泥棒のちから
男は目を覚ます。巨大な蒼い龍に飲み込まれ。食べらてしまったはずの男が目を覚ます。
俺が目を覚ますとそこは少し広い白い部屋だった。その部屋には窓も扉も存在しない。部屋の中央には不自然なようで自然にあの水晶が置かれていた。あの秘宝が置かれていた。
「ニャー。」
猫が鳴く。鳴きながら器用に自分の耳を自分の足でか く。
どうやらこの黒猫もいっしょにリヴァイアサンに飲み込まれてしまったようだ。そう、確かに俺はあのリヴァイアサンに飲み込まれた。俺はまだ自分の状況を理解出来ずにいた。しかし、すぐに俺は自分の状況を理解することになる。幸運にも。不幸にも。
目の前に突然、黒いローブに身を包んだあの魔術士が姿を現した。窓も扉も無いこの部屋に。おそらく何かしらの魔法を使ったのだろう。
「万が一のことを考えて秘宝をここに隠したつもりだったが、あの龍も余計なことをしてくれたものだ。」
魔術士はそう言った。そう言って俺に攻撃してきた。手に持った杖を使い、雷を俺に放ってきた。ギリギリのところでなんとかその攻撃をかます。
「まぁ始末すれば良いだけか。」
魔術士は冷たい口調でそう言った。
俺は必死に考える。考える。戦闘能力が全くない自分が生き残る術を。この部屋から逃げる事は不可能だ。なんと言っても出口がそもそも存在しない。しかし、だからと言ってここで命乞いをしたところで俺を見逃してくれるなんて都合の良い展開には期待できないだろう。俺は決意した。ここでこの魔術士を倒し、この秘宝を取り返し、この部屋を脱出するという無謀で無望な決意を。
魔術士が次の魔法を繰り出そうとした時。
「俺は異世界から来たんだ。」
俺は咄嗟にそう言った。時間稼ぎだった。
この話で魔術士の攻撃が止まる保証はどこにもなかった。ダメもとの苦し紛れの一手だった。しかし、魔術士は魔法を止めた。作戦は幸運にも成功した。魔術士はその話に食いついてきたのだ。予想以上に。そして魔術士は目をキラキラさせてながら質問してきた。その様子はまるで幼い子供のように純粋で可愛らしささえ感じた。これから殺されるかもしれない相手にそんな感想を抱くのは異様だが。それほどまで異様なリアクションを魔術士はとったのだ。
「いつ来たんだ?どうやって?異世界はココとはどう違うんだ?どんな生物がいる?なぁ教えてくれて!」
魔術士はそう言って興奮しながら沢山の質問を浴びせてきた。
異様だった。狂気ともいえるまでの異世界への執着。その理由は分からない。今の男にはその理由を理解するすべは無かった。
しかし、その予想もしていなかった状況が男にほんの少しのチャンスを作り出す。黒い魔術士が男に近づいてきたのだ。
男はそのチャンスを見逃さなかった。近づいて来た魔術士に飛びかかる。殴りかかる。猫もびっくりの猫パンチを。しかし、その攻撃はあっさりと魔術士にかわされてしまう。そして魔術士は男と距離を取ろうとする。そこで思わぬ出来事が起こる。黒猫が魔術士に飛び掛かったのだ。本当の猫パンチを見せてやろうと言わんばかりに。流石にびっくりして魔術士は猫に注意を向けてしまう。そこに男が魔術士の懐に入り込む。美しいコンビネーションだった。まるで長い間一緒にいたような意思の疎通だった。泥棒と猫の。勿論、男はその違和感にさえ気がつかない。連携が取れるのが当たり前のように。男は今度こそ確実に魔術士に拳を当てた。
魔術士は距離を取る。
「なんだ。そのパンチは全くもって効かないな。」
魔術士はそう言った。実際に魔術士へのダメージは無に等しかった。
そして魔術士は魔法を放とうとする。今度こそ男を殺すために。
「バカにしやがって。死ねー!」
魔術士はそう言って男に手を向けた。
………。
………。
………。
何も起こらない。
「死ねー!」
魔術士はもう一度手を向ける。
………。
………。
………。
何も起こらなかった。
そして、男がニヤリと笑う。
男の狙いは殴ることではなかったのだ、男の狙いは魔術士にふ触れることだったのだ。男では魔術士を倒せないことは分かっていた。なら、魔術士が俺を倒せなくすれば良いと。
男は魔術士から魔法を盗んだのだ。魔力を盗んだのだ。
この作戦が上手くいく保証はどこにも無かった。賭けだった。魔力なんていう訳の分からない、形もわからないようなものを盗むなんていう無謀な方法がうまくいくとは限らない。いや、失敗する可能性の方が圧倒的に高かっただろう。しかし、男にはそれしか無かったのだ。生き残る選択肢が。勝ち残る選択肢が。自分自身の唯一誇れる技術がそれだけだったのだ。だから男は迷わず、疑わずその作戦を選んだ。そして、成功した。男は魔法を魔力を盗んでみせた。
そして、男はそのまま部屋の中央にある水晶を、秘宝を盗んだ。
秘宝を盗んだ直後、部屋に急に渦潮が出来る。何も無かったはずの部屋の床が崩れるようにして渦潮に変わっていく、そして男はその渦潮に巻き込まれた。
俺が目を覚ますとそこにはジュエルがいた。瞳に涙を浮かべたジュエルがいた。どうやら俺は外に出られたようだ。
「良かったぁ〜!」
ジュエルはそう言った。涙を流しながら。
近くにはカエデとエマもいた。どうやら三人とも無事なようだ。
「迷惑をかけたな人間。」
俺は声をする方を見ると俺を飲み込んだ張本人、俺に恐ろしい無茶振りを要求してきた張本人のリヴァイアサンがいた。どうやら俺が魔術士から魔力を奪ったおかげでリヴァイアサンにかけられていた。魔法は解けているようだ。
黒い魔道士は縄で厳重にぐるぐる巻きにされて捕らえられている。顔が真っ赤になっているのを見るとジュエルがみんなの仕返しに2、3発殴ったのかもしれない。リヴァイサンはその魔術士を仕返しから食べてしまおうとしたらしい。俺にしたのとは違って本当に食事という意味で。しかし、カエデとエマがギルドに連れて行って情報を吐かせたいとお願いしたらしく、恩人達の頼みとあってリヴァイアサンはそのお願いを承諾したらしい。
そこにボロボロのアカリが全速力で走って来る。陸上選手のような美しいフォームで。少女を背負いながら。
アカリはみんなの姿を見て一瞬安心したような表情を見せる。そして静かに少女を地面に寝かす。少女は安らかに眠っていた。この表現だと死んでしまっているようだが息はある。しかし、その少女が目を覚ます気配は全く感じなかった。アカリはみんなにここまでの経緯を必死に伝えた。それを聞いて状況を理解したエマがみんなに説明してくれた。どうやら、俺が魔術士から魔力を盗み、魔術士が魔力を失ったことで少女は魔術士の支配から解放されると同時に、少女は魔術士から送られていた魔力という原動力を失ってしまったのだ。このままでは目覚めることももちろん命が無くなってしまうのも時間の問題だという。
「私はこの子のことを助けると約束したんだ。何とかして助けられる方法は無いのか。」
アカリは必死にエマに言う。
しかし、エマは首を横に振る事しかできなかった。少女を助ける方法は無かった。奇跡でも起きない限りは…。
「わしが助けよう…。」
巨大な蒼い龍はそう言った…