秘宝『ステップスティック』 4
行き止まりだった。
洞窟をしばらく進むと地下水道があり、そこを突き進んで来た。
分かれ道もいくつかあったが、ペリペテの『秘宝』が示した方向へ進んで来た。
しかし……
「行き止まりだな」
「行き止まりね」
「うん」
見れば分かる。
「巫女、この辺りを照らしてくれ」
ぶっきらぼうに指示を出すテッセに少しムっとして
「テッセ様、私にはリンナという名前がございます」
と嫌味を込めて進言した。
「それはすまなかった、リンナ頼む」
素直に謝るテッセはやはり憎めない人だ。
思えば自己紹介もしていないし、テッセに落ち度は全く無いと言っていい。
この感じで女を虜にしていくのだろう。
私は持っていたカンテラで突きあたりの隅の方を照らした。
何故か灯りを持つ役目は私が任されていた。
他に何も出来る事が見付からなく、甘んじて受け入れるしかなかった訳だが。
「やっぱり迷宮が大きくなったせい?」
ペリペテが疑問を口にする。
発端はやはりペリペテが気付いた違和感である。
洞窟を入って直ぐに、過去に少しだけ洞窟探検をしたことがあったと話したのだ。
大人には酷く叱られたようだが、その時と構造が違っているようだと言う。
テッセが言うには、それも『秘宝』の影響ではないかという話だ。
何がどうなって秘宝が洞窟を大きくするのか分からないが、テッセが言うのならばそれはその通りなのかもしれない。
「それもあるかもしれなが、どうだろうな。これを見てくれ」
差された所を見ると、錆び付いてはいるが未だに閂に鍵が刺さっている。
格子状の行き止まりは異物を遮るような目的であろう。
水だけが先に流れるようになっているのだ。
これは行き止まりとも言えるし、違うとも言える。
「壊して進むか」
おいおい野蛮人か、英雄テッセ様は想像していたよりアクティブなようである。
「他にも道はあった」
と意外にも止めたのはペリペテだ。
「でも、『ステップスティック』は必ず対象に到達するんじゃ?」
「そうか、『時間差』か!」
テッセはすぐに理解したようで、頭が悪いのは私だけのようだ。説明してくれ。
「いいかい、作為無作為に関わらずいつかは必ず到達するんだ、今回はヒント無しで探しているのだから無作為にあたる」
「跳弾と同じ」
「だから遠回りしている可能性だってもちろんある」
うん、分かるような分からないような。
「それじゃあ、秘宝を使っていなくても同じなんじゃあ……」
当然の疑問を口にするが、私自身心の中で秘宝の効果が無いなんてあり得ないと結論付けている。
「『そう見えるがそうじゃない』んだ。だから跳弾の攻撃は苦戦した」
あ、あれ苦戦してたんだ。
「この秘宝の凄い所は、必ず目的の場所まで到達するという点にある。
目的のものが遠ければ分からないが、アステリオがこの洞窟にいる事はほぼ確定事項だ。
なら、そう時間はかからないと思う」
そういうものかしら。
秘宝の効果はともかく、アステリオの所在もテッセの予測だけなので、私には全く見当もつかない。
「じゃあ、もう一度ここで秘宝を使ったら?」
「……あー」
「……なるほど」
まさか思い至らなかったのか……?
今まで分かれ道でどちらに向かうかの指針にしてきただけなので、行き止まりで使うという発想は無かったのかもしれない。
行き止まりの方向を指せば、それこそ壊してでも進めば良いのだ。
「『ステップスティック』」
杖は今来た道を差した。
「壊さなくて良かったわね」
「弁償出来ないし助かったよ」
この迷宮が誰かの持ち物であるとは思えないが、軽口を叩く余裕はあるようだ。
「でもこれ、ただ時間を無駄にしただけって事?」
テッセは少し間を置き、答えた。
「こうは考えられないだろうか……相手も移動している」
……あ、確かにそうだ。
今探しているのはアステリオ、生きている人間だ。
突然こんな暗がりの迷宮に放り込まれ、さぞ心細い事だろう。
「早く見つけてあげなきゃね」
「……そうだな」
意味あり気な間を持たせ静かに答えるテッセも、何か思う所があるのだろう。
ひとつ前の分かれ道に差し掛かる直前、動く影が見えた。
「あれ、誰かいるんじゃない?」
私が言うとテッセは油断なく構え、ペリペテも歩みを止めた。
「ほらね、言った通りだろ」
何故か緊張感のある声音だった。
行かなかった方から出て来たであろう影はその動きを止め、ゆらりと蠢く。
嫌な予感が、とても嫌な予感がした。
待ちわびたはずなのだ。
彼は独りぼっちで暗闇で寂しかったはずで、私達は助けに来た。
一緒に村に戻れば、一応の解決にはなるはずだ。
後はムウリ君だ、彼は無事だろうか。
ふとムウリ君の顔が脳裏に浮かぶが、首筋を伝う冷や汗に流された。
何だろう、このプレッシャーは。
迷宮に棄てられた人間には見えない。
あの時一瞬見た彼とはまるで別人ではないか。
揺らぐ灯りを向けると、そこには獲物を狙う野獣の瞳が……
鈍く響く轟音が耳に達すると同時に、私はテッセに抱えられていた。
飛び退き、距離を取ったようである。
襲って来たのだ、アステリオが、私達を襲ってきた……!
「なんで……」
「リンナはカンテラを死守しろ、灯りはそれしかない」
優しく努めたテッセは、私を守るように構えた。
「ペリペテ!やれるか!」
二人はアイコンタクトで頷き合い、戦闘態勢である。
まるでこうなる事が分かってたみたいだ。
英雄テッセ、彼は一体どこまで先を見通しているのだろう……?
私にできる事は、二人が戦い易いように戦場を照らす事くらいだ。
何故こんな事になってしまったんだろう。
「『しん』『かのえ』『超感覚』!」
テッセは最初から『行』を使っていくようだ。
それだけアステリオは強いのだろう。
「『じゅつ』!当たれ!『ステップスティック』!」
ペリペテは率先して攻撃に移るようだ。
ペリペテの攻撃はアステリオの腕へ……と思ったがそのまま払い除けられてしまう、力負けしているのだろう。
入れ替わるようにテッセの斬撃が見舞う。
これは斧で防がれるが、テッセは返す刀で連撃を繰り出した。
「……?」
が、何故か空を切る。
避けられたとかそういう風には見えなかった。
『何もない場所をテッセ自らが』切っていたように見えた。
隙を見せたテッセが蹴り飛ばされ、こちらに転がって来る。
駆け寄ってその事を伝えると「嫌な予想が当たったみたいだ」との事。
一方ペリペテは『石射弾』で応戦している。
「当たってない」
何のことかと思い視線を追う。
ペリペテの『石射弾』は秘宝『ステップスティック』の能力を乗せてあるはずだ。
だというのに『当たらない』とはどういう事だ……?
正確に言えば半数以上は当たっている。
しかしそれもクリティカルなものは無く、ダメージを感じさせない。
問題なのは『必中のはずの攻撃が当たっていない』事だ。
その『石射弾』の軌道はまるでアステリオを避けるかのようであった。
今更何故、なんて事は言わない。
「……秘宝の能力?」
「だろうね……ペリペテ!こっちへ!」
声に反応し、斧での攻撃を避ける勢いでこちらに到着するペリペテ。
その杖は私の額にヒットした。
「ちょっと何するのよ!」
「これが一番早い」
こいつ!私を対象に能力を使ったのか!
確実で早いだろうけど!早いだろうけど!
「もたもたするな、逃げるぞ!」
テッセの声で我に返ると、言われた通り駆け出した。
「でもそっちは行き止まりじゃ……」
引き返した方向に向かう。
テッセは……何を考えているか分からない。
そして何も答えない。
「どう……するの?」
やはり答えない。
何か考えがあるんですよね?テッセ様?
お願い答えて……!
私の願いも虚しく、行き止まりに追い詰められてしまった。