表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/100

左利き


「ふん。例え一人二人増えたとしても、俺は負けない。絶対に……リーサをお前らから奪い返してやる!」


 そう言って誘拐犯の少年は素早く……この世界に来て、最も早く感じられる速度で俺の懐に向かってきた。


「ルル! チドリ!」


 俺が狙われているのを把握したルーフェが注意の声を上げる。

 が、俺は……なんとなく手慣れた動作で誘拐犯の少年の攻撃……剣による素早い斬撃を往なしていた。


「何!? もはや師匠さえも捌けない俺の剣を往なしただと!」


 誘拐犯の少年は一旦距離を取った直後に腰を低くして俺の脚目掛けて剣を振るう。

 その動きも俺はサッと対処するかのように軽く飛んで剣を避けて、サンダーソードで受け止める。

 パチッとサンダーソードから電気が出ようとした直後、少年は俺の攻撃を察知したのか大きく飛びずさった。


 後退するついでに仕込んでいたのか、糸玉みたいな物を俺とルーフェ目掛けて投げている。

 隙が非常に少ない攻撃だ。しかも無駄がない。


 けど……何だろう。

 早さだけなら脅威と呼ぶにふさわしい身体能力をこの子は持っている。

 しかも動きが単調と言う訳でもないし、攻め込みづらい。


「よっと!」


 飛んでくる玉が炸裂して俺たちの動きを止めさせようとする謎のとりもちに変わる。

 ああ、冒険者達を絡め取ったのはこれか。

 サンダーソードから電撃を出してとりもちを衝撃で弾き飛ばす。


「く……これも通じないか……だが!」


 誘拐犯の少年は懐から別の球を出して地面に叩きつける。

 すると眩い閃光が走り、周囲を照らす。


「ルル!? ルルル……また出した! チドリ! 注意! 目がクラクラする」

「ふん。これでどうだ!」


 そのまま誘拐犯の少年が俺の懐に飛び込もうとしてくる。


「……申し訳ないが効果がないな」


 サンダーソードのお陰なのか閃光は一瞬しか見えず、目がくらむ事は無い。

 俺は隼を使って誘拐犯の少年の剣を受け止める。

 その動きを俺は見切る事が出来てしまっていた。


 何故だ……いや、なるほど。

 どうしてこんなに速い攻撃を俺程度の剣術で往なせたのかがわかった。

 この誘拐犯の少年、左利きなんだ。


 というのも、俺が使う剣術、ラルガー流は本来左利き用の流派なのだ。

 これは開祖であるラルガー氏が左利きだった事に由来している。

 もちろん右利きでも使えるよう、先人達が長い年月を掛けて研磨してきた。

 今では俺の様な右利きでも実用で通じるレベルに至っている。


 だが、自然と左利きの方に軍配が上がる。

 これは意識的に左利きになっても、生まれつき左利きの人には及ばない大きな溝として存在する。

 そんな連中を相手に稽古を繰り返していた俺は……自然と左利きの相手をする事が多くなり、隼を挟んだ連続技などを対処していたからか、高速の攻撃に対して多くの経験があった。


 で、この誘拐犯の少年はラルガー流ではないが、素早く動き回って剣を振る。

 そして左利きだ。

 自然と俺の経験から彼の動きに対処出来てしまっているのだろう。

 言っては何だが、不意打ちを織り交ぜるのが得意なのかもしれないが、俺とは相性が悪い。


「くっそ……」


 鍔迫り合いには絶対に持っていけないと判断したのか、今度は少年のズボンから玉がこぼれおち、大量の煙幕が発生する。

 手品師か何かかこの子は!

 煙の範囲は広く、周囲が闇に閉ざされる。


「ルルル……匂い……煙で見えない! チドリー! リーサを守らないと逃げられるぅうううう!」

「安心しろ。そんな事はさせないから」 


 サンダーソードから発せられる微弱な電気がデスペインの群れに潜むアルジャーノンハーメルンを見つけた時のように、煙の中で誘拐犯のシルエットを大きく映し出す。


「そこだ!」

「何!? この煙の中で――」


 隼を駆使して接近し、サンダーソードを振り被って雷撃を同時に放つ。

 ガキンと剣を受け止めると同時に少年に向かってサンダーソードと一緒に上から雷が降り注ぐ。

 殺さない程度に加減した雷だったのだが……。


「ぐうううううう!」


 バチバチと誘拐犯の少年は俺の放った電気を受け止めつつ、大きく腕を振り被って針を顔に向けて飛ばして来た。

 サンダーソードの電撃で弾く。

 暗器使いって言いたくなるくらい色々な武器を持っている。

 しかも防具が良いのか、電撃の効きが悪い。


「はあああああ!」


 大きく突き飛ばしからの反動でバックステップをして距離を取ろうとする誘拐犯の少年。


「これでトドメだ!」


 見切る事は出来るけど捕縛は難しそうだ。

 悪いがこれ以上誘拐犯に遠慮はしていられない。

 威力過剰かもしれないけど、早めにやらなきゃ何が飛び出すかわからない。


 隼からのアームド――。


 と言う所で、リーサのいる方角からガラスが割れる様な音が響いた。


「ルル!?」

「リーサ!?」

「リーサ!!」


 思わず音の方に煙幕があるのに顔を向けてしまう。

 ビュウっと風が巻き起こり煙幕が晴れる。


「はぁ……はぁ……」


 そうして……俺達の前では……体中所々が凍りついたリーサが肩で息をしながら立ち上がり、俺達の方に手を伸ばして風の魔法を放ったと思わしき小さなつむじ風を手に纏わせていた。


「チドリさん、ルーフェ。サレル……お願い。戦いを……やめて」


 パラパラとリーサの体を覆っていた何かが氷で砕けてゴトリと音を立てて響いたのだった。

 唖然として見ていると誘拐犯の少年はリーサの方を見て弱々しく心配そうに手を伸ばす。


「どうしてそんな……自身の体を傷つけてまで……」

「このままじゃサレルが、チドリさんに大怪我をさせられそうだったから」

「チドリさん?」


 誘拐犯の少年が俺の方を見る。

 リーサはコクリと頷く。


「リーサ、怪我酷い。早く治す」


 ルーフェがオタオタと焦った様子でリーサに近づいて言う。


「怪我が酷いのはルーフェの方」

「ルル、ルーフェ大丈夫。このくらい、すぐに治る」

「治るじゃないの!」


 リーサが怒る声が聞こえる。

 初めてじゃないか? リーサの怒った声って。

 リーサは回復魔法を自身とルーフェの両方に施しつつ少年に鋭い視線を向け、俺に申し訳ないという顔を向けてきた。


 ……ああ、なんとなくわかったぞ。

 リーサの知り合いなのか、コイツ。


「少年、戦いは終了で良い様だな?」

「……っ! わかった」


 俺が誘拐犯の少年に言うと、少年はそう言って臨戦態勢を解除したのだった。




 とりあえずリーサ自身の手当てをしながら俺達は事情を話し合う事にした。


「それでどうしてリーサを連れ去ろうとしたんだ?」


 俺がリーサを誘拐しようとした少年……サレルと言う子に尋ねる。


「……リーサが人攫いに連れ去られた挙句、奴隷にさせられて、どうにか逃げ出す機会を伺っていたんだと思った」

「奴隷? リーサを? 誰が?」


 質問するとサレルは俺を見た。

 え? 俺がリーサを奴隷として連れ去ったって?

 いやいや。


「奴隷だったらもっとみすぼらしい格好をさせられるんじゃないか?」

「リーサなら絶対に高く売れる。だから大切にして良い格好をさせるに決まってる」


 俺は無言でリーサの方に視線を向ける。

 確かに……なんていうかリーサって遠目でもわかるくらいに美少女だよな。

 浮世離れした綺麗さとでも言えば良いのか……高貴さが滲み出ているというか。

 俺の欲目かもしれないけれど、美少女なのは間違いない。

 健気だし、頑張り屋だし……大人しくて良い子だ。


 世界や時代によって美しさの定義は違うものだが、この世界の認識に当て嵌めてもリーサは可愛らしい美少女に分類される。

 どんな世界でも美男美女は人気だからな。


 こんな子を奴隷として売るなら、相応に金持ち相手となる。

 金持ちが相手なのだから、着せる服も良い物の方が良いだろう。


「気持ちはわかる」

「……」


 サレルの言葉に納得して頷いたらリーサがこっちを見て、ちょっと渋い顔になった気がする。

 同意したのは失敗だったか。


「ルル……チドリ」


 おおう。

 ルーフェまで露骨に眉を寄せる様な顔をしたぞ。

 内容的に結構下衆な話だからな。

 しかし、客観的事実として彼の主張は正しい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ