秘宝『ステップスティック』 3
私達は洞窟の前にいた。
「よし、確かめてみてくれ」
テッセの言葉にペリペテが応える。
「『ステップスティック』」
持っていた杖を手放すと、その先は洞窟の中を指し示していた。
最初に聞いた時は驚いた。
てっきりこの秘宝は戦闘向きだと思っていたのだ。
テッセは村長との会話でアステリオを探していると切り出した。
運良くペリペテもアステリオの容姿を見たことがあるらしい、それで秘宝の出番という訳だ。
『棒の秘宝 ステップスティック』……その能力は『使用者の意思に関わらず無作為に、特定した対象に向かっていく』というものだった。
足が悪いペリペテは普段この能力を地面を捉える事に使っていた。
どんなに不器用だったとしても能力を使い、その杖にしがみつけば立ち上がる事ができるという算段だったのだ。
実際それは上手く機能していて、ペリペテは村で不自由無く暮らす事ができていた。
少し問題があったとすれば、それが村にとっても大事なものであったという事か。
そこでテッセが秘宝を手に入れんが為に現れたから大変だ。
全力で迎え撃ったがこれも返り討ち。
哀れ秘宝はテッセの手に渡る事となった。
テッセはアステリオ探索に秘宝を使うつもりだったようだ。
てっきりテッセが所持者になるものだと思っていたが、まだそのつもりは無いらしい。
ペリペテが秘宝を天に向けて構え、『ステップスティック』でアステリオを思い浮かべながらその手を離す。
すると地面に落ちた棒は倒れ、何れかの方向を指し示すのだ。
「道に迷った旅人が運任せでやるって聞いた事があるけど」
実は私も、運を天に任せるというのは嫌いじゃない。
しかしこれは運などでは断じてない。
「何度やってもこっち」
「じゃあ行くか」
『秘宝 ステップスティック』にこんな使い方もあったのかと他の誰も知らなかったようだ。
唯一テッセは半ばこの展開を予想していたようだった。
私、テッセ、そしてペリペテの三人でこの洞窟、罪人の迷宮へとアステリオ探索に向かうという事をだ。
秘宝を手に入れるどころか、所持者をそのまま連れてきてしまうなんて全く予想できなかった。
ペリペテはというと秘宝の使い方に関心していたが、私はそんな事よりも何故アステリオが罪人の迷宮なんかに、という疑問が消えない。
村の外れにある『罪人の迷宮』は、罪人の村と呼ばれる由縁でもあったようだ。
随分と昔から、都合の悪い人物を秘密裏に葬り去る先として地下水脈が使われていたそうだ。
記録にも残らない遥か昔には水源として使われていたらしいが、その機能を失ってからは自然の迷宮と化した。
これを王家が利用していたらしく、その風習は今でも続いている、と……
「つまりアステリオは王家にとって都合が悪い?」
私は疑問を吐露した。
「いや、都合が悪いのはその通りだろうが今更だ。おそらく体よく利用されたんだろうな」
「……何に?」
「……ミーノスは大陸から目を付けられているのさ」
「大陸というと、やはり外交先のアテイ?」
「そうだ、ま、東だけなら小国だが西との折り合いが付かないらしい」
アテイはクレセン島から大陸に向けて一番近い国となる。
厳密に言えば東西がそれぞれ独立した国ではあるが、近付いたり離れたりしていてよく分からない。
ちなみにクレセン島はミーノス国の領地という事になっている。
今回アステリオは東アテイとの国交で出向いていたはずだ。
「向こうは何て?」
「人類格差だとか差別だとか、そういう話だ。奴隷だとか古臭い制度も採用しているってな」
なるほど、言いたい事は分かる。
分かるけど……
「……まあそういう事だ。世界中見れば奴隷制度なんて沢山あるし、能力の違いから多少の格差が生まれるのは仕方ない。連中が気に入らないのは奴隷の多くが……」
テッセは言い淀んだ。
ちらりとペリペテを覗いてみたが気にしている様子は無い。
村での生活しか知らないペリペテには実感が沸かないのかもしれない。
クレセン島では『犬人類は虐げられている』事を。
私も初めてクレセン島に来た時には違和感があったのだ。
ミーノスは多人類国家だと聞いていたが、牛人類ばかりしか見かけない。
しかしながらそれは、ミーノスが列島にある国家であり、王家である牛人類の多くがここクレセン島に居住している為だった。
疑問はすぐさま溶解し、牛人類の国だと思っていた。
でも実際は違う。
クレセン島には牛人類が多いが他の島ではそうではないだろう。
そして何より、罪人の村のほとんどが犬人類であった。
これには確実に人類差別的なものが存在する。
「とにかく、だ。
そういう問題を改善していく意思が無いならば考えがあるってさ」
「考え……国交断絶して孤立させるとか?」
「……さあね、俺の予想ではもっと過激な事になるんじゃないかと思ってる」
「か、過激って、まさか戦争とか?」
「多分ね」
何故そんな事になるのか、私には突飛な考えで話が飛躍しているとしか思えない。
そんな思考を見透かしてか、続けてテッセは持論を披露した。
「外交から帰って来たアステリオが何故姿を消したのか? 俺には直ぐに分かったよ、アテイの提案はミーノスにとって都合が悪いものだったからね。
アステリオは蛮勇だが平和を望む男だ、彼は王を説得したろう、しかしそれは叶わなかった。
彼が姿を消した事からも想像出来るし、自分からいなくなる理由は無い。
そしてそれは、言外にアテイからの提案の拒否を意味する」
なるほど、では噂通りに外交は失敗だったという事になる訳か。
……あれ、でもアステリオは伝達役みたいなもので、責任無くない?
「そこで利用されたのがアステリオさ。
スパイだったとか裏切ったとかまあ理由は何だって良い。
彼を悪役に仕立て上げれば国民からの信頼も維持できるんだろう。
結果、他国を敵に回そうともね」
そうかもしれない。
客観的に見ればアテイからの提案は正しいもののように見える。
国民にそれが知れれば、じゃあ今まで正しいと思っていた国の行いはどういう事なのかという疑念が生まれるだろう。
国の威信の為に王子を切り捨てたと、そういう事なのか。
「納得したかい」
直ぐには飲み込めないが、テッセの言葉には説得力があった。
「大体は。
それじゃあ、アステリオを助けるのね」
「そうだ」
「でもちょっと待って、助けたとしてその後どうするの?
王家的にはいなくなった事にしたい訳でしょう?」
「そうだな」
「だとしたら王家に引き渡す事はできない。
まさか、国民に真実を知らしめて革命を起こす!?」
「そんなまさか、意味が無いし割りに合わない」
「じゃあ、一体どうするの?」
「アテイに連れて行く」
……?
本気か? そんな事をしたらアステリオは本当にミーノスの敵に回る事になる……
「分かれ道だ、ペリペテ」
「『ステップスティック』」
「こっちだ、行くぞ」
おそらくこれは本気だ、迷いが無い。
何故そんな事をするのか、テッセの行動原理が全く分からない。
一つだけはっきりと分かる事があるとすれば、国同士の大きなうねりの中に私が巻き込まれているという事だけだ。