英雄テッセ 4
少女、ペリペテと言ったか、あの子が持っている杖。
あれこそが『秘宝』だとテッセは言う。
まさか。いやでも。
足が悪いのは演技だった?いやでも戦いの最中でも杖を突いている。
もう足が悪いふりはしなくても良いはずだ。
ならば足が悪いのは本当であろう。
「『秘宝』ではなくて『行』を使っているのでは?」
「確かに行による身体強化はしている。そういう気の流れだ。
しかし、あの動きには説明が付かない、彼女はまだ『祝詞』を使っていない」
そうだ、あれだけの動きであるなら『行』の使用はしているだろう。
しかし『祝詞』を使っている様子はない。
人の普段の生活において『行』は限定的にしか使われない。
その必要がないからだ。
逆に常に力を解放した状態では不便で仕方がない。力の加減が難しいのだ。
さて、『行』には三段階の手順がある。
『宣誓』『方位』『術』がそれだ。
『宣誓』は例外を除きその人類固有の宣誓を行い、対応した種類の『気』を解放した状態になる。
この時同時に身体強化も自然にされ、『気』によって強弱を付ける事が可能だ。
そういえば先ほどテッセは猿人類が対応したものでない『宣誓』で『行』を使っていた、彼は例外なのだろう。
次に『方位』。
これは単純に『術』の準備段階で、『術』の系統を表したものである。
『方位』にはそれに適した『宣誓』があり、対応していないものは著しく効果が下がる。
ただし『方位』には『属性』というものがあり、『応属性』と『対属性』とで違いがあるので注意が必要だ。
とはいえ基本的に『宣誓』に対応した『方位』の『元属性』を使うのが最大効率なので、深く考える必要はないだろう。
最後に『術』だ。
『術』の種類は実に多種多様であり自由度も高い。
『方位』によって得手不得手があり相応でない『術』は発動さえしないが、その名の通り『方位』には一定の法則性があるので使用者のセンス次第といったところだ。
『術』の基本形は三文字の『言霊』から成り立っている。
『言霊』自体にも『行』の手順と同じような法則があり、これが結構難しい。
そして、『方位』と『術』を合わせたものを『祝詞』と呼び、声に出さなければ効果はほとんど現れない。
近接戦闘をしているテッセが言う事を信じるならば、彼女は『祝詞』を使っていない、『宣誓』の肉体強化のみで戦っている事になる。
「『秘宝』は呼びかける事によってその真の力を発揮する、そうですよね」
テッセは私の問いかけに対してやれやれといった態度を示した。
「君の言いたい事は分かる。
『秘宝』にもそういう合図みたいなものがあるって言うんだろ。
だがそれは『秘宝』を使う上で必須ではないんだ。
俺も『秘宝』を見た事があるんでね」
ではあの動きを可能にしているのはやはり『秘宝』なのか、それがあの杖だと……
「……これは渡さない」
ペリペテがぼそりと呟く。
「これが『秘宝』だと知っているのね、それなら……」
少女の『気』が高ぶるのを感じる。
「『秘宝』の力、見せてあげる……!
当たれ!『ステップスティック』!!」
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地下探検などと意気込んでみたは良いものの、早くも暗礁に乗り上げてしまった。
古井戸に落とされた僕は、迷宮探索の鉄板である方法で少しずつ進んだ。
手枷のせいで『行』が使えないばかりか真っ暗闇で文字通り一寸先は闇である。
右手側の壁を常に触りつつの移動は手間であるが確実だ。
漏れ出た光を見付けたのは二つ目の行き止まりを過ぎてからだった。
そこも元々は井戸だったのだろうか、しかし僕が落とされた場所とは違いゴミが山になっており、酷い異臭を漂わせていた。
見上げると外に繋がっていそうだという事は分かったが、かなりの高さがありゴミ山を登ろうがどうにもならないのは自明であった。
それはそれで絶望的ではあったのだが、そこまではまだ良かった。
次を探そうと振り返った時、悪夢と遭遇したのだ。
薄明りではあったがはっきりと分かった。
薄汚れた風体になってはいるが、あの王子アステリオだ。
他人の空似であって欲しいと思うより先に、その手に持つものが気になった。
斧だ。
片手で軽々と持っているから分かり難いが、僕の身体と同等の大きさであろう戦斧だ。
「……あなたもここに落とされたので?」
雰囲気がおかしい。とりあえずコミュケーションは取れるのだろうか。
「…………うをぉぉぉおおおおおーーーー!」
雄たけびなのか威嚇なのか、とにかく大声を上げた後彼ははっきりとこちらを見据えた。
獲物を狙う目だ。
直感でそう思いながらも僕はビビッていた。
王子アステリオはその蛮勇で知られている、戦闘力は並大抵のものではないはずだ。
そのアステリオにどうも敵認定されたらしい、これをビビらずにいられるかというものだ。
と同時に疑問もあった。
何故王子ともあろう者がこんな場所に?
僕を始末する為にわざわざ出向く訳がないだろうし、道に迷ったなんてあり得ない。
戦斧を持つ手が振り上げれ、僕の思考は遮られた。
避けなければ!
反射的に『行』を使おうとして手枷に気付き、すぐさま飛び退いた。
物凄い勢いで戦斧が振り下ろされるが、直撃を免れる事ができた。
……はずだ。
それだというのに、僕の身体は嘘のように吹き飛ばされ、ゴミ山に叩き付けられた。
おかしい。
僕と出会う前から『宣誓』しておいたとしてもこの威力は異常過ぎる。
直撃はしていないのだ。
あるいは『術』でも使ったのであれば説明が付くが、そんな素振りはなかった。
では、何故斧が振り下ろされただけで僕は吹き飛ばされたんだ……?
もしや『秘宝』を使っているのか……?
僕は彼の異様な姿を見た。
斧を振り回しているのだ。
誰もいない、空を切っている。
ゴミ山に埋もれかけた僕は、暗闇であることも加わって異様さを増したその光景に恐怖した。
アステリオはやっと動きを止め、そして辺りを見回した。
そして僕を見付ける。
僕の身体は痛みと恐怖で動く事が出来ない。
体力も限界だったし、半ばゴミ山に埋まっている僕は諦めた。もう終わりだ。
アステリオはゆっくりと歩を進め、ゴミ山を登り僕の真上へと到達する。
そして虫でも潰すように踏みつけた。
ああ、その斧で一思いにやってはくれないのか。
数倍はあろうかという体格差でもって踏みつぶされた身体はパキパキと嫌な音で悲鳴を上げ、僕は意識を手放した。