罪人の迷宮 2
ハッとして起き上がる。
まずは状況確認だ。
この部屋には見覚えがある、僕とリンナで一緒に取っている宿の部屋だ。
真っ暗だった。
カーテンの隙間から差し込む月明りが辛うじて部屋の輪郭を写す。
時間は分からないが、呪いを掛けるには丁度良さそうな時間帯に思えて我ながらゾッとした。
勝手に想像して勝手にビビってれば世話ない。
灯りを付ける。
連行された時より一層散らかっていたが、申し訳程度に片した様子も見えた。
兵が常識人であったか、あるいは宿の主人の仕業か。
いずれにせよ、今日の宿代は渡してあったはずなので問題無いだろう。
とはいえこのままこの宿に世話になる訳にはいかない、早々に立ち去るべきだ。
僕はクローゼットを開け、自分の鞄を取り出した。
とりあえず荷物の整理だ、最低限必要なものだけでいい。
時系列順に整理してみよう。
まずリンナだ、彼女の救出が最優先事項。
ここに居ないという事は、まだ牢で大人しくしているのだろうか。
部屋を片したのがリンナで、今は部屋を空けているというのは?
……この大雑把な感じはリンナらしいが、この時間に部屋を空けるのは流石にないか。
どちらにせよ、もう少しここで待機する必要がある。
救出と言ったが僕に出来る事はもう済んでいるので、後はリンナのタイミング次第だ。
まさか分断されるとは思わなかったからなあ……
リンナにあげたのと同じ飴を口に頬張り、考察を続けた。
ドネ王女、どういうつもりだったんだろう。
そしてあそこで出会った牛人類は、おそらくアステリオだ。
ドネ王女が僕と同様、アステリオを葬った……?
何故だ?
ミーノス国としてはアステリオが邪魔だった、何か国の秘密を知っていたから?
それを隠す為にドネを利用して……探りを入れている僕達もまとめて消した。
……何となく辻褄は合う気がする。
ミーノス国が隠したかった事とは一体何だろう。
……アステリオの狂暴さを思い出し身震いした。
身体は……ちゃんと直っている。
きっと彼自身を隠したかったのではないか。
あんな風になってしまった彼自身を、国の汚点として葬り去った。
おそらく『秘宝』だ。
アステリオに何か悪影響を与えているのだ。
大まかな推測は間違っていたとしても、それだけは確信に近い。
恐ろしいのはあの破壊力だ。
元々の力が凄まじいのを加味して、あの「秘宝」がどんなものだったか思い出す。
避けたのに吹き飛ばされた事実から、あの斧がそうかどうかはともかく、彼が秘宝所持者である事は疑いようがない。
『秘宝』はそれ自身が『気』を持っていて、所持者の能力を総合的に底上げする。
武器に『気』が宿っていたのであれば、吹き飛ばされた点も特に疑問は無い。
やはり気になるのは、狂暴さが具現化したような状況で何か『迷っている』ように見えた事だ。
そこに望みがあるような気がする。
闇夜の静けさを打ち払うように、遠くから複数の蹄鉄の音が聞こえて来た。
僕は咄嗟に灯りを消し、声を殺した。
鞄を抱え、じっと待つ。
……どんどん近くなって来て、それは宿の前で止まったようである。
ここまで来たら最悪の状況まで想定するべきだろう。
そっと窓から外を覗くと、馬車から降りるドネ王女らしき姿が見えた。
こんな夜更けに何故?
僕の居場所が分かるのか?
それとも他の目的が?
考える時間は無かった。
ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえ、僕は窓を開けた。
足を掛けた時、部屋のドアは開かれた。
驚いたように目を見開いたドネ王女がそこにいた。
何て顔をしているんだ、驚いたのはこっちだっていうのに。
「ごきげんよう、ドネ王女」
仕方がないので何となく挨拶を済ませ、応えを待たずに飛び降りた。
「お、追え! 追えーー!」
兵に指示を出す声は瞬く間に遠のき、代わりに地面が近づいて来る。
このまま叩き付けられたらぺちゃんこだ。
僕は飴をかじった。
「着地する!『ドロップドロップス』!!」
階段の二、三段くらいから飛び降りた程度の感覚で、僕は宿の外に着地した。
馬車に待機していたらしい兵が慌てているが無視。
とにかくここを離れようと走り出した。
……ダァン!!
と、何か重い物が落ちて来た様な物音。
足が止まり思わず振り返ると、ドネ王女がうずくまっていた。
見上げると、僕が飛び降りた窓が見える。
他に開いている窓は無い。
しかし、あそこは三階だ……
何事も無かったかのようにドネ王女は立ち上がると、
「どうやったの?今」
怪訝そうな表情で、そして直ぐに険しい口調に変えて言い放った。
「どうやったの!あなた!今一瞬消えた様に見えたんだけど!?」
そりゃあこっちのセリフだ!
と、まあ身体強化をして無理やり飛び降りた感じだろうけど、王女様のする事ではない。
兵が集まる前に逃げるに限る。
「『しん』『かのえ』『強速脚』」
ドネ王女の『行』だ、リンナが同じのを使うのを見た事がある。
「『ね』『みずのえ』『水包膜』」
僕は『行』で水の膜を張り、結果を見ずにそのまま駆け出した。
『強速脚』で機動力を増したドネ王女は、その速度でもって膜にぶつかり衝撃を受ける。
『水』はゆっくり入れば害は無い。
ただし、相応の速度をもってぶつかった時、その強度は何倍にもなり相手を傷つけるのだ。
『水包膜』はそこにあるだけならただの障害物だが、速度をもってぶつかると反動が大きい、カウンターのように使う事が出来る。
どうやら上手く行ったようである。
破られた水の膜は飛沫となり、若干の目くらましにもなる。
視界から逃れればこちらのものだ、飴をかじった。
「発見されず逃げ切る!『ドロップドロップス』!!」
『緊急回避』の能力がある僕の『秘宝』なら、この窮地も乗り切れるはずだ。
……!?
違和感、というか抵抗を感じた。
『秘宝』の使用において『抵抗を感じる』、それはつまり同じような『秘宝』による干渉があるという事だ。
まさかあの時、アステリオから何らかの影響を受けていた?
いやしかし『回避』で宿まで戻ったはず、それはおかしい。
それなら……
「私が質問しているのよ? 一目散に逃げるなんて失礼ではなくて?」
『ドネ』だ。
彼女が『そうだった』のだ。
「でもまあいいわ、それは分かったし。
鼠人類の……ムウリと言ったかしら」
王女様は余裕を見せる。
先ほど三階から飛び降りたとは思えないほどに。
「そう……『あなたもそうだった』のね」
見ると、僕の身体から淡い光の線が伸びているのが見えた。
それは王女ドネの掌へと繋がっている。
「でも残念、私の『ガイドスレッド』があなたを逃がさない」
それじゃあまるで死刑宣告だ。