英雄テッセ
ムウリ君が連れていかれてしまった……!
どうにも頭が回らない。
私はムウリ君と違って頭を使うのは苦手で、閃きと勢いが得意なのだ。
つまり、今は何の役にも立たない……!
もしかしたら次は私が拷問を受ける順番ではないか?
そんな不安を抱える自分が嫌になる。
ムウリ君は耐えたのだ、私にも何かできる事があるはず……
何か……
両手両足拘束。
できる事が……
鎖で繋がれ、牢には錠がかかっている。
あ、これ無理なやつかな。
ふて寝でもしようかしら。
でもさっきのやり取りが気になってどうしようもない。
ドネ王女……ムウリ君の予想が正しければ、彼女は秘宝に近い人物であるはずだ。
もしもドネが何も知らなければ、王か王妃のみが知る事となるであろう。
多分、おそらくきっと……そうだといいな……
……
「……あーーもう!出しなさいよ!出せ!このーーーー!」
私はむやみやたらと騒いで見せた。
この『枷』がどうにも厄介だ。
罪人を拘束するのが目的であろうから当然の事で、『行』を封じる効果があるのだ。
……もう一度、試してみるか。
集中、集中……!
「『しん』!」
駄目だ、『力』の発生が感じられない。
もうダメで元々!
「『かのえ』!『金剛力』!」
拘束具を思いっきり引っ張ってみる。
ぐぬぬ……
ビクともしない。
「こんのおおおおお……!」
はあはあと息を切らす。
別に大変な運動をしたわけでも無いが、大人しくしていても気が滅入るだけだ。
諦めたらそれまでだし、誰が見ているものでもない。
「……何してるんだ?」
誰が……見ているものでも……ない?
ハッとして声が聞こえた方を見ると、そこには英雄が立っていた。
牢の外に、英雄テッセがいた。
嫌な間が流れる。
分かりやすく言うとあれだ、気まずいってやつだ。
顔が火照って熱い。
これは間近で見た英雄が男前だったとか、全力を出して疲れたからとかではない。
当然私の、この無様な姿を見られて恥ずかしいのだ。
「まあいい、とにかくここを出るぞ」
……ここを出る?
英雄テッセがわざわざ、この私を?
何か裏があるのか?
流石の私も怪しいと思うくらいの常識はある。
城の地下牢に部外者とも言える人物が来る、それはつまり……
「脱獄するってこと……?」
テッセは錠前を手に取り、眺めながら答える。
「まあそうなる。声は出すなよ、静かに逃げるからな」
見たところ鍵の様な物は所持していないようだ、一体どうやって……
「『しん』『かのえ』『鉄分解』」
キィーーーンという音波の様な響きと共に、留金が本体から離れた。
「……よし」
……よっしじゃねえよテッセあの野郎やりやがった!
どう見ても無理やりぶっ壊してるし、思いっきり犯罪者の仲間入りだ!
いや私も元々犯罪者扱いだからこんな所に入れられたんだけど!
だけど!!!
「一体どういうつもり……」
と私が言いかけると、テッセの手のひらが口を塞ぐ。
行を使ったので気を帯びている。ごつごつとした逞しい手だ。
顔は美形のくせにやはり戦士なのだなと思わせた。
次は足だと視線を落とす。
どうやら足枷から延びるそれは、どこにでもあるただの鎖のようだ。
「『かのえ』『鉄分解』」
この人、迷いが無さ過ぎてちょっと怖い。
「これで動けるだろう」
足に繋がれていた鎖は外されたが、金具はそのままだ。
ちょっと重いがどうということもない。
問題は手枷の方で、外からの行の干渉も防ぐらしい。
こればかりは鍵が無いとどうしようもないのだ。
無言で差し伸べられた手を、私は是非もなく握り返す。
グイと引かれ立ち上がると、勢い余って彼の胸に飛び込む形となった。
経過はどうあれ、テッセは私を助けてくれるんだ……何だかドキドキする。
慣れたように私を受け止めるテッセに、この鼓動が悟られているだろうか。
見上げると、テッセと視線が交差……しない、何てロマンスの欠片もない奴。鈍感か?
……いや、牢屋でロマンも何も無いか。
少し顔が赤かったのは私の気のせいだろう。
テッセは私の腕を引いてさっさと先を急ぐ。
行き止まりの壁へ向かって。
「ねえ、ちょっとどこ行くの」
テッセは何事も無いかのように突き当たりで立ち止まり、壁に向かって何か探しているようだ。
「地下牢に抜け道というのは結構よくあるものなんだ……あったぞ」
なるほど、アタリを付けていたわけか。
「『ちゅう』『つちのと』『壁開門』」
またしても迷い無し。
下調べは万全ですという流れるような行動だ。
……まさか常習犯か?
ズズズ……と音を殺す様に壁が開かれ、上り階段が現れた。
光が漏れ出ているので直ぐに外なのだろう。
「ここを出たら近くに橋があるはずだ。その先の森の中に古井戸がある、そこで待ち合わせよう」
テッセからも補足が入る。
という事は、一旦離れるという事?
ムウリ君と引き離された挙句、希望の助けに来た英雄とも離れ離れだなんて……
「安心しろ、俺も直ぐに行く。……直ぐにだ」
「……分かった」
やってる事は脱獄だ、時間が無いのかもしれない。
とりあえず言う通りにする事にした。
「じゃあ古井戸で、捕まるなよ」
私は頷くと「『つちのと』『壁閉門』」と行を唱えるテッセの声と、安心させようと微笑む顔が少しずつ見えなくなっていった。
初あとがきです。
行が初登場しました。
行はこの作品内の魔法のような位置づけです。
「魔法」のタグを付けていますが、そういう要素のものがあるよという意味合いです。