英雄テッセ 3
私達は犬獣人の村に足を踏み入れた。
「廃村……じゃないよね」
不安を押し殺しつつ尋ねると。
「隠れているな。明らかな敵意を感じる、油断するなよ」
と、明瞭なお答えをいただける。
私も『行』が使えれば気配の察知くらい出来るのだけれど。
「この村には名前が無いんだ。ただ、『罪人の村』と呼ばれているらしい」
罪人の村?いったいどういう意味だろう。
単純にスラム街のようなものを想像したが、それでも罪人の村等と呼ばれるのは違和感があった。
森にある木材を利用したであろう建築物が主であり、装飾の類は見当たらない。
店舗の宣伝看板や、宿らしきものが見当たらない所を見ると、客人を受け入れる前提は無いようだ。
それでも微かに生活感が漂っているのは、食事の支度らしき匂いからか、洗濯物らしき布がはためいているからか。自給自足という言葉が相応しい気がする。
キョロキョロと見回していると村の中心、他の民家より明らかに立派な建物から人影が現れた。
『犬人類』の老人と少女だ。
老人の方は見事な髭が蓄えられており白髪、表情は窺い知る事が出来ないが、しっかりとした足取りである。
少女の方は足が悪いのか杖を突いていて、老人に付き従っている様子だ。
「お客人、ここは見ての通り、何も無い村です。早々に立ち去るが宜しかろう」
温和な雰囲気で語りだした老人は、どうやら追い出す気満々だ。
さて、歓迎されてないみたいですよテッセさん、どうするんですか……?
と表情を窺うと、真っ直ぐに老人を見返している。その目には一片の曇りもない。
「この村にある『秘宝』を頂きに参った!」
「はあ!?」
何言ってるんだこいつ!
思わず大声を出したのは私だ。
そして……
「……賊か、命が惜しければお帰り願おう」
その言葉が合図であるかのように、隠れていた村民が姿を現した。
6人、いや7人か……あれ?でも。
「力尽くでも貰っていく!」そう言って腰の剣に手を添えるテッセ。
「危ないから少し下がってろ」と小声で伝えるテッセに私は応える事が出来ない。
ただ、痺れを切らして飛び込む後ろ姿を眺めるだけだ。
おかしいのは、ここが犬人類の村であるはずなのに、牛人類が混じっている点だ。
クレセン島では犬人類は迫害対象だと聞く。
それなのに、仲間のように共闘しているのだ。
さらに彼等が武器としているのは農具がほとんど。弓使いがいるが猟用だろう。
一方テッセは歴戦の猛者だ。このままでは……
「やめてーーー!」
叫んでももう流れは止まらなかった。
ドサリと音を立てて吹き飛ばされてきた犬人類の青年。
桑を弾かれ、体ごと宙に浮かぶ牛人類の壮年。あの体躯を打ち上げるってどんな腕力してんのよ……?
とにかく、私が目を逸らすわけにはいかない。
秘宝がこの村にあるですって?
それを奪う……?こんな村から?
『秘宝』を手に入れるのは私としても歓迎する所だ。
でもこんな酷い事って……
……あ、あれ?
テッセは人数の差を物ともせず、ひょいひょいと攻撃をかわす。
持ち手を払い、あるいは柄を絡めて千切っては投げ千切っては投げ。どうやら剣は使っていないようだ。
英雄とはこんなに強いのか。
「もうよい!」
老人が声を荒げた。
これだけ力の差を見せ付けられては引くしかないのだろうか、号令に従い村民達は下がる。
見た所起き上がれない者はいないようだ、良かった。
もちろんテッセも追い打ちを掛けるような真似はしない。
一瞬だけど疑ったりして悪かったかな。
「お客人を少々侮っていたようですな」
「では『秘宝』を?」
「ふむ……ペリペテよ」
呼ばれて少女が前に出る。
「このペリペテに勝つ事が出来たら考えましょう」
……?え、あの少女を戦わせるの?
あの『足が悪い』少女を?
「なるほど、幼女に暴力を働くのは聊か心苦しいのだが」
待って待って、それもそうだけどあの子、杖を突いているじゃないの!
良い村だって思ってたのに、それは無いんじゃないの?
「ご心配には及びません、この子をあまり甘く見ない事です」
そう嘯く老人に少々苛立ちを覚えた。
その刹那、物凄い速さで距離を詰める少女の姿が見えた。
次の瞬間には、あの英雄テッセが地面に倒れ込んでいたのだった。
一体何が起こったというのだろうか。
足が悪かったのは演技だったのか?
「テッセ様!大丈夫ですか!?」
「うん」と言って何事も無かったかのように立ち上がる。特に深手を負ったわけではなさそうだ。
しかし土埃が表情を曇らせ、混乱しているのが見て取れる。
「何か見えたか?」
何か?
……何かと言われましても。
「足が悪かったはずの少女が、そうとは思えないほどの速さで近寄って、あの杖でテッセ様を横殴りに……」
見たまましか伝えられない歯がゆさを噛み締める。
このままテッセが負けたら私はどうなるのだろうか。
罪人の村で罪人として暮らすのだろうか、笑えない。
「なるほど、確かに『あの杖』でだったんだな?」
「?……はい、そうだったと思います」
「そうか、参考になった、ありがとう」
そう言って駆け出すテッセ。
不意を突かれての失態だったのだろう、反撃に期待だ。
と、思ったら直ぐに殴られて足に土を付けていた。
そのままやられっぱなしではないテッセは少女の足を払い、転倒させる。
……が、不自然な動きでもってその体制を立て直した。
返す攻撃も受け、仰け反るテッセ。
「諦めたほうがいい、私の攻撃は避けられない」
少女の声がこちらにも届く。
避けられない攻撃?そんなの一体どうやって……
飛び退き、距離を取ったテッセは私に話しかけてきた。
「とりあえず分かった事を話すぞ」
何だろう、逃げ出す相談だろうか。
もちろんそんなわけはなく、驚くべき重大発表だった。
ぱっと見どこにでもある材質。
ちょっとした登山には丁度いいかもしれない、風景に隠れてしまう木の棒。
「少女が持っている杖、あれが『秘宝』だ」