罪人の迷宮
行き止まりに着いた。
追い詰められたとも言う。
一目散に逃げていた私は振り返り、現状把握を試みる。
と、先ほどと同じようにペリペテが私の方へ向かって来ていた。
「はっ!」
真剣白刃取り!
私とて、そう何度も同じ手は食わない。
見事防衛に成功した私は、手の間をすり抜け枷によって防がれている杖を目にし、自力ではなかったと痛感した。
フフンといった表情のペリペテを睨みつけ、それはともかくとアステリオを窺う。
見失っている……?
相手にしていたペリペテを一瞬見失ったとかなら分かるが、鼻息荒く辺りをキョロキョロしている様子だ。
灯りも私が持つもの一つだし、これを頼りにすれば良いはずだ。
もちろん一本道である。
「おそらくだが、自我を失っている」
「そんな、なんで……」
「さあな、あんな状態は初めて見た。戦場でもああはならなかったさ。つまり外的要因だろう」
テッセは秘宝のせいでああなったのではないかと、そう言っているのだろうか。
秘宝は神から人への授かり物、そうではなかったのか。
では、人に害成す事などあるのだろうか……
分からない、分からないが。
「何となく、あの斧が怪しいと思う」
私が言うと。
「同感だ。あんなもの初めて見る」
とテッセが同意を表す。
「禍々しい気を放ってる。よく分かんないけどあれは呪いのアイテム。絶対そう」
秘宝持ちのペリペテは何故かそんな評価を下す。
呪いのアイテムか、と目を移すと、アステリオと目があった。
彼は斧を振り上げていた。
「迷わせろ、『ラブレスラビリンス』」
視界が揺らいだ気がした。
そして船酔いにも似た感覚の吐き気と、耳鳴りのようなものを感じる。
アステリオは振り上げた斧を力いっぱいに投げつけて来た。
私は動けない。
一瞬だった。
その一瞬で避けなければとか、ペリペテは避けられるだろうかとか、カンテラは死守しなければとか、無駄な事が頭をよぎった。
それは思考と呼べるものではなかった。
しかしこれはチャンスかもしれない。
秘宝であるかもしれない謎の武器である斧を手放したのだ。
見ると、行き止まりだと思っていた格子のいくつかが粉砕されていて、人ひとり程度ならば余裕で通過出来そうになっていた。
これは運が良いかもしれない。
この先を通れば上手く行けば逃げおおせる事が出来るかもしれないし、ペリペテの『ステップスティック』の結果もこれを見越しての事だったのではないかと思える。
斧は……格子の先にある。
何ならあれを回収して逃げるべきだろうか。
いや、あれが原因でアステリオがおかしくなったのだとしたら、同じ事が私に降りかからないとも限らない。
私がアステリオのようになってしまうかもしれないのだ。
……かもしれない、かもしれない、かもしれない……
……?
何かおかしくないか?
私はこんな思慮深かっただろうか。
とにかく、逃げるにしてもテッセとペリペテの同意が必要だろう。
いや、今更そんな必要もないか。
戦闘要員ではない私はとりあえず格子の向こう側へ退避しておくべきだろう。
しかしもし、このままここで戦って決着を付けるつもりだとしたら?
相手が武器を失っているのならば、あのテッセならば勝機があるかもしれない。
やはり二人の同意が必要な気がする。
……何だこれ?
……おかしい、と思った時にはもう手遅れかもしれない。
ああ、また『かもしれない』だ。
アステリオは一歩一歩確実に向かって来ている。
そもそも斧なんていらないのだ。
彼は体躯からして私の倍以上はある。
身体強化したテッセと渡り合うレベルなのだ。
私がどうこうしたって意味は無い。
何だこれ、何だこれ、何だこれ……
いや、分かってる。
これは精神か感覚か、そういったものが『狂わされている』のだ。
きっとそういう『能力』なのだ。
そんな恐ろしい『能力』の秘宝なんて、あって良いのだろうか。
悪用してくれと言っているような物だ。
何なら使用者本人もおかしくなっているではないか。
動けない。
麻痺しているとかそういう直接的なものではない。
『どう動いたらいいか分からない』、だから動けないのだ。
テッセは、ペリペテはどうしているのだろう。
いや、他人の心配をしている場合か?
これは内面に対する攻撃だ、これを打破するには自分自身でどうにかするしかないのでは?
いや、今私は足手まといだ、それならば……
いや、いや、いやと何を迷っているんだ私は、しっかりしろ!
テッセ!
テッセは剣を構えている、しっかりとした構えに見えるが酷い顔だ。
ペリペテはどうでもいいか、いや一応見ておこう。
ペリペテは今にも倒れそうな身体を、杖で必死に支えている。
これはよくない。
よくない、よくない、よくない……!
……動けえ!!!
「テッセーーーー!! 前、見て!!」
出来る限りの声で叫んだ。
今の私に出来るのはこれくらい。
ただ簡潔に。
やれる事を。
やるべき事を。
「うぅおおぉぉおおーーーー!!」
呼応するかの様にテッセは雄叫びを上げ、肉薄していたアステリオに斬り込んだ。
ペリペテを確認する。
駄目だ、ガタガタと震えている。
少女には特に堪えるのかもしれない。
私は片脚を前に出す。
いや、テッセが復帰した今なら逃げきれるのでは。
あるいはペリペテを激励して援護してもらうとか。
何考えてるんだ私は。
もう片方の足を前に出す。
考えるな。
いやいやいやいやうるさい!
テッセが戦ってる! ペリペテが震えている!
単純な事だ!
足を前に出せ。
そう次はもう片方!
歩ける! いける!
こんにゃろおおお……!!
「ペリペテ!」
私は彼女を抱きとめ、優しく包んだ。
すると崩れ落ちるように身を預け、震えは瞬く間に収まっていった。
「良かったペリペテ、無事?」
「……ん、大丈夫、元々大丈夫だった」
強がり言っちゃって、可愛くないやつ。
とにかく安全な所へ……
と、ペリペテが恐怖の表情を浮かべる。
……まさか。
せめてペリペテは守ろうとしっかり抱きしめた私は、勢いよく突き飛ばされ無様に地面を転げた。
「お、おい大丈夫か!」
ペリペテは……どうやら無事のようだが酷い顔だ。
まあきっと私はもっと酷い顔なんだろうが。
「しっかり……えっと、リンナ!」
そっか、えっと、多分擦り傷だけだ。
勢いよく飛ばされたが、アステリオにとってはちょっと邪魔だから押しのけた程度だったのだろう。
その証拠に格子を軽く粉砕して、今まさに斧に手を伸ばしている。
「やっと名前呼んでくれたね」
少し場違いなセリフかもしれない。
「な、何言ってんだあんた」
ペリペテが顔を赤らめて見えるのはカンテラの灯りのせいだろうか。
「これで修理代は奴持ちだな」
駆け付けたテッセがボロボロになった格子を見て言う。
元々払う気なんて無かったくせに、まだ軽口を叩く余裕があるようだ。
さて、第二ラウンド、かな。