王女ドネ
王子が帰ってきてから二日が経った。
すぐにでも発表があると思われていた王子アステリオによる外交の成果は、何も情報が無い。
成果が上げられなかったのではないかとか、英雄テッセがいながらそんな事はとか、色々な噂が飛び交っている。
最悪のシナリオはテッセが敵対していて、クレセン島には宣戦布告を言い渡しに来た、とかだろうか。
一方で、英雄テッセを街で見かけたという情報もあった。
テッセならば島外で何があったのか知っているだろうし、そちらに目標を移した方がいいかもしれない。
「……と思うんだ」
「異論ないです」
私が即答すると、ムウリ君は訝しんだ。
いやいや、種族違いかつ身分違いの恋より、同人類の方が脈ありかもなんて思ってませんよ、ええ、思ってませんとも。
何ならあわよくば両方とお近付きに、なんて野望はありませんとも。
「何か怪しい」
ムウリ君は疑っているようだが、私だって別にそこまで夢見がちなわけではない。
あわよくば、だ。
……あったらいいな。
「とりあえず、方向性は決まったのね」
まずは英雄さまとお知り合いになって、その人脈を足掛かりとして王子に近付くという事だ。
「うん、後は英雄テッセが今どこで何をしているか、だね」
「確か、お昼以降の目撃情報はないのよね」
「そうだね、でも聞き込みっぽい事してたみたいだから、何か目的があったはずだよ」
「雑談じゃなくてちゃんとした理由があったわけか……探し物か何かかな」
「探し物ってまさか……」
二人で目を見合わせた。
『秘宝』という言葉が脳裏に浮かんだ。
ムウリ君もきっと同じ事を考えているだろう。
これは難しい問題だ。
ただでさえハードルが高いというのに、英雄テッセも同じ目的となると。
「早い者勝ち、という訳にはいかなくなる可能性がある」
ムウリ君は不安を露にした。
私も考えてみた。
仮にテッセが先に秘宝を手に入れたとする。
かの英雄が探すくらいだ、他人に譲るなんて事はまず無いような気がする。
仮に私達が先に秘宝を手に入れたとする。
テッセは黙って私達を放っておくだろうか。
ならば、どちらにしろ敵対関係になるのではないか?
これはもう「詰み」の状態では……
と私は絶望したが、ムウリ君には考えがあるようだ。
「少なくとも、僕たちが先に秘宝を手に入れる必要がある」
結局、テッセと競争するわけか。
「テッセにはどう説明するのよ」
「……説明はしない、黙って逃げる」
なるほど、それはつまり。
「はああ!?それって敵対するって事?冗談じゃないわよ!」
私は憤慨したが、ムウリ君は冷静だ。
「英雄テッセにはこちらの目的を悟られないようにする。少なくとも王子アステリオとの繋がりが出来て秘宝を入手するまでは。さらに英雄テッセの目的も知らないという体裁で行くのが良い」
それってつまり。
「騙すって事?」
「人聞きの悪い事を言わないでよ」
そう言いながら飴を差し出す。
少し落ち着け、という事だろう。
「英雄テッセには悪いけど僕たちにも目的があるからね、それに彼の目的が秘宝と決まった訳じゃない」
それは確かにそうだ。
そうなんだけれども……
「それだと、テッセと深い仲にはなれないんじゃない?」
「最低でも知人にはならなきゃだけど、友人を超えるのは堪えて欲しい」
ああ……早くも英雄様とのロマンスの可能性は潰えたわけね……
ま、まあ王子様とのロマンスはまだ可能性が?ある、かな?無理そう……
私が勝負もせずに受けた敗北感に打ちひしがれていると、扉がノックされた。
ムウリ君が気を利かせて開けてくれるが、私達に用事がある人なんかいるだろうか? 夕食まではまだ時間があるし。
そこには煌びやかな衣装を身に纏った『猿人類』の少女が立っていた。
こんな安宿には不釣り合いな気がする。
「何の御用で……?」
ムウリ君が控え目に問うと、屈強な兵士が二人、部屋に侵入して来た。
「え、なな何?」
私達の疑問に答えるように、少女は言い放った。
「あなたたちが最近兄さまの情報を嗅ぎまわっている怪しい連中ね」
そんな怪しい者では……と言おうとしたが、種族違いの二人でかつ観光と言いながら王家の事を色々聞いて回っている、十分怪しいわ……
自己分析した私はムウリ君に助けを求めたが、彼は彼で既に拘束されていた。