王女ドネ 2
少女が王家に引き取られたのは物心つく前であった。
猿人類である彼女が牛人類の、しかも王家に引き取られた事に違和感を感じる者も多かったが、蝶よ花よと可愛がられ、何不自由なく育っていった。
少女は少し大人になった。
何となく、自分が特別視されているのには気付いていた。
それは王女であるからかもしれないし、兄弟の末っ子であるし、唯一の女性であるからかもしれない。
そんな彼女とは裏腹に、疎まれている存在がある事にも気付いていた。
兄弟の長兄である、アステリオその人である。
少女は特に考える事無く、本人に尋ねた事がある。
「どうしてお兄様は他のお兄様と違って嫌われているの」と。
それは幼さ故の残酷さであったし、アステリオもそのくらいは理解していた。
ああ、この純真無垢な少女を傷つけてはいけないなと、努めて明るく答えたのだった。
「きっと俺は頭が悪いからさ。将来俺みたいな奴が王になれば国は傾くだろう、弟達はそれを心配しているのさ」
少女にはそう言った兄の表情が、どこか悲し気に見えるのだった。
少女はまた少し大人になった。
すっかりお兄ちゃん子に育った少女は、アステリオにべったりであった。
逞しい体躯を誇る牛人類の戦士であるアステリオの傍を猿人類の少女がちょこまかする様は、滑稽ではあれど微笑ましい光景ではあった。
しかしそれもある時を境になかなか見る事が出来なくなってしまう。
何がきっかけであったのか少女には分からなかったし、もしかしたら理由なんて無かったかもしれない。
島外の任務が増えたアステリオと少女は、たまの帰郷になると時も忘れ一緒に駆け回り、周りを呆れさせるほどであった。
少女は更に少し大人になった。
そして、大きな使命を背負う事となる。
それはそれは少女に深い重責を掛け、と同時に誰にも秘密を漏らしてはならなかった。
いや、あるいはアステリオなら……と少女は思う。
別に戒律として決まっているものではないが、これを漏らしてしまっては大変な事になると、この頃の少女にも想像できた。
あのアステリオなら、力になってくれるかもしれない。
少なくとも相談するだけでも肩の荷が下りるというものだ。
しかしそれは同時に、アステリオにも荷を負わせる事となる。
少女はすっかり大人になった。
覚悟を決めたのである。
次にお兄様が帰国したら打ち明けよう、そう決意していた。
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ドネは苛立っていた。
せっかくお兄様が帰って来たというのに、全然ゆっくりと話が出来ない。
まさか英雄テッセまでも訪ねてくるとは思わなかったから、国は大きく動く可能性がある、仕方のない事だ。
しかしながら、そうして無理やり納得しているのももう限界である。
王家の事を嗅ぎ回る賊がいた事は知りつつも放置していたが、大事なお兄様に焦点を当てだしたので放ってはおけない。
意外にもあっさり賊が捕まったのは良かったが、今度はお兄様が全く見付からなくなってしまった。
誰に聞いても知らぬ存ぜぬ……もしかしたら、いやきっとあの賊が何か謀ったに違いないのだ。
賊が口を割らないのは想定内だが、居てもたってもいられないと独房に独り向かうのだった。