を探りながら歩き続けた。
歩き続けてから一週間、ちょっとサバイバル生活にも慣れてきた頃だった。
「見つけた!」
嬉しさのあまり涙が出てきそうだった。これは間違いなく人の気配だ。ちょうど今登ってる山を超えたあたりだろうか。気配のする方へ急いで向かうとそこには街がみえた。街の中央にはお城らしいものが見える。中世のヨーロッパ風だ。
それからその町に向かいしばらく歩いた。遠くからでは分かりにくかったがこの街は相当大きい。向かう途中にあの街へ向かっているであろう馬車も何台か見かけた。馬車は決まってひときわ目立つ大きい門のところへと向かっている。おそらくあそこから入るのだろう。俺もそこへ向かってみることにした。
門の所には門番が2人ほどいた。この門を通り街に入るには通行証のような物が必要なようだ。馬車に乗った商人のような格好の人たちは、決まって門番に紙を見せている。もちろん俺にはそれが無い。それと服装もどうにかしなければいけない。今のままでは違和感がある。そこで俺は借りることにした。
門の通行許可待ちをしている馬車に近づき、静かに服を拝借する。あまりこういう盗みはやりたく無いのだが仕方がない。ついでにその服を着て他の馬車の商人のような人に声をかけてみることにした。言葉が通じるのか知りたかったからだ。俺は黙ってその人にちょっといいかなという雰囲気で手を少しあげる。
「どうかしたのか?」
商人のような男は少しめんどくさそうに答える。
言葉は俺にも理解できた。何て都合の良い異世界なんだろう。詳しくは考えないでおこう。何より言葉は通じて良かった。俺は男に軽くこの街について聞きその場を去った。どうやらこの街には、ここら周辺を治めてる王様が住んでいて周辺では最も大きい街らしい。
街の中に入るのは簡単だった。街の全体は壁に覆われている。しかし、登れない高さじゃ無い。もちろん見張りはいたが、隙を狙い町の中に侵入した。
街は活気に満ちていた。通りを歩くだけで何人もの商人に声をかけられる。しかし、この世界の通貨は1円も持っていない。これでは宿を探すことも出来ない。だからといって、また盗みをする気にもなれない。そんなことを考えながらしばらく街を歩いていると人ごみの中で走ってきたフードを被った小さい少女にぶつかられる。
「ごめんなさい。」
その子は一言あやまり、頭を下げ足取り早く去って行ってしまった。
その日の夜…
男はなぜか宿に泊まり、ぐっすりと寝ている。
その男に忍びよろうとする小さい影がひとつ。